第13話

これも証拠として撮影し元来た道を帰ろうとしたとき、大変なことに気が付いた。

 帰るためのロープをはるのを忘れてしまった。このままだだと道に迷ってしまう。俺は船の階段と通り道の明かりを頼りに必死に脱出しようとするが、少しずつ息苦しくなる。

 俺がどこからでもなくある広い場所に着くと、そこは白骨化した人間の骨の山だった。その状態からしておぼれ死んだことは容易に想像できたが、その白骨死体の中に明らかに人間とは違う形の部分をした骨に気が付いた。

 それは水生人間のものでその周りには刃物や血のりがこびりついた台が見えた。その時初めてここが水生人間を解体していた場所だと気が付く。

 思わずパニックになり、懐中電灯を壊してしまうが、これが怪我の功名となった。

 明かりが消えたおかげで天井付近に青い光が差し込んできた。

 俺はカメラと壊れた明かりを手に握りしめたまま全力で泳ぎ脱出に成功した。

 俺が船の外に出ると待っていたのはアンモナイトの群れと、それに囲まれて俺を心配した様子で待っていたダイバーと水生人間だった。

 俺はすぐに冷静になりこの場から待っている船の方に戻っていくのだった。

 十五分したのちに持っていた写真とスキャンデータをパソコンに送信して船の沈没状況を詳細に解析した。

 俺の撮影した写真もその中に入れられて、船の大まかな状況が確認できた。

 船は水生人間を捕らえたのちに船を彼らの縄張りから出ようとしたが、それを先んじて磁気機雷を設置しており、それが起爆。その一撃で当時は当たり前に使っていたリベットがはじけ飛んで海水が大量に入り込み船は転覆して乗組員と工員、そして捕らえられた水生人間もろとも海に引きずり込んだというのが見立てだった。

「被雷して沈没するまでどれくらいかかったのかしら」

 マリエッタの何気ない質問に職員の一人は重い口を開く。

「様々な要因を考えて恐らく一〇分もかからなかったと思います。乗っていた人たちは脱出する事もできないまま、悲鳴をあげて溺死したものかと」

「それはかなり残酷だな。俺らも何回か溺れ死にかけたことはあるが、溺死って死に方の中でもかなり苦しいぞ」

「自信あるな。引きこもりの生活をしていた割には」

 俺はマリエッタの仲間が感傷的な言葉を口にしたことに少し驚きを感じていた。

「俺の仲間の何人かは大航海時代の経験があってな。今は技術の発達で優雅な船旅だったが、あの頃は文字通りの命がけの大冒険だったぜ」

 そう言って彼らは慰霊祭の準備をする。ここで死んだ水生人間を含むすべての魚人工船の人々を慰めるためだ。

 その頃、俺たちが進めていた船の復元及び沈没現場のスキャニングが完了した。

 まず、沈没現場の状況は潮と水中生物などの影響でブリッジを含む木製の構造物が朽ちかけていた。そして、船の前後には海藻などに覆われていたが、魚人を捕まえるときに使う水中銃や捕鯨砲がいつでも撃てる体制のまま残っていた。

 次に撮影した写真を何枚も張り付けて船体を復元した画像の方は鋼鉄でできた船体が塗装が剥げて錆びだらけで、その状況は湖のエドワルド・セントラル号の時とは大違いだ。

 そして俺が撮影した機雷の開いた穴の部分を中心に竜骨が曲がっていて、爆発時の衝撃が強烈なものであることを物語っていた。

「このデータはどうするの?」

「勿論雑誌やテレビに動画サイトで正式に発表する。事故原因も含めてな」

 それを聞いたマリエッタはため息をつき慰霊が行わる調査船の船尾に歩いていった。

「それにしても、この船の衝撃は相当なものでしょうね」

「ああ、私も過去の調査で機雷で沈む船や掃海作業時の爆発を生で見たことはあるがすごい爆発だった。老朽の船ならひとたまりもないだろう」

 船長たちがそう言っている所に職員の一人が「慰霊の準備ができました」と伝えてきえた。

「もうできたのか?」

「はい、花のリーフも準備ができました。船長たちも早く来てください」

「わかった、マサル、先に船尾に向かっておいてくれ」

「わかりました船長」

 俺はそう言って船の船尾に走っていった。

 船尾の方ではマリエッタたち聖職者崩れたちが慰霊のための祭壇と聖典を準備して亡くなった人間を形だけの慰めをする準備をしていた。

 その横ではバルロたちが険しい表情で椅子に座っていた。それは無理ないとは思う。魚人工船は彼らからすれば別の意味での地獄船である。多くの仲間を食べ物や薬としてとらえ殺されたため、鬼畜のような船として見られているからだ。

