魔女中毒―⑥
「んっ、んんっ、はあぁ~~~♡」
止まらない身体の疼きの中で、蠍は大きく息を吐く。
灰清を毒漬けにして、いけ好かない生徒会長に甚大なショックを与えておよそ半日。
暗くなって月が浮かんでいる夜、適当に入ったビジネスホテルの中で彼女の身体は未だ止まぬ疼きに支配されていた。
正体はわかっている。
灰清を交わった時のあの破壊的な快楽。蠍は何度か行為の経験はあるものの、あれほど快楽を味わったことは一度たりともなかった。
刺激なんてものではない、破壊的で破滅的なインパルス。
神経すらも支配するかのようなあの感覚を、彼女は忘れられずにいた。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
「いひっ、いひひひひひひひ」
「うえうえうえうえぇぇぇぇうえいぇ」
蠍の周りには三人の男女が体液を垂らしながら倒れていた。
全て疼きを抑えるべく彼女が捕まえた者達。しかし一瞬で絶命してしまう程に激しくしても、一向に収まらない。それどころか、段々と増しているようにさえ感じる。
しかもその頻度と振れ幅は秒単位で増しているような…………?
「んくぅ……、また、またぁ……」
苦しい、切ない。
まさかとは思うが、自分が灰清に恋をしてしまったのでも言うのか?
蠍は自身の思考を疑い、それだけは無いと思い直す。
確かに気持ち良かった。愛しているとも言った。だがそれはあくまで彼を本気にさせるためのものであって、決して自身が本気になった訳ではないのだ。
だが身体は再び下腹部に伸びていく。何度しても止まらない。
もう彼女の右手はびしょ濡れだった。
「どう、して…………」
漸くまともな言語を絞り出し、蠍は震える右手を押さえつける。
表情からは快感が抜け落ち、恐怖がじんわりと広がっていく。
何故か? 単純だ。
今の自分と重なる人間が、近くに三人も居るのだから。
「…………冗談、だよね?」
あり得ない。蠍は必死に自分に言い聞かせる。
蠍が魔女として覚醒したのは半月前のことだ。その分野にはまだまだ明るくなく、世界にどれだけの魔女が居て、どれだけの魔法があるのかを把握出来ている訳では無い。
しかし、それでもそれだけはないと断言出来る。
フグが自分の毒で死ぬことのないように、蠍もまた自身の毒に犯されることなどあり得ない。
そうでなくとも、自身の身体には強い対毒性があることを知っていた。
首を何度も横に振り、それを雑念を断じて振り払う。
そして他の魔女に何らかの攻撃を受けた可能性を考える。
毒でなければ、何らかの精神攻撃か? 今ままで他の魔女と物理的な接触をしてこなかった以上は、離れていても発動出来るような魔法に限られるはずだ。
もしくは灰清に初めて出会った時のように、属性を含んだ魔力を霧にして吸わせるといった手段を用いた?
それもおかしい。一体何が、どうして。
「正解が気になるかしら?」
「!?」
身体を起こす。
誰かが、恐らくは魔女が、尋常ならざる敵意を持って侵入してきた。
本能が警鐘を鳴らし、彼女を無理矢理に身構えさせた。
「……生徒会長?」
「お久しぶりね、毒島蠍さん?」
「驚いたな、一応痕跡は残さないようにはしてたんだけど」
「お粗末だったけれどね」
冷汗が垂れる。
蠍の中で疑問が浮かぶ。コイツは誰だ?
外見は、龍王刻魅で間違いない。しかし同一人物であるというには余りにも違い過ぎた。
魔力は感じていた。力に目覚めてから彼女が魔女であることは把握していた。
だが、ここまでだったか?
(だけど…………!)
