つま先に泳ぐ青
僕の足の親指の爪には、定期的に横線が入る。聞くところによると、窮屈な靴を履く所為で爪母が傷んでできるらしい。一般に嫌われるこの横線だが、僕はむしろ気に入っている。青色を乗せるだけで、水面の波紋のように見えるから。
そういったことをぽつぽつと喋ると、先輩は「ふうん」とそっけなく言った。窓から初夏のにおいがする風が吹き込んで、保健室の真っ白なカーテンが大きくはためく。
「男がペディキュアしてるの、変だと思います?」
「思わないよ。例えば俺、ネイリスト目指してるんだけど、変?」
「え、すご」
思わず口から漏れた言葉に、先輩はにやりと笑った。
「次に爪綺麗にしたくなったら、放課後ここに来なよ」
そう言って渡されたショップカードは、近所のネイルサロンのものだった。
「そこで修行中なの、俺。代金は要らないから、その足貸して」
その日の放課後、僕は初めてネイルサロンに足を踏み入れた。サロンで見る先輩の顔は、学校と別人のように思えた。先輩は、傷んだ爪を均して、波の飛沫く青色を僕のつま先に乗せた。
十年前のあの日を思い出す。ちょうどこんな、初夏のにおいがする風が吹いていた。白いサンダルを履いた足元が涼しくて心地良い。
今でも僕のつま先には、先輩が施した青色が泳いでいる。
ショートショート 揺井かごめ @ushirono_syomen
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