第14話
「仕事じゃなくて、恋愛のことよ。一生独身じゃかわいそうだから相手探してって手紙でやり取りしていたようなの」
そりゃ、驚きだ。お袋の奴も俺がもうすぐ還暦を迎えそうな年齢なのに親バカが抜けていない。また親父に対しても冷遇とまではいかないまでも本人が一つ壁作っているのに、お袋はそれでも溺愛している。
「お前はどうなんだ。他の仲間たちと結婚するって考えなかったのか?」
「考えもしなかった。何しろ、形だけ一生独り身で性欲を我慢しているのよ」
どの口がほざくんだよと心の中で毒つくが、今は結婚について考えなくてはいけない。
「一応、籍入れとくが、バカップルは期待するなよ」
「バカップル? 籍入れとく? どういう意味?」
「そうか。お前たちは知らなったよな」
俺は一息つくと西の空に沈みかけたオリオン座を眺め、早くベテルギウスが爆発しないかなと考えてしまった。
翌朝、俺たちは敷島が沈んでいる海域に坂上丸の時に使った機材で海底調査を始めた。
今回は水深が深く通常の人間は勿論、水生人間も短時間しか潜れない600メートルに敷島の残骸が沈んでいる。
しかも、爆発を起こした事で残骸が広範囲に広がっているため発見は簡単だが全体像をつかむのに時間がかかる。
「でも、よかった。砲身はすべて無事なようだ」
「でも、これ結構重いぞ。引き上げられるのか?」
コジローはその巨大な物体を見て不安そうに見つめる。
「まずは浮袋で主砲を海面まで持ち上げて、次にうちに取り付けられているクレーンで一つずつ船に積み込む」
そう、この船は様々な意味で特殊な調査船だ。最も内部の中にある本当の空間は巨大なドックになっているがそれはこの船の極秘事項なのだ。
「次に装甲だが……これがいいな。一番作られた当時のまま原型を保っている」
「すごいね、これも持ち上げられるの?」
ミルルは目を輝かせて画面を食い入るように見ていた。
「大きさも十分だ。後は敷島を象徴する物だが……何もないな。潜って見つけるほかないか」
そう言って俺は海に浮かんでいる潜水艇乗り込もうとする。すると、ミルルが一緒に行きたいと言ってせがみ始める。
「悪いな、この潜水艇は三人乗りだ。それに万一の事態が起きたらまずいからこの船でコジローとお留守番だ」
ミルルは不満そうな表情で俺を見つめる。まあ、何か面白いものが見つかればそれをお土産として持ってきてもいいが。
俺は船のハッチを閉めると水深六〇〇メートルの海底に降下していった。
海に潜って数十分。海底にたどり着いた俺たちを目の前には鉄くずだらけの海底だった。
これがかつての戦艦だったとは思えなかったが、何より目を引いたのは錆の度合いだった。沈んでから七〇年以上たっているだけあってバクテリアによる侵食が目立つ。
幸い水の温度は低いようで塗装はだいぶ残ってはいたがそれも時間の問題だ。
俺はすぐに主砲の捜索にかかった。主砲が沈んでいたのは海底に着底したところから三〇〇メートルぐらいの場所にある。
潜水艇のスクリューを動かしてそれに接近して、金属でできた主砲と思われる物体に近付いていく。
それは紛れもなく敷島の五一センチ砲だった。見たところ爆発の衝撃か何かで砲塔から外れたようだが、見た所まっすぐだが、海水と微生物で錆は出ていたし、腐食しかけていた。
「マサル、ついに見つけましたね」
「ああ、まずは一つ目、これに浮袋をつけて海面まで引き上げよう」
俺はすぐに浮袋を主砲に取り付けて船に連絡を入れた。
「船長、一個目の主砲を発見しました。浮袋で浮上させます」
『了解した、引き続き他の遺物の捜索を続けてくれ』
無線を切ると、俺は浮袋に空気よりも軽い気体を注入して、浮力を持たせた。
そして、錘を外すと浮袋は海底から浮上していき、それと同時に繋がれた主砲を持ちあがって海上に上がっていった。
「これでよし、次の主砲を探すぞ」
「はい、次の捜索に移ります」
俺たちの乗る潜水艇は再び異物を見つけに向かう。今度は戦艦の装甲を探しに向かった。
捜索して一〇分、引き揚げるにはちょうどいいサイズの装甲が海底に寝ていた。そこにはウミサソリのような甲殻類がこれは俺の持ち物だと言わんばかりに威嚇してくる。
当然ではあるが、こいつの示威行為など無視して、装甲版にも浮袋を取り付けて、母船にも連絡したときに気体を注入して浮上させるが、これを渡さないと言わんばかりにその甲殻類がしがみついてきた。
俺はアームを使って払いのけて、装甲だけを海に上げていった。
「ふう、全く邪魔な奴が付いたものだ」
「この子には悪いけど、これは貰うよ」
ウミサソリの仲間は恨めしそうな目で潜水艇を見つめると、そのまま海底の暗闇に消えていった。
「よし、最後に何か敷島の象徴になるものを探さないと」
「出来たら、スクリューは勘弁してほしいですね。少なくとも紋章か何かであってほしいですけど、そんな幸運は続かないでしょうね」
そして、艦尾付近と艦首付近に捜索範囲を絞り、象徴になりそうな何かの捜索を始めようとしたときに無線連絡が入る。
「はい、ああ、船長どうしましたか?」
『吉報と凶報の二つあるが、どっちがいい?』
「それじゃ、まず、凶報から聞きましょうか」
『凶報は、ミルルがこちらの静止を振り切って敷島の遺物探しに海に潜った』
それを聞いた俺は頭を抱えてしまった。好奇心があることは子供にとってはいいことなのだが、好奇心が猫を殺すということわざがあるように下手に突っ込むと痛い目を見ることになる。
「じゃあ、あとでお仕置き受けてもらうとして、吉報はいったい何ですか?」
『吉報は船の詳細な地図ができた。残りの主砲五門の場所も分かったのと、スクリューと紋章の場所も見つけた。運のいいことにスクリューはシャフトから外れているうえに、紋章が横に転がっている』
それを聞いたときは探す手間は省けたと少し安堵してしまった。
「わかりました、場所は分かりますか?」
『スクリューと紋章はそこから南西に七〇〇メートルの場所に転がっている。発見して引き上げるときは連絡を入れてくれ』
「わかりました」
無線を切った俺はすぐに他の仲間にさっきの話を伝えた。職員は全員複雑な表情な顔をして海底を見つめる。
「どうしましょう」
「どうするもこうするもないだろう。スクリューと紋章を見つけるのと並行してミルルを探さないと」
俺が潜水艇を動かそうと操縦かんを握ったときに暗闇から何か人のようなものが泳いでくるのが分かった。
それはミルルで手には何か黒いネガのようなものを二つ握りしめて、俺たちに近付く。
俺は怒っているんだぞという態度で彼を睨みつけた。すると南西の方角を指さして、何かを見つけたという仕草をする。
「なにかしら、一体?」
「あの方角にスクリューと紋章があると言っているんだ。ついていくぞ」
俺たちは潜水艇を南西の方角に向けて進めていく。
距離から七〇〇メートル進むとミルルの指し示す方角と母船からの情報の通り目の前には真鍮でできた巨大なスクリューと、その横には木で彫られて金メッキで装飾された紋章が横たわっていた。
「すごい、まさに一石二鳥だな」
「これだけ、でかいと引き上げるのも一苦労だな」
すると、ミルルは潜水艇に付属している浮袋をとるや否やなんと、何も指示していないにもかかわらず、スクリューに縛り付け始めた。
どうやら彼は俺の引き揚げ作業に協力しようという考えのようだった。
「どうしてわかったのかな」
「恐らく、発見の報を聞いて、何かできることはないか考えた末に協力しようと考えたんだ」
俺がそう推測していると、ミルルは縛り終えたことを俺たちに仕草する。そのついでに備え付けの籠にさっきの帯と敷島につけられた紋章を入れた。
「準備できたみたいですね」
「そのようだな、すぐに連絡を入れよう」
俺はすぐに無線機を使ってミルルとスクリューと紋章が見つかったことを連絡した。
「そうか、それはよかった。それで、お仕置きは中止にするか」
「それと今回の協力は別です。罰はしっかり受けてもらいます」
俺も本当ならしたくはないのだが、こういうことはちゃんとしておかないと様々な弊害が出るため、心を鬼にしてやらなくてはいけない。
「これから浮上させます。クレーンの準備をしておいてください」
「わかった、浮上させたら伝えてくれ」
俺は無線をいったん切ると、四つの浮袋を同時に膨らませて、浮上させようとする。