 俺は椅子に座ろうとしたときに親父にメールを送ることを忘れていたため、すぐにパソコンを取り出して元気であることの返事と乗っていた潜水艦に女性が乗っていなかったのかの質問、最後にお袋を許してやってくれとの内容を打ち込んで送信した。

 それが終わるとパソコンを袋にしまって開いている席に腰を下す。そして丁度良くバルロが俺に気が付いて腰を上げて俺の隣に座りなおす。

「嫌なんだ、魚人工船の慰霊が」

 俺は直球の右ストレートパンチの言葉を彼女にぶつけてみた。

「当たり前でしょ。あんな鬼畜みたいな船で死んだ地上の人間のためになんで私たちが出席しなくてはいけないの」

「でも、その中にはあんたの仲間も混じっているんだよ。実際船の中に入ったときにその骨が見つかったよ」

「……マサル、この話は私事だから黙っていたことがあるの」

「なんだよ」

「あの日、坂上丸に捕らえられたのは私の幼馴染だったの」

 ということは船内に残されていたあの時の骨はその幼馴染だったのかかもしれない。

「助けられなかったの?」

「ええ、気が付いたときにはだいぶたっていたわ」

「それは、つらかっただろうね」

「つらいなんてものじゃないわ。彼女は普段堅物で自他ともに厳しい人物になった私に気さくで昔のように付き合ってくれたわ。それが缶詰や漢方薬にされるなんてたまったものじゃないわ」

 その怒りに満ちた表情で水かきのついた握りこぶしを震わせながら昔のことを語った。

 さすがの俺も返す言葉が見つからなかった。

 丁度その時船長たち職員が仕事が終わったようで束になって談笑しながらやってきた。

 その様子をバルロたちは冷ややかの目で見つめ、俺は無自覚な悪意に閉口してしまった。

 そして、全員が着席するのを確認すると、慰霊祭はギスギスした状態で始まったのだった。

 長く続いた慰霊がひと段落下して夕方を迎えたころ、次の目標である戦艦敷島の海底調査の準備について検討するために再びミーティングルームに集まった。

「敷島という艦名はあくまでゲームで使われた名前で正式な名前はない。ただ、超大和型戦艦であることは分かっている」

「でも、建造されなかったはずでは?」

「歴史上ではそうなっているが、実際は大和型戦艦の四番艦を表向きは中止として建造を続行し完成させたが、それができたのは終戦の一か月前で終戦したころには何の役に立たなくなった」

 敷島に関する資料をプロジェクターに移して職員が俺たちに説明を始める。今回は特別出席に古代生物の調査に関わったコジローとミルルを特別に参加させた。

 コジローは戦争中に敷島らしき船に関する話をかつて釣りをしに来た元軍人から聞いたことがあったために参加した。

 一方のミルルは世界的人気のスマホゲームで敷島に興味を持ち、本物を調べている研究所がいることをその会社のSNSで連絡したところ興味を持ってくれために参加した。

「しかし、お前たちが参加するなんて意外だったな」

「まあな、沈没船の調査リストの中に大和型四番艦があったから、その時偶然その船に関する事を聞いたからバルロに連絡を入れて参加を申し込んだんだ」

「僕も、ゲームやっていたから敷島に興味を持って、今回の話をゲーム会社に連絡を入れたら興味を持って、証拠を送ってと返信してきたんだ」

「フーン、世の中そんなに大きく変わるもの何名だな」

 俺は今皿ではあるが六〇年近く流れる時代の変化に改めて思い知らされる形になった。

「さて、戦後の敷島の行方ではあるが残された手記と遺族の写真によれば引き渡されるのを恐れた将校たちが本国からこのペトロス海に移動させて、この水深二〇〇メートルの海域で自沈させた。その際に火薬庫に弾薬が残されていたようで大爆発を起こしたと記録されている」

 職員のあらかたの説明とその自沈当時の白黒写真を見ていたミルルは挙手をして質問を投げかけた。

「あの、もし敷島を引き渡したらその後どうなっていたのですか」

「恐らく、核兵器の実験の標的艦にされたか、解体されただろうね。よっぽど運がないと戦後までは生き残らないだろうな」

「後、もう一つ。敷島の船体はすべて引き上げるのですか?」

「すべては引き揚げません。それをするだけの費用と技術はないですから。引き上げるのは今の技術では作れない四〇センチの装甲と五一センチの主砲。それとこの船を象徴するスクリューか菊の紋章があれば十分です。残りは今の技術でも十分作れます」

