第10話 SS8 ソウル秋景色
SS-13の2度目の仕事は、思ったより早くやってきた。今度は隣国のSSKからSSJに依頼がきたのである。これも狙撃の得意な者でないとできない任務である。
SSKからは
「依頼者が大統領候補に関わる。万が一失敗した場合、SSKのメンバーだと後々が面倒になる。その点、SSJの部下ならば追求もなくなる。もちろん、失敗することはないと思うが、くわしくはユン・ギョクナンという男に会ってくれ」
という何とも無責任な依頼である。だが、日本での仕事をSSKに依頼することもある。いわばお互いさまである。
イチョウの葉がきれいに色づく秋の日に、SS-13はS特別市K区にある公園にて、男と会っていた。
「ユン・ギョクナンか?」
「はい、そうです。SSの方ですね。よくぞきてくれました」
「挨拶はいい。依頼の要点だけを言え」
「はい、来年大統領選挙があります。その候補者の中に、イ・ソナがいます」
「有力な女性候補だな。おまえもその選挙スタッフだよな」
「そうです。その選挙スタッフの中に、ハン・ジミンという女性がいます」
「イ・ソナの知恵袋と言われる女性だな」
「イ・ソナの演説原稿などは、全てハン・ジミンが目を通しています。いわば、イ・ソナは、ハン・ジミンの言いなりです」
「それで、オレに何をさせたいのだ?」
「ハン・ジミンのイヤリングを撃ってほしいのです。それもイ・ソナの見ている前で・・」
「それは、どういうことだ?」
「イ・ソナがチング(親友)の証しにハン・ジミンに贈ったものです。ですが、ハン・ジミンがイ・ソナの側にいては、ろくなことはありません。ハン・ジミンをイ・ソナから離れさせるためには、そのイヤリングをねらうしかないのです」
「イヤリングをこわすだけではすまないのか?」
「ただこわすだけなら別のものが贈られてしまいます。チングのままだと、命をねらわれるという恐怖感を味あわせたいのです」
「ハン・ジミンはめったに人の前に出ないと言われているが・・」
「来週、娘が馬術大会にでます。そこに必ず来ます。そして、私がイ・ソナをそこに連れていきます。おそらく、ハン・ジミンと隣同士で座ることになります」
「ハン・ジミンの娘の父親はおまえではないのか?」
「さすがに、よく知ってらっしゃる。10年前までは私の娘でした。その頃からハン・ジミンがある新興宗教にそまりはじめ、言うことがおかしくなりました。別居になり、あげくに離婚しました」
「かつての妻は殺したくないということか?」
「たしかに、これを機会にハン・ジミンがふつうの女性にもどってほしいという願いはあります」
「わかったが、金のでどころは?」
「恥ずかしい話ですが、私のマンションを処分しました。今後は安アパート住まいです」
「S特別市の住宅事情は大変らしいな」
と言い残し、SS-13は立ち去っていった。
数日後、新聞に
「イ・ソナ氏の選挙参謀自殺か?」
という記事が掲載された。引っ越ししたばかりの半地下の部屋で謎の死を遂げていたという。どうやら服毒死だということを新聞は報じていた。借金を苦に自殺したのではないかと書いてあった。
SS-13は自殺ではないことをすぐに察した。おそらくは、ハン・ジミンの指示か、新興宗教側の仕業だと思った。自分の財産を処分して、何かに使ったのをいぶかしがったのだろう。
SS-13は設定がひとつ変更になったことを憂慮した。当日にイ・ソナが馬術大会に来るかどうかが分からなくなったからだ。残り4日でどうするか? そこで情報屋のキム・ジハンに会った。
「ハン・ジミンの娘にコンタクトできるか?」
「ハン・ジミンの娘? 不正入学の疑いで有名になったあのあばずれか? ホストクラブに入りびたりですから簡単ですよ」
「ならば、その娘からイ・ソナに馬術大会に来るように連絡させろ」
「そんなことたやすいことです」
「では、頼む」
と言って、輪ゴムで止めた札束を渡した。
「これはこれは気前のいいことで、これからも呼んでくだされ。S特別市のことなら何でもござれですから」
と、キム・ジハンは作り笑いをしてSS-13を見送った。
馬術大会当日、メインスタンドの反対側にある競馬の時に使うボックススタンドにSS-13は陣取った。その距離およそ100m。SS-13にとっては難しい距離ではないが、わずか1cmほどのイヤリングをねらうのは至難の業だ。それも揺れ動くのだ。
馬術大会が始まった。ハン・ジミンはスタンドにいるが、イ・ソナは来ていない。ハン・ジミンの娘の順番は10番目だ。それまでに来ないと、今回の依頼は達成できない。
ハン・ジミンの娘の番になった。そこにボディガードに守られたイ・ソナがやってきた。ハン・ジミンと抱きあって再会を喜んでいる。そして隣りに座った。チャンスと思われたが、イヤリングをねらうと後ろの席の客にあたってしまう。それは依頼には入っていない。SS-13はチャンスを待った。
ハン・ジミンの娘の演技が終わった。と、その時、ハン・ジミンとイ・ソナの二人だけが立ち上がって拍手を始めた。とっさにSS-13は引き金を引いた。
スコープごしに、ハン・ジミンが右の耳たぶを押さえているのが見えた。その横では、イ・ソナが青ざめた顔でハン・ジミンを見ている。
ハン・ジミンが狙撃されたことは報道されなかった。というか、周りにいた誰もが気づかなかった。イ・ソナを除いては。
その数日後、イ・ソナは党首を辞職をした。事実上、大統領候補を降りたということだ。涙ながらに辞職の記者会見をする様子は、初の女性大統領を期待した支持者からは、ため息がもれていた。
ハン・ジミンは、精神病院に入った。時折、亡霊を見るらしい。ユン・ギョクナンが出てくるらしい。彼が願ったふつうの女性にはならなかったが、ハン・ジミンの心の中に棲むことはできるようになったのだ。
SS 飛鳥 竜二 @taryuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。SSの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
バイク一人旅/飛鳥 竜二
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 10話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます