第9話 SS7 SS-13ブリュッセル参上

 雄一がSSJになって間もなく、SS本部から連絡がきた。

「ベルギーのブリュッセル市警から依頼がきて、市内のC国系マフィアとI国系マフィアのボスを守ってほしい」

 という妙な依頼である。マフィアのボスを守るというのはどういうことかと不思議に思ったが、年末に二つの組織が抗争集結を宣言するために、中央広場で会うことになったとのこと。ただし、それは仮の和解で、お互いの組織は狙撃手を雇い、お互いのボスを暗殺する計画をもっているとの情報がブリュッセル市警にはいったらしい。市警内部で阻止をすると、後々が面倒になるということで、SS本部に依頼がきたとのこと。そしてSS本部は、全く関係ないSSJに依頼すれば、あと腐れがないと判断したようだ。雄一にとっては迷惑な話である。

 だが、雄一は適任の者を知っていた。SS-13である。以前は防衛隊の狙撃部隊にいた。オリンピックのライフル射撃の候補者になったこともある。しかし、内部問題や本人の意向もありオリンピックには参加しなかった。内部問題というのは、上官命令違反があったということである。今は防衛隊をやめて、民間の警備会社でガードマンをしている。SS-13としては初任務である。

 

 時はさかのぼって11月のある日の夕刻、場所はベルギー・ブリュッセルの中央部。ブースと呼ばれる証券取引所から北へ500m行った歩道上、大きな通りをはさんで100年以上たっている10階だてほどの建物が連なっている。中央広場から北駅に向かう大きな道路だが、観光客は少ない。

 冬に入り、夕方になって、だいぶ陽が傾いてきた。人々は、冬に向けて革ジャンなどの防寒着を着込んでいる。

 車道をはさんだ東側の歩道を二人の日本人が歩いている。革ジャンを着ているので観光客ではないようだ。駐在員だろうか。二人は何か笑いながら楽し気に話しながら歩いている。

 そこに、地元の若者が後ろから走ってきた、二人を追い抜きざま、紙ごみを投げつけていった。

「何をしやがる!」

 二人の日本人は、その若者を追いかけた。

 若者は逃げる、逃げる。地の利も得て、二人の日本人を巻いたと思ったところで、足をとめた。ところが、ホッとしたところに一人の日本人が立ちふさがった。別な道をきて、先回りをしていたのだ。後ろからは、もう一人の日本人も追いかけてきた。はさみ撃ちだ。その若者は、しこたま日本人に殴られ、蹴られ、大けがを負った。しまいにはごみ集積所に投げ捨てられた。

 しばらく、若者は動けなかった。1時間ほどして、地元の人間が助けてくれた。

「Chi ti ha colpito ? 」

(だれにやられた?)

 言葉はI国語だ。このあたりは、I国系移民が多いところなのだ。すると、その若者は

「C landmen. 」

(C国人)

 と答え、そこで意識を失った。日本人とは分からなかったようだ。ベルギー人がいだく日本人のイメージは、スーツを着たビジネスマンであり、革ジャンを着ているのはC国人というイメージなのだ。それに、この大通り(アドルフマックス通り)をはさんだ西側はC国人街なのだ。いわばC国マフィアとI国マフィアの縄張りの境界である。先ほどの二人の日本人が歩いていたのは、I国マフィア側の歩道だったのだ。

 翌日、アドルフマックス通りの北端、ロジェ広場で二人のC国系ベルギー人が襲われた。5人組の若者が、

「Chao . 」

 と笑顔で近寄ってきて、急に殴り出したということだった。大勢の人が見ている中での凶行だった。二人のC国系ベルギー人は、肋骨を折る重体だった。

 その日のうちに、アドルフマックス通り沿いにあるピザ店に、石ころが投げこまれ、ガラスが割られただけでなく、中にいた客がけがをした。クルマでやってきた3人のC国系の人間による犯行だった。

 この時点で、ブリュッセル市警が動き出した。今までは日常茶飯事に起きているマフィア同士の抗争として無視してきたのだ。ところが、ピザ店でケガをしたのは一般人。警察もだまっているわけにはいかなくなった。

