第2話 話さないで

 後日、私が提出したDNAとお腹の子の鑑定の結果が出た。


「ええ……どういうこと?」


 しかし、その鑑定結果を見て、尚のこと、医者は顔を顰めてしまった。もう、社会人の体裁にも気を配れないほどにパニックになっている様子だった。


「あの、結果は、どうだったんでしょう?」


 私が尋ねると医者がハッとして、こちらに顔を向けた。


「はい。あの、その、まず……お腹の子のDNAの結果が出ました」

「ほ、本当ですか! それで、誰の子だったんですか」

「それが……」


 そう言うと医者はまた顔を顰めた。


「まず、父親なんですが、アナタの前の旦那様の髪の毛とDNAが一致しました」

「じゃあ、私と夫の子なんですか?」

「いえ……」


 否定され、私はキョトンとしてしまった。


「どう言う事ですか? 私と主人の子じゃ無いんですか?」

「それが……一方のDNAは確かに前のご主人様なんですけど。もう一方の母親の遺伝子が、アナタじゃないんです」

「どう言う意味ですか?」

「その方の遺伝子も一応、戴いた髪の毛に中にはいました。前のご主人の髪の毛の中に混ざっていた一本です」


 私は主人に会うのは躊躇い、主人が家に置いて行った本の中に挟まっていた髪の毛を何本か提出していた。その中に確かに女性のように長い髪も何本かあった。


「前の嫁は俺の本をよく読んでいたんだよ」

 

 主人は前の奥さんとは死別である。交際中に遺影の写真を見た、髪の長い綺麗な方だった。

 医者も私も頭を抱えてしまった。

 私のお腹の子は、前の夫とその奥さんの子供……つまり、蓮の弟という事だ。


 どうしてそんな子を、私が孕ってしまっているのか? 何が起きているのか、さっぱり分からない。


 すると帰り道、私のスマホに電話がかかって来た。知らない番号からだった。


「お母さん」


 電話に出ると聞こえた声に、私は「ヒィ!」と思わず耳をスマホから離してしまった。


「そんなに怖がらないでよ、僕だよ。蓮だよ」

「どうして、アナタ、死んだんじゃ?」 


 蓮の遺体は見つからなかった。しかし、あの流れと深さで生きている筈がないと判断され、連は死んだ事になった。


「死んだよ。だから、今度はお母さんのお腹から産まれることにしたんだ」

「え?」

「だって僕が死んだのって、僕がお母さんの子供じゃなかったからでしょ?」

「それはっ!」


 左手に蓮の手を握る、あの時の感触が蘇る。もう、どんな強さであの子の腕を掴んでいたのかも覚えていない。


「だから、今度はお母さんのお腹ら産まれるから、またお父さんと一緒に、みんなで暮らそうよ」

「待って、違うの! 仕方が無かったの。アナタの子も大好きだった。でも……でも……」


 私は泣いて、懺悔する声で道端で蹲ってしまった。


「お母さん。何、泣いてるの? じゃあ、あと少しでまた会えるから」


 電話の蓮は悪びれる素振りも憎んでいる様子もなく、そう言って電話を切った。


 それが余計に私の恐怖と罪悪感を増幅させた。


 

 私が青ざめた表情で家に帰ると、すでに拓也がリビングでテレビを見ていた。


「おかえり」


 私は拓也を見て、ギョッとしてしまった。


「どうしたの? なんか、顔色悪くない?」

「な、なんでもない。ただいま」


 私は誤魔化すように夕飯の準備をしようとキッチンに向かい、拓也から背を向けた。


「ねぇ」


 拓也の声が私の背中に冷たく刺さった。


「な、何?」

「赤ちゃん、産まれるの?」

「ど、どうして?」

「だって、お腹、大きくなってるし……あと、これ、母子手帳ってのでしょ?」


 テーブルに置いた私の鞄からはみ出していた母子手帳を拓也が手に取った。


「子供、産まれるの?」

「あ……うん。前のお父さんの子供」

「……そう」

「うん。拓也、またお兄ちゃんだね」


 私がそう言うと、拓也は「うん」と言って自分の部屋に戻ってしまった。テレビでは拓也がいつも見ているアニメがまだ途中だった。


 真実は拓也に言えず、私のお腹にいた子供は大きくなり、そして十月十日で赤ん坊は本当に生まれた。


 怖い、この子が私にどんな復讐を考えているのか、それを考えるだけで、怖くて仕方がない。


 せめて、拓也にだけは、あの時の事がバレないようにしないと。


=================


 あの日、塾が終わって家に帰ると、まだお母さんは帰っていなかった。最近、パートの後に産婦人科に行っているらしく、たまに帰りが遅くなる事がある。

 いつも見ているアニメが始まる時間になり、僕はテレビをつけた。すると、リビングにある家の電話が突然鳴り出した。


「もしもし」

「お兄ちゃん。久しぶり」


 電話の向こうから聞こえた声に、僕は受話器を落としそうになった。


「蓮?」

「どうしたの、声が震えてるけど」


 蓮の声を聞いて、あの日の事を思い出した。


 あの日、キャンプに出かけた僕らは、お母さんが夕飯を作っている間、川で遊ぶことにした。

 すると、蓮が川で足を滑らせ、転んでしまった。


「蓮!」


 僕は助けようと蓮に手を伸ばした。でも、学校で習っていたけど、水を吸った体は鉄みたいに重くて、僕は蓮に引っ張られて、一緒に溺れる事に。


「拓也、蓮!」


 すぐにお母さんが助けに来てくれたけど。僕と蓮の二人の手を掴んだ途端、お母さんの顔が歪むのが見えた。

 僕とお母さん、そして血の繋がっていない弟の蓮。

 僕は咄嗟に水面の中で、蓮の腹を足の先で数度、蹴った。


「お母さん! お兄ちゃん!」


 蓮は不意を突かれた衝撃に驚いて、お母さんの手をすり抜けて、流れて行ってしまった。


「あの日、お兄ちゃんが僕を蹴ったのって、僕が本当の弟じゃないからだよね?」

「それはっ!」

「だから、今度、お母さんのお腹から産まれる事にしたんだ」

「え?」

「今、お母さんのお腹の中にいるのは、僕なんだ。だから、今度は本当の兄弟だよ、お兄ちゃん」

「そんな……」


 そこで電話は切れた。


 僕は呆然と立ち尽くしたけど。すぐにお母さんが帰ってくる音がした。


 僕は平然を装って、いつものアニメを見ているフリを装った。


「ねぇ」


 居た堪れず、僕はお母さんに聞いてみる事にした。


「な、何?」

「赤ちゃん、産まれるの?」

「ど、どうして?」

「だって、お腹、大きくなってるし……あと、これ、母子手帳ってのでしょ?」


 テーブルに置いた鞄からはみ出していた母子手帳を僕は手に取った。


「子供、産まれるの?」

「あ……うん。前のお父さんの子供」

「……そう」

「うん。拓也、またお兄ちゃんだね」


 お兄ちゃん。

 頭に蓮の声が何度も響く。


 僕はアニメを見ていたことも忘れ、自分の部屋に戻って、ベッドの中にうずくなった。


「お願い、お母さんには話さないで」


 布団の中で、何度も蓮にお願いした。

 あの時、僕がした、酷い事がお母さんにバレたら……それを想像すると体の震えが止まらなくなった。


















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2024】はなさないで ポテろんぐ @gahatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