屍の愛
てりとまと
屍の愛
私にとって貴方の笑顔はなによりも心を明るくしてくれる景色の1部にないとダメだった。むしろ、本体だった。
貴方の髪の毛が好きだった。
耳たぶが見える短めの横髪と、長めの襟足。
短い貴方の髪が1日1日ほんの少しずつ伸びていく姿は分かりやすくて、私に『変わりない日々』なんてものは無かった。
貴方の眉毛が好きだった。
前髪の隙間から覗く八の字眉毛。
その眉頭、眉尻、眉全体。どこかがぴくりと動く度、心が苦しくなるくらい愛らしい顔を見せてくれた。
貴方のおめめが好きだった。
まるっこい大きな目。いつもは無い二重線。目を大きく開けた後だけできるその二重線を、自慢げに見せてくれた貴方の期間限定の顔を見るのが好きだった。
嗚呼、私を見つけた時の目尻が下がったあの柔らかいおめめだけは、忘れられない。
貴方の涙袋が好きだった。
何をしてなくてもぷっくりとした可愛らしい涙袋。喧嘩したあとはわかりやすく黒くなって、よく一緒にお昼寝してた頃は薄くなっていったあの涙袋にあるクマは、貴方の心の体調を知る1つの手がかりだった。
貴方の毛穴が好きだった。
じっと見つめてるともちもちスベスベな貴方の肌にも、小さな穴を見つけた。そんな穴を目掛けてキスマをつけるようにキスをした私を貴方は少しだけ押し返した。上からスッポンみたいに引っ張れば塞がって、もっと貴方の面積が増えるかなって思っただけなんだけどな。
貴方の頬が好きだった。
頬骨が出てない少し丸くてもちもちなほっぺ。
わかりやすく赤くなるなんてことは無かったけど、特別な日のサプライズの時にはチークなんていらないくらい耳まで熱く赤くなってたのを覚えてる。
貴方の鼻が好きだった。
筋の通った綺麗な忘れ鼻。キラキラした化粧品なんか塗らなくても日光が反射してた。
羨ましくて食べたら少し貰えるかもなんてたまに弱くかじりついちゃって、その時も貴方は私を押し返してた。
貴方の唇が好きだった。
血色のいい、程よく薄いふにふに唇。
寝てる時には少しだけ開いて、怒った時にはぎゅっと紡がれてた。柔らかい感触は何度ぶつけても、ぶつけられても、慣れないものだった。
貴方の身体が好きだった。
身体についてはこれだけにしておこう。
顔だけ見てたわけじゃない。ただ、普段は布で隠れている特別な姿は、知る人ぞ知る、なんて言葉で表されてもいいじゃん。なんて。
でも一つだけ。何度触っても、何度吸い付いても柔らかくて甘いその身体は、私の指をきつく締め付けてた。
貴方の言葉が好きだった気がする。
髪の毛を切れば『可愛い』って。私が何も考えずにした言動ひとつにも『ありがとう』って。
貴方の口からはほとんどプラスの言葉ばかりだった。
貴方の行動が好きだった気がする。
笑った時には手を叩いて。怒った時には私の首を両手で締め付けて。言葉にするのが苦手と言ってた貴方なりの表現なら私もしたい、なんて貴方の首に手をかけて、『お互い様』にした、。
貴方の匂いが好きだった気がする。
普段はわからないけどぎゅっと力強く抱きつけばふわっとわかる柔軟剤の匂いと、大好きな貴方のおうちの匂いが私の鼻周りを包んでくれた、と思う。
貴方の文面が好きだった気がする。
びっくりまーくと、『笑』と、
貴方に別れをきりだしたのは私で、つい1、2か月前の話なのに、思い出が少しずつ消えていく。あんなことも、こんなことも、って考えるのに、思い出すことすらできずに、ただぼんやりと貴方が笑ってたか怒ってたかだけが分かるような。
今だって、忘れたくないからってこうやって親指をせっせと動かしてるのに。
嫌いになって別れたわけじゃない。むしろまだ好き。だけど、思い出せなくなる記憶ばかりなのに、ふと思い出す記憶の中の貴方だけを見ると、冒頭に書いた 貴方 と何もかもが違ってかなしい。
一目惚れした入学式。
一緒に過ごした夏休み。
一緒にかき氷食べた秋のお祭り。
一緒に過ごすことを拒まれた秋終わりから冬。
一緒にいるのをやめた冬の終わりかけ。
依存体質な私は
貴方
に執着してるのか
愛の屍
に執着してるのか。
分からないけど、私が愛おしいと思った貴方の言葉は、行動は、顔は、身体は、捏造した記憶でも、写真でもなくて、貴方とまたいつか答え合わせしたいと思った。気がする。
屍の愛 てりとまと @teritomato
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