スクリューは徐々に浮き上がり始めて、海底から離れていこうとする。その様子を興味深そうにはしゃいだ様子で下にもぐって、水中用に対策したスマホで自撮りしていた。
そのとき俺はあることに気が付いた。止めてあったバンドが浅かったようで、緩みだし始めていた。
このままだと外れてミルルはスクリューの下敷きになってしまうと思い俺はすぐに潜水艇を進ませて、バンドがはずれないように支え始める。
だが、スクリューの重さからしてそう長くは支えられない。まして針の穴ほどの穴が開くようなことになれば、この潜水艇は空き缶のように潰されてしまう。
俺たちが必死になって支えているのを見たミルルは事態に気が付いて、下から飛び出ると緩みかけたバンドを閉めなおした。そのおかげで何とか持ちこたえて、スクリューは海上に持ち上がっていく。
「ふう、どうにか助かった」
「もう少しでこっちも危なかった」
そう言って俺は母船に連絡することも忘れて、船に積まれていて錘を捨てて緊急浮上を試みるのであった。
太陽が三分の二の角度で落ち始めたころ、船の格納庫には六本の砲身と一枚の蜂の巣鋼板に一つのスクリューがゆっくりと降ろされようとしていた。
その別の場所では紋章を囲って職員たちが写真を撮っている傍らでミルルが掃除用具を片手に持って泣きそうな顔をしながら船内の掃除をさせられていた。
「かわいそうなことするな」
コジローは真水につけられたネガの入ったケースを傍らに俺に話しかけた。
「仕方がないだろう、こういうことは絶対に悪いことして教え込まなくてはいけない」
「でも、船の内部をすべてはひどいだろう。少し休ませてやれよ」
「それもそうだな。コジロー、ミルルをここまで読んで休ませてやれ」
俺がそういうと、コジローはミルルを手招きしてこっちに来るように伝える。
ミルルのほうはようやく休憩ができると安堵して重い足取りでこっちに来た。
「一旦休憩だ。そのついでにいいものを見せてやる」
「ふう、ようやく休める。それでいいものとはどういったものなの?」
「今回お前が見つけたものだが、これは映画のフィルムの一部だということが分かった」
「映画のフィルムか。でもなんでそんなものが昔の軍艦に?」
ミルルの質問に答えたのはコジローの方だった。
「これは海軍兵士から聞いた話だが、大型の軍艦は娯楽として映画の上映が許されていて、みんなはそれを楽しみに鑑賞していたと聞いたことはある」
「で、そのフィルムは何が写っているの」
「二つとも白黒のアニメだった。一方は昔の犬を擬人化した兵士の話で、もう一枚は俺が戦時中鑑賞したことがある、桃太郎を題材にしたプロパガンダアニメだった」
コジローはそう懐かしそうな表情をしてミルルに説明をする。
「それって、今でも見れるの?」
「どうだろうな、後者の方はDVDになっているようだが、前者は動画共有サイトで見れるか怪しいな」
コジローがそう答えていると、何か疑問を持ったみたいですぐにミルルに質問をした。
「なあ、坊主。一つ聞いていいか? あの暗闇の深海でどうやってこの二つのフィルムを見つけられたんだ。懐中電灯を持っていたことを差し引いてもこの広大な海底で見つけるのはわらの束の中に針を見つけるぐらい難しいぞ」
「コジローのおじさん。クジラやイルカ、そして人間の乗る潜水艦が音を出しているのは知っているよね」
「ああ、それは知っている」
「僕たち海にすむ水生人間も同じで深海で獲物や敵を探す時に音を出す器官が付いているんだ。その音で探し当てたんだ」
それを聞いたコジロー俺に視線を向けて「本当なのか、マサル」と聞いてきた。
「本当だ、今じゃ海の生物学の間じゃ常識だぞ。実際にお袋も子供の頃、暗闇の海の中で深海のアンモナイトや三葉虫の類を音を使って探し当てたって聞いた」
コジローはなるほどと思わずうなずいてしまう。
「コジローのおじさんはそんな期間はついていないのですか?」
「当たり前だ、俺たち河童は少なくとも夜にならないか、大きな湖でもない限りは目で追っているよ。勿論猛禽類並の視力で魚とかを捕まえているがな」
そう言って、コジローは自販機で俺が買ってきた緑茶のペットボトルを開けて飲む。
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