魔女中毒―終

「良い子で待っていてくれたのね灰清。嬉しいわ、後で沢山ご褒美をあげるわね」


 悍ましさすら感じる程に優しい声で、刻魅は灰清に囁く。

 腰の後ろに手を回し、優しく撫でているその様子は仲睦まじい恋人としての説得力は十分だった。

 だからこそ、彼のその容貌に激しい拒絶を抱いてしまう。


「それで、どこまで話したかしら? ああそうそう、灰清が魔法使いであるという話だったわね」


 刻魅は改めて語り出す。

 では次は、どういう魔法をしよう出来るのかというところだ。


「灰清の魔法は『性巧コネクト』。粘膜接触によって交わった魔女の魔法を一時的に使用出来るという魔法よ」


「コピぃ……? …………………………」


 蠍の瞳孔が更に開く。

 これ以上は聞きたくない、と耳を塞ごうとしても腕が動かない。


「もう察しているとは思うけれど、灰清と交わったことであなたはあなたの毒を浴び続けていたのよ。知らず知らずの間に、快楽に身を任せている間にね」


「……あ、ありぇない。だって私ぃは、毒が効かないはずぇ」


 呂律の回らない口調で必死に刻魅の言い分を否定する。

 同時にドンドン四肢から力が抜けていく。

 もう、喋ることすら満足にいかないであろうレベルにまで毒が回ってしまっていた。


「そうね。毒を扱う魔女は基本的にその毒に対して耐性を持っている。それはあなたも例外ではないのでしょうけど……、耐性はあくまで耐性。決して無敵ではない。それを上回る濃度の毒には無力なのよ」


「……ぁ」


「魔女は感情の昂ぶりによって成長する。そのトリガーは人それぞれ。あなたの場合は支配欲、そして灰清は罪悪感」


 罪悪感という言葉を聞いた瞬間、灰清の肩だ大きく震えた。

 刻魅はそれを見て、微笑み、彼の頬にキスをする。


「感情の昂ぶりが激しければ激しい程、魔力は濃く、魔法は強くなっていく……。毒島蠍さん、あなたは舐めすぎたのよ。灰清が今まで歩んできた人生を過酷さを」


 刻魅の言ったことは全てが真実だった。

 灰清の持つ魔法を知っていたとしても、彼女は彼への干渉を止めなかっただろう。

 自身の能力に対する過信と、他者を見下す傲慢な精神。彼女の持つ全てが重なって、今の状態へと繋がっている。


「生まれ持ったものをただ扱っているだけのあなたと、自身の背負った業を何年も背負い、向き合わざるを得なかった灰清とでは魔力の質が違ったの。あなたからコピーした毒は、灰清の中で熟成され、誰にも耐えられない劇毒となっていた」


 それはあまりにもあんまりな矛盾。

 憎悪や嫌悪からなる依存性の麻薬。どうにかして手放さなければならないのに、それが出来ない。

 元は蠍の魔法であるというのに何の因果か。まさに灰清の人生を如実に表していると言えよう。


「話はこれでおしまい。他にも聞きたいことはありそうだけれど……」


「あ、ぁぅあううぁあ」


「……もう終わりは近い様ね」


 聞くまでもなく、見るまでもない。

 既に言語機能は喪失している。生物としては死んでいないだけで、人としては死んでいる。


「そうね、もう終わりにしましょう」


 刻魅が右手を翳す。

 左手では灰清の頭を強く掴んでおり、彼は呻く蠍から目を反らすことが出来なかった。


「力に溺れ、堕落を貪り、自ら生み出した欲に漬けられし愚かな魔女。この私が審判を下しましょう」


 巨大な時計が現れる。

 茜色に燃えるそれはまるで太陽。全ての闇を払い、その場にある真実を白日の下へと誘う裁きの炎。


「魔女、毒島蠍。欲望のままに多くの人間の未来を奪ったこと、そしてあろうことか絶対の審判者たる我が伴侶に手を出したこと、以上二つ」


 長針と短針が動き、映し出された映像。罪を宣告し、見下ろす。

 最早その場に居るのは二人の魔女と魔法使いではない。神と眷属、そして逆らった愚か者のみ。


「その禁忌、許し難し。罪人には死の裁きを下します。――――我が魔法『裁きの陽時計ジャッジメント』をご照覧あれ」


「あっ、あっ、ああああああああああああああアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアァアアア!!!!!!」


 絶叫が響く。

 罪の無い犠牲者が慈悲の炎で安らかに。

 咎人が裁きの炎で永遠に苦しむ。絶えども絶えども再生し、焼かれ続ける。


「罪人に安寧はいらない、そうでしょう?」


 刻魅は瞳に裁きの瞬間を映している灰清にそう語る。

 彼は滝のような汗を流しながら、その光景を目に焼き付けている。

 その汗を舐め取り、刻魅は笑う。心の底から愉しそうに、偽りの無い愛情を惜しみなく注ぎながら。


「ごめんなさいね、灰清。利用するような真似をしてしまって。大丈夫、この間の言葉に嘘は無いわ。寧ろ嬉しかったの、あなたがキチンを罪悪感を感じてくれて。おかげでまた一人、世界に蔓延る悪を裁けた。


 あなたは私の大切な伴侶で、この世界にとってのヒーロー。だからそんな顔しないで、笑いましょう? ヒーローはいつだって笑顔で、人々を安心させるものよ。辛そうにしていれば、不安になってしまうもの」


「は、ハハはは」


 寒空灰清はヒーローに憧れている。

 流動的な正義に支配される正義の味方にはなるまいと、揺るぎない正義を持って、悪に立ち向かうと決めている。


 

 嬉しくて誇らしくて、涙が出る。

 俺の信じる正義がまた一つ為された。これを誇りに思わずして、何を誇るというのか。

 身体が火照る。思考が一色に塗り潰される。


「私もよ」


 耳たぶを揺らす微かな吐息。

 地面と背中が重なり合う。服が解けて素肌が外気に晒されて、尚も冷えない。


「愛してるわ灰清。あなたがどれだけ醜くても、許し難い罪人の咎を背負っていても、私だけは貴方と共にあり続ける」


 審判の炎が影を映す。

 愛し合う俺達。裁かれる悪。

 望んだもので満ちている世界で俺はゆっくりと目を閉じた。

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幸せになりたい少年と淫靡な魔女 甘党からし @amatougarasi

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