 それを聞いたミルルは残念そうな表情で席に座る。それを確認した職員は今度は沈没海域の大まかな場所の説明に移るのだった。

 夜になった。星空がきれいに写る。オリオンはもうすぐ西の地平線に消えようとしていた。

「おじさん、じゃなかったお兄さん。星がきれいだね」

「ミルルか、その様子じゃ俺の正体を知っているような」

「うん、バルロ姉ちゃんやコジローのおっさんに聞いた。人間と僕らのハーフだって」

「それは大体は合ってる。でも、クォーターと言ったらいいかな」

 そう言って俺はミルルに体を向けて話を始める。

「ほんとにさっきのものだけでいいの?」

「何がだ?」

「引き上げだよ。主砲や装甲版とかだけで十分なわけ?」

「俺も詳しくは知らないけど、今はそれらを作る機械や技術者がほぼいなくなっているから、それらないと作れないものだけで十分だ。今は戦艦の副砲ぐらいしかできないし、装甲も空母の数センチが限界なんだ」

「そうなんだ。じゃあ、それ以外はできるの?」

「そのようだな、実際にテレビに出てた専門家はそう答えている」

 そこへ、コジローが日本酒の瓶を片手に「何二人で話しているんだ」とやってきた。

「コジローか、酒盛りをしていたのか?」

「そのつもりだったが断られた。今は仕事中だと言ってな」

「お、おじさん。間違っても僕にお酒を飲ませないでね。そうなったらきついお仕置きを受けることになるから」

「わかってるよ。未成年に酒を飲ませるなと掟で決まっている。それを破ったら炎天下で張り付けの刑だ」

「へえ、ここでも酒を飲ませたら罰を受けるのか。俺の故郷でも法律で未成年に酒を飲ませたら、飲んだ奴も飲ませた店もまとめて刑務所行きだ」

 それを聞いた二人は心底驚いたようで「そうなのか?」と思わず委縮してしまう。

 コジローは開けて飲もうとしていた瓶に蓋をして甲板に置いたとき、いつの間にかマリエッタたちが酒臭い息を甲板に漂わせてこっちにやってきた。

「よう、楽しそうだな。三人そろって星でも見ているのかい」

 マリエッタは空になったウィスキーのボトルを海に捨てようとしたが、その直前にコジローが彼女の腕を掴み投げ入れるのを止める。

「やめろ、海を汚すんじゃねえ」

「何よ、空になった瓶ぐらい捨てさせてよ」

「それが一〇億単位の人間のせいで海の生き物が迷惑しているんだよ」

「なに、環境保護を訴えているの?」

 マリエッタたちが酔っぱらいの絡みのような態度をしていると彼女の視線が下がさっきコジローが置いた日本酒に向く。

「あ、これはいい酒だ。誰が持ってきたのかしら」

「それか、俺が持ってきた」

「じゃあ、これ貰ってもいいかしら。そしたさっきのことは水に流すから」

「……構わんよ。その代わり、瓶とかのごみは必ずこの船で処理しろ、いいな」

「わかったわ、まあ、それはそれとして、マサル。あんたに用があったの」

「俺に? 一体何なんだ?」

 俺が首をひねっていると、彼女は何か箱のようなものを取り出すと中からネックレスにつけられた指輪を二つ取り出した。

「なんだ、これ?」

「バルロがさ、独り身のあんたのためだって言って渡した婚約指輪。あなたもいい年だし、そろそろ結婚したいななんて」

 俺は開いた口が塞がらなかった。つまるところバルロは腹を決めて婚約しろと俺に押し付けてきたのだ。冗談じゃない、俺は確かにここに入るまで孤独だったが、お付き合いするか否かは個人の自由だ。その時、初めて親父がお袋に寝取られ相手との婚約を破棄された時の怒りを改めて思い知らされた。

「ふざけるな、お前みたいなアル中の聖職者崩れと婚約なんて普通にお断りだ」

「そうよね。あたしもあんたと結婚しなさいなんて言われたときみんな揃ってお前馬鹿かって言っちゃったわ」

 冗談めいた口調で日本酒の入った一升瓶の蓋を外して、それを船から拝借した紙コップを他の一一人とコジローに渡してそれに日本酒を入れる。

「じゃあ、なんでこんなものを?」

「……実はさ、バルロはあんたのお母さんが人間の街に旅立って、あんた産んでから手紙でやり取りしていたって。その時、彼女が心配したのが、あんたの将来だって」

「別に気にする事じゃ」

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