 3日後、犯人はつかまった。1週間牢屋にぶち込まれたが、C国マフィア側が被害者に見舞金と慰謝料を払うということで和解し、保釈金を払って釈放された。

 しかし、3人が警察署を出て、クルマに乗り込もうという時に、1台のFIATが猛スピードで駐車場に侵入してきて、そのC国人たちに向けて発砲した。3発。そのうちの1発が一人のC国人の肩にあたった。警察署の駐車場内での凶行だったので、多くのパトカーが追いかけ、北駅周辺でそのFIATはつかまった。発砲したのは、あの日本人二人になぐられたI国系ベルギー人のチコだった。チコは独房に監禁された。復讐をおそれ、市中にだすわけにはいかなかった。

 しかし、報復は実行された。アドルフマックス通り沿いにあるI国系のホテルが襲われたのだ。それもマシンガンによる襲撃だ。1F(ベルギーでは0階)にあるレストランが散々な状況となった。幸いにもケガ人はでなかった。犯人はそのまま国外逃亡をしたらしい。

 その翌日には、アドルフマックス通り沿いにある中華料理店が襲われた。使われたのは手りゅう弾だった。10人が重軽傷を負った。多くが、C国人だった。犯人は通りすがりに投げ入れたらしく、手がかりを残さなかった。

 ブリュッセル市警のデカルメ本部長は憂いていた。

「次長、このままだと抗争が悪化するぞ。今に死ぬやつがでてくる」

「本部長、10年ほど前にも似たようなことがありました。あの時は、どちらのマフィアもナンバー2が亡くなり、そこで手打ち式が行われたんでしたね」

「そうだった。あの時、オレは現場の課長でてんやわんやだった。本部長は市長からブリュッセルのイメージが悪くなる。と言われていたらしい」

「また市長から言われそうですね」

「昨年、隣町でスーパー襲撃事件があったじゃないか。あんなことがブリュッセルで起きたら観光客激減だぞ」

「そうしたら、観光客を相手にしているホテルやレストランから警察に苦情がきますね」

「そっちの方が市長よりこわい。外にも出られなくなる」

「本部長は、もうお顔が知られていますからね。一度見たら忘れられないお顔ですから・・」

 デカルメ本部長の顔は目がぎょろっと大きく、見事な髭が自慢だった。

「この髭がか・・?」

「いえいえ、貫禄のあるお顔ということです。(ホントはぎょろっとした目だが)」

「よし、二人の教授を呼べ。ワン博士とロッシ博士だ。二人に各組織を説得してもらおう」

 翌日、ベルギー大学のワン教授とブリュッセル大学のロッシ教授がやってきた。二人とも10年前の手打ち式の際、両方のマフィアの説得にあたった人物だ。もちろんワン教授はC国系、ロッシ教授はI国系である。

 次長が二人を出迎える。

「ようこそいらっしゃいました。お忙しい中をおいでくださり、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」

 ロッシ教授が口を開く。

「また、世間がきな臭くなったようですな。元々は、向こうから仕掛けてきたようですが・・・」

 そこにワン教授が応える。

「そんなことはない。ロジェ広場でそっちが襲ってきたのが始まりだ」

 二人は、組織からすでに話を聞いていて、あらましを知っているようだった。そこに本部長がやってきて、

「まあまあ、事の発端は若い連中のこぜりあいに違いありません。それを追求したらきりがありません。ここは、まず収めることを考えていただけませんか。でないと10年前と同じように死人がでます。そうなったらブリュッセルに観光客が来なくなります。そうしたらどちらの組織も困るでしょう」

 二人の教授は、苦虫をかみつぶしたような顔でうなずいた。本部長が話を続ける。

「そこで、お二人に尽力いただき、10年前と同じように手打ち式にもっていきたいのですが・・」

 しばらく沈黙が続いた。二人の教授も手打ちの必要は感じているのだが、どうやったらボスが納得するかを悩んでいるのだ。

 次長がアイデアを出す。

「どこか、中立のビアホールでビールを飲み合うというのはどうですか?」

「ボスはベルギービールはきらいだ。I国ワインしか飲まん」

 とロッシ教授からダメ出しがでた。次長はガクっときたが、へこたれない。

「それでは、日本食の店で一緒に寿司を食べるというのは?」

「うちのボスは大の日本食ぎらいだ。中華料理が一番だと思っている」

 と今度はワン教授からダメ出しがでた。次長は、次の言葉を発することができなくなった。それで、本部長が口を開いた。

「それでは、大晦日の夜にグランプラスで会うというのは・・?」

 大晦日の夜に、新年を祝う人たちがグランプラスに集まり、新年とともにだれかれ関係なくハグをするという習慣がある。そこで、両方のボスを和解させようという考えだ。

「新年を迎える大勢の人が集まる中でか・・?」

 とロッシ教授が怪訝な顔を示した。そこにワン教授が応える。

「大勢がいるから目立たないということか。ハグしているのがあたり前だからボス同士がハグしても不思議ではない。ボディガードも多くおけるから、チンピラは寄りつけない。これならボスも納得するかもしれない。どうだ、そっちは?」

「確かに・・・。一理ある。ボスに話してみる価値はあるな」

 とロッシ教授も同意した。談合が終わり、3日後にまた会う約束をして、二人の教授は帰っていった。

 残った次長が本部長に話す。

「これでうまくいくといいのですが・・」

「君は不安か?」

「なにせ、長年にらみあっている仲です。簡単に終わるとは思えません」

「確かにな。そろそろけりをつけないといけない時期かもしれんな」


 3日後、二人の教授がやってきて、お互いにボスの了解を得たと返事をした。相当数のボディガードを侍らして市庁舎前にて手打ちのハグをすることになった。市警も相当数の私服警官を配置して、万が一の場合に備えることにした。


 12月24日のクリスマスイブ。グランプラスは恒例のクリスマスツリーが立てられ、イエスキリストが産まれた馬小屋が再現されている。ベルギーのクリスマスは静かだ。教会に行ってお祈りする人が多いのだ。騒いでいるのは観光客だけだ。I国系住民の地区でもC国系住民の地区でもクリスマスマーケットが開かれ、観光客でにぎわっている。本部長は、どちらの地区もパトロールして平穏であることに安堵していた。が、市警本部にもどると、次長がどんでもない知らせをもってきた。

「本部長、大変です。二人の教授から連絡があり、両方の組織とも暗殺者を雇ったようです。この手打ち式を利用してお互いのボスをねらうようです」

「それは本当か!」

「九分九厘まちがいないようです。ロッシ教授は5万ドルが支払われたと言っていました。ワン教授も金額は不明だが、多額の金が動いたと言っております」

「お互いに相手がねらっていることは知っているのか?」

「今のところ、それはわかりません。でも、グランプラスには来るようです」

「顔を見せずに来るということか・・となると、ハグした後をねらうということだな」

「その時しかありませんな」

「そんなことが起きたらグランプラスは血の海になるぞ」

「SWATを配置しますか?」

「馬鹿者! 警察が発砲したら余計面倒なことになる。こうなったら剣には剣だ。SSに頼もう」

「あの暗殺集団のSSですか?」

「暗殺といっても悪者退治だ。ゆるされる範囲だ」

 ということで、SS本部からSSJに依頼がまわってきたのだ。


 12月27日夕刻、SS-13はサンカントネール門の下で本部長と会った。観光客をよそおっている。約束の夕方4時、あたりはもう薄暗い。

 本部長は背中を見せたまま話をする。

「早速ですが、大晦日の夜、グランプラスで二人のスナイパーがI国マフィアとC国マフィアのボスをねらっています。タイミングは二人のボスがハグをし終わった後だと思われます。事前にその二人のスナイパーを狙撃してほしいのです」

「どちらかのボスが亡くなったらグランプラスは血の海か?市警のSWATでは無理なのか?」

「警察が関わったとなると、組織VS警察の争いになりかねません。ここは内密にできるSSにお願いしたい」

「そうか、それでは3つ確認したい。まず経費のでどころは?」

「それは市長を説得しました。市の観光業者を守るためということで納得させました。もちろんSSの名は知らせていません」

「二つ目、市庁舎には入れるか?」

「警官の姿をしていれば、裏口から入れるようにしておきます」

「三つ目、まさか警官に追われることはないよな」

「あなたが、そんなヘマをするわけがないと思いますが、二人のスナイパーの死体の始末は隠密に行います」

「わかった。やってみよう」

「ありがとうございます」

 と言い終わるやいなや、SS-13は夕闇にまぎれていなくなった。


 12月28日、ブリュッセル市内のガンショップにSS-13が顔を見せた。

「M16を見せてほしい」

「ノーマルですか?」

「いや、フルカスタムだ」

「あなたは13ですか?」

 と店主が聞く。SS-13はそれにうなずく。

「SS本部から指示がきています。それでは奥へどうぞ」

 と店主がSS-13を奥の細長い部屋に案内した。銃の試射場を兼ねている。SS-13は、そのライフルで数発試し打ちをした。

「右にややずれる。明日までに調整してくれ。それとナイトスコープがいる。それに赤外線探知機は用意できるか?」

「できますが、何にご利用ですか?」

「知らなくていい。二つ用意してくれ」

 と鋭い眼光で店主をにらんだ。店主はすごすごとうなずくしかなかった。


 12月29日、SS-13はガンショップにてライフル等の装備を受け取った。支払いはSS本部持ちである。受け取りにサインが必要だったが、SS-13は日本語でサインをした。何と書いたかは店主にはわからなかった。