確かに想像よりも強烈だった。
舐めていた、驕りがあったのは間違いない。
それでも勝てない相手ではないはずだと、蠍は感じていた。
「……想像以上ね」
「はぁ?」
「想像以上に乱れているのね、あなた」
乱れている? どういうことだ。
蠍は自身の恰好を見つめ直す。確かに服装や体勢は乱れている。だがそれが勝ち負けに影響するはずがない。
魔女にとって重要なのは魔法の強さだけではないのか。
「やっぱり。私に勝ち目があると思っている時点で、大分脳が浸食されているわよ」
「……何を、言って」
蠍の声から力が一段抜け落ちる。
それは彼女自身が無意識に感じていた違和感が意識として拾えるようになったからに他ならない。
視界が微かにブレたような気がして、汗の量が増える。
「いい加減自覚した方が良いわよ。既に身体に違和感として現れているのだから」
「っ!」
蠍は尾の先端で刻魅に突き出した。
これ以上この女に喋らせてはいけないと、そう直感したが故の行動。
しかし刺突の軌道は狙いから大きく外れ、あらぬ方向に突き刺さる。
「仕方ないわね。無自覚のまま殺すのも可哀想だし、しっかりと教えてあげる。あなたが一体何を間違えたのかをね」
刻魅は動かない。尾が彼女の横を通り過ぎても、何もしない。
淡々と口を動かし、真実を告げる。
「色々あるけれど、そうね。最もな間違いは灰清を獲物としてしか認識していなかったということかしら」
「はぁ? どういうことよ……」
何がおかしいのか、蠍には理解出来なかった。
自分は魔女で灰清はただの人間。そこには絶対的な力の差があり、それを覆すことは不可能のはず。
身体能力も、魔法の存在も。魔女が男に劣っていることなど何一つ無い。
「歴史の勉強をするべきだったわね。十七世紀までは魔法とはごく一般的な学問だったのよ。色々あって科学にとって代わられてしまったけれど、かつては世界で最も重要な学問だった。一定以上の地位の人間しか学べなかったのはあるけれど」
一般的? 魔法が?
この空想から飛び出てきたようなものが?
蠍は信じられなかった。
「魔法の力量が高ければ、その人物の教養が証明される。そうなれば当然、それが必要とされる身分の人間は魔法を学ぶわよね? そこに男女の区別など存在しない」
確かに、確かにそうだ。
蠍は納得した。同時の思考の一部を次の一撃をどこに放つかに割き始める。
「当時は魔法使いという言葉が用いられ、学びさえすれば誰でも魔法が使用出来た。全ての人間が魔力を持っていたからね。……その後どういう訳か女だけが魔法を使う機能を残してしまったみたいだけど」
歴史の話はこれで終わり。
だから何だと言うんだ。昔の話など知ったことではない。今使えないのでは意味が無いではないか。
蠍はそんなことを考えつつ、そして尾を突き出した。
「それがそうでもないのよ」
「なっ!?」
今度は外れなかった。
狙い通りの軌道を描き、進んだはずだ。
にも関わらず、外れた。蠍には一瞬空間がグニャリと歪んだように見えたが、これは一体。
「過去が積み重なって未来に繋がる。例えその過程でその多くが壊滅的になったとしても、その全てを完全に滅することは不可能よ。一般的が希少になっただけで、魔法は今も生きている。魔女は勿論、魔法使いもね」
「……………………まさか」
「そう、そのまさか。寒空灰清は魔法使いよ。この現代において唯一の男性で魔法を使える存在」
「…………!?」
そんな馬鹿な。ありえない、とは言えない。
実際問題、蠍は魔女の、魔法の歴史については何も知らないのだから。
「……そぇ、で」
「いよいよ深刻になってきたわね。……いいわ、いらっしゃい?」
刻魅の言葉と同時に扉が開いた。
入ってきた人間を見た瞬間、刻魅の瞳孔が一気に開かれる。
「…………へ?」
今度こそありえないと全身が叫んだ。
半日前に見た時とは容貌が随分違う。素肌は夥しい程の生傷が刻まれ、瞳にハイライトは無い。
まるで拷問でも受けたかのような出で立ちで、寒空灰清はそこに立っていた。
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