名前を覚えて自己紹介は終わり
先生がやってきてから。
俺の担任は「どうした!……マジでどうした!」と、俺とヒロトを何往復も見比べるというコントみたいな動きをして俺をまたヒャー!ってさせた。先生までとどめさしてくんじゃん。やめて。
俺は俺の担任が、ヒロトはヒロトの担任が対応するらしかった。ヒロトの前に立つのが担任だったのかはわからないけど多分そう。とりあえずとして話を聞こうと二人別々に連れ去られる前に、嗚咽も絶え絶えのヒロトが口を開いた。
「薫君!あの、傘。持ってきたから。だから、後で渡す。帰り、待ってて!」
「わかったぁ」
半笑いになりながらそれに手を振って応えた。奴も鼻水たらしながら抜群の笑顔を返してくれた。このやり取りを見ていた先生たちの「解せぬ」みたいな顔はめちゃめちゃ面白かった。
その後、笑い過ぎて若干ぐったりしていた俺は担任に空き教室に連れていかれて一度放置された。なんか見物人たちから情報を集めに行ったらしい。そんで帰ってきた先生はすっごい「解せぬ」みたいな顔してたからまた笑いが再発しかけた。
で、「何があった」と聞かれても俺は奴が泣いてるのを見て勝手に笑ってただけだし、あいつに何があったかなんて知らないし。いや改めて言うとひでぇなこれ。でもそうとしか言えないんでそう言ったらなんかすっごい疲れた顔で「どういうことだよ……」ってつぶやいてた。情報とは一致しているところが一層わけわかんなかったらしい。なんかごめん。
ごめんついでに住所を勝手に教えるのはどうなんだ問題を聞いてみたら「じゃあ学校休むなよ」と言われてしまった。そういう問題……?とりあえず先生が疲れてるのはわかった。
ヒロトの方は、まぁ取り調べを受けた後普通に教室へ戻ったらしい。それだけで勇者だと思うが、なんか、「大丈夫……?」と一部恐る恐ると好奇心か保護欲か何かが爆発した人たちが話しかけたところ、「大丈夫だよ」と泣きはらした赤い顔ではにかんで多くの人間の心をゲットしたらしい。もう無双よ。
あいつはきっとあれなんだろ。言葉じゃなくて表情とかで語る奴。そんでそれが得意なんだろ。多分。その後もなんだかんだうまくやっているらしいし。この前なんか告白されたとか報告しに来たからな。もう無双よ。マジで。だから俺言ったろ、あいつは非凡なの。良くも悪くも凡人じゃないの。主に顔が。
あれから大分時間は経ったが、何かが変わったとか、特筆するようなことは特にない。ヒロトは言った通りなんだかんだうまくやる方法を見つけ始めたらしいが、たまに俺のとこに来て泣いていったりするし。なんでだろうね。俺がそこはかとなく何事に対してもどうでもいいと思っているのがばれてんのかもしれない。だから吐き出しやすいのかも。
ちなみに俺はもう奴が泣いてるのを見て不審者ポーズはしなくなった。動揺はするけど。うっわぁ、って思う。顔面にも出てるかもしんない。でもあいつは俺の前で泣いていくし、別にいいんでしょそれで。
俺はやはり人と関わるのは嫌いだし、泣くのは苦手だ。後名前覚えるのも苦手。実は名前覚えられてないんです、とあの帰り際、傘を片手にヒロトに告白したらこいつまじかよみたいな顔で見られたし怒られた。俺は深く反省した。
クラスメイトの写真、名前書いてトイレにでも貼っといた方がいい?って聞いたらそれはやめろと真顔で言われたのでしてないし、結果として顔と名前全然一致できてないけれど。名前覚えるの苦手なままだけど。でもヒロトは覚えたよ。岩崎裕人でしょ。俺覚えた。
とまぁ、こんな風にそう変わらん。でも発見したこともある。俺は人の話を聞くのはそこまで嫌いじゃないらしい。人と関わることとイコールでもあるので度を越したらもう面倒だが、少しくらいならいけるとわかった。だからヒロトとはたまに遊ぶくらい。あいつ距離感つかむのうまいんだよなぁ。なんでいじめられっ子なんてやってたんだか。
あと、涙も出るときゃ出るってのがわかった。やっぱりそう感情的には泣けなくて、風呂場であーあ、ってなるけれど。でも、あれ。ジブリとか見ればいいのよ。ジブリ。泣きたいときは映画でも見りゃいいのよ。ナウシカいいよね。
とりあえずはそれでいいや。涙も出るときゃ出る、ってのがわかったから。満足。
それくらいかな。後は中三になったら受験もあるし、出席日数気にして少し学校サボらなくなったくらい?でもサボるけど。一カ月に一回はサボるけど。何なら二回。
まぁ、なんだ。
俺らは大概大丈夫ってこと。
もうすぐ夏休み。遊びに誘うから断るのばっかはやめて。泣くよ。と脅しも受けてることですし、ヒロトとは遊ぶ約束をしている。
いやぁ、友達と言い切れる友達がひとりくらいはいるのもいいね。たくさんはいらないけど。疲れるし。
今日の授業は終わった。あくびをひとつする。
なんだかアイスでも食べたい気分。学校帰りにコンビニでも寄っちゃおうかしら。今度こそはガリガリ君を食べるんだぁ。
制服の群れに交じってひとり校舎から出る。すっかり夏になった日差しが肌を焼いた。晴天だ。暑い。青い空の遠くの方に入道雲がぷかりと浮かんでいるのが見えた。あの雲は食べてもおいしそうな気がする。
青空には入道雲があって、暑くて汗がにじんで。すげぇ夏って感じ。絶好のアイス日和だ。最高かよ。
俺はガリガリ君を頭に思い浮かべ、それに似た青い空の下。
あのコンビニを目指して、うっきうきで足を踏み出した。
薫とヒロト ヨカ @Kyuukeizyo
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