 12月30日、グランプラスのオープンカフェにいるSS-13に何でも屋のジャンがやってきた。

「だんな、頼まれていたものをお持ちしました」 

 それは警官の制服だった。ジャンが話を続ける。

「それに、二人のスナイパーの情報です。軍隊の狙撃兵あがりですね」

「やはりな。ご苦労だった」

 と言って、SS-13は輪ゴムで止めた札束を差し出した。何でも屋にはSS-13が依頼している。経費は成功したらSSJに請求できるが、失敗したら自分持ちである。初任務であるSS-13にとっては全財産に近い金額だ。SS-13は席を立ち、人混みにまぎれてその場を去った。


 12月31日夕刻、SS-13は夕闇にまぎれてグランプラス中央部の市庁舎に入った。市庁舎の塔の一角に陣取り、装備をセッティングした。まずは、ふたつの赤外線探知機だ。二人のスナイパーがポジションをとるとすれば、右側のホテルのどこかと左側のギルドハウスの建物のどこかしか考えられなかった。いくら照明で明るいグランプラスとはいえ、赤外線スコープを使わないと標的をねらうことはできない。その赤外線をキャッチでき、銃口を確認したら、それがスナイパーだ。問題は、その赤外線を感知するタイミングだ。同時だったらどちらかを打ち漏らす可能性がある。そこでSS-13は、ある作戦を市警本部長に伝えていた。

 23時59分、グランプラスの照明が落ちた。すると右のホテルをねらっていた赤外線探知機が反応した。SS-13は、その場所を確認した。ライフルの銃口が出ている。SS-13はねらいを定めた。だが、すぐには撃たない。

 0時00分、時計の「ボーン」という音とともに、グランプラスに集まった人々が

「Bon anne !(ボナネー!)(新年おめでとう!)

 と騒ぎ出し、誰かれかまわずハグをし始めた。すごい騒ぎだ。その瞬間、SS-13は引き金を引いた。ライフル音はかき消された。

 0時01分、二人のボスはガードマンを周りに侍らし、にらみあっていた。ハグをすれば組織が雇ったスナイパーが相手を狙撃する。もしかしたら相手もスナイパーを雇っているかもしれない。だが、ここでハグをしなければ周りにいる多くの私服警官との撃ち合いになりかねない。

 0時02分、とうとう二人のボスが抱き合った。抱き合っていれば、ねらわれることはない。長いハグだった。と、その時、「ヒュー! ババーン!」と花火があがった。

 SS-13が本部長にライフル音を消すために依頼していた花火だ。その時、右のホテルの窓からライフルの銃口が出ているのが確認できた。先ほどの部屋とは違う。SS-13はためらわずに引き金を引いた。

 二人のボスはハグをし終わって、素早くボディガードの囲みに入り、立ち去った。グランプラスでは、人々のハグしあう光景がいつまでも続いている。

 その日の昼間になってから、二つの組織の拠点に警察が一斉に踏み込んだ。手打ち式はみせかけだという理由である。二人のボスだけでなく、中堅以上の幹部は皆逮捕された。下っ端連中は、国外に逃げ出すしかなかった。

 市警本部で本部長が次長に話しかける。

「これで、ブリュッセルはきれいになる」

「そうですな。SSさまさまですな」

「そのことは口にだすな。うかつに言うと、ねらわれるぞ」

「秘密の暗殺集団でしたな」

 次長は首をすくめていた。本部長の目には、ブリュッセルの市街を照らす夕陽が、いつもと違うように見えていた。


あとがき


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。読んだ方はすぐに分かったと思いますが、この話は某青年コミック誌に連載されている作品を想定して書きました。実は原作コンクールに応募しようとしていたのですが断念し、今回SSバージョンに書き直したものです。

 亡くなったさいとうたかを氏や原作者の皆さまに敬意を表したいと思います。


※ブリュッセル駐在時にゴミを投げつけらるということを実際に経験しました。その時はあっけに取られて、立ち尽くすだけでした。

                        飛鳥竜二

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