第8話 SS番外2 雄一結婚する
ホストクラブをやっつけて、雄一はまた小説を書いていた。自宅で書くこともあるが、近くのサテンにパソコンを持ち込んで書くことが多い。自宅だといろいろな誘惑というか、やることを思い出して執筆活動に集中できないからである。それよりは小説を書くという状況に追い込むことの方が雄一にとっては気持ちが入るのである。今書いているのは「世界平和維持部隊」かつてのTVドラマ「サンダーバード」のパクリみたいな小説だが、正義のチームが世界各国を飛び回って、痛快な立ち回りをする話である。今日はR国に侵入して、民間軍事組織に打撃を与え、日本侵攻を阻止するという話だ。R国がU国に侵攻して以来、あり得ない話ではない。自分でワクワクしながら書いている。R国からの脱出方法にも少し工夫を入れた。
そこに、
「小説家の飛鳥竜二さんですよね」
と声をかけてきた女性がいた。年のころは20代後半か、背は高く、体はどちらかというとがっしりしている。スポーツ経験者か、バスケットボールをやっていそうな感じだ。飛鳥竜二は私のペンネームである。
「はっ、そうですが・・・」
売れていないネット小説家を知っているというのは、怪しいと思ったが、友人の何人かにはペンネームを教えている。ネット小説の読者数は全部合わせれば1000人を越えてはいるが、1万人以上の読者を抱えているネット小説家もおり、そんなに多いというわけではない。いわば希少な読者かもしれない。
「私、内田早紀と言います。職場の先輩の朋美さんからあなたの小説を教えてもらい、愛読しています」
「朋美って、鶴ケ谷高校の同級の加藤朋美ですか?」
そう言えば、先日、高校の同級会があり、その場でネット小説家であることをばらしていた。朋美ならば私の写真も持っているし、家も知っている。近くのサテンで書いていることもばらしたので、ここで話しかけられても不思議ではない。
「そうです。一度お会いしてどういう人か知りたくて、このあたりのサテンを探し回っていました」
という返事が来て、なんか変な気持ちにおそわれた。
「ご一緒していいですか?」
と聞いてきたので、
「どうぞ」
と前の席を譲った。すると、話が止まらない。
「飛鳥竜二さんて、本名は福岡雄一っておっしゃるんですね」
「そうです。代り映えのしない名前なので、ちょっとなさそうなペンネームを使っています」
「なんか古風な感じのするペンネームですが、本人はどちらかというとスポーツマンですよね」
そんな風に言われたのは初めてだった。今までは無骨な男としか見られていないと思っていた。
「武道の達人と聞いていますが・・」
「はぁ、剣道・柔道・空手・合気道の有段者です。全部合わせると11段になります」
自分のことをべらべらしゃべるのは、自分でも意外だった。
「11段、すごいですね。朋美先輩は高校時代はもろ硬派だったと言ってましたよ」
朋美は余計なことを言っていると雄一は思った。でも、間違いではない。
「内田さんはバスケット経験者ですか?」
女性に質問をする自分が不思議だった。
「あら、よくわかりますね。高校生まではバスケットをやっていました」
「高校までというと?」
「就職先が特殊で、それからは別な種目をやっています」
「何だろう? アスリート体型を保つ種目ですよね。陸上ですか?」
「まぁ、陸上みたいなもんですが、ヒントは北国です」
「北国で陸上競技と言えば、距離スキーですか?」
「おしい! 実はバイアスロンです」
「バイアスロン? 防衛隊ですか?」
「そうです。千歳の部隊にいました。飛鳥さんも防衛隊ですよね」
「そういえば、北海道の部隊にバイアスロンのオリンピック候補者がいるって聞いたことがあります。それがあなたですか?」
「そういう時期もありました。事情があって防衛隊をやめて、今は朋美先輩のいるスポーツジムでインストラクターをやっています。飛鳥さんは防衛隊をやめてどうされたんですか?」
「私ですか?」
ここで、一瞬ためらった。でも、向こうがペラペラと自分のことを話すので、隠すのはなんか変な気がした。
「防衛隊をやめて民間の警備会社に就職しました。報酬がよくて・・」
「それで今はネット小説家ですか?」
「今でも警備会社に籍はあります。依頼があれば仕事しますよ」
「特殊な仕事なんですね」
と内田は、ちょっときつい表情に変わった。
「特殊ですね。要人警護とか、重要会議の警備とかをやっています」
ウソではない。
「それが小説のヒントにもなっているわけですね」
「あくまでもヒントですけどね」
「ということは、外国とかにも行かれるんですね」
「そういうこともあります」
「おもしろそう。また、後でお話聞かせてもらえますか」
ということで、彼女は名刺らしきものを置いていった。それを財布の片隅にいれておいたが、それで終わりと雄一は思った。だが・・・、
内田早紀とあった数日後、SSJから新たな指令がきた。不可思議な指令だった。
「J-11を見張れ。本名は内田早紀」
とだけであった。
(内田早紀!)その名を聞いて、驚いた。あの女性がJ-11。それも自分に近づいてきた。なぜか? SSを裏切る可能性があるのか? それともオレの情報を他の組織に売る気なのか? 頭の中でいろいろなことが交錯していた。
いろいろ考えても仕方がないので、まずは敵情視察である。彼女が勤めているスポーツジムに行ってみた。
体験ということで、ジムの器具で体を動かしていると、彼女が声をかけてきた。
「あら、来ていただけたんですか?」
「はい、少し体がナマっているので、体を動かしに」
「自宅から結構離れているのに・・」
「あなたにも会いたくて・・」
心にもないお世辞が言える自分が少しおかしかった。
「あら、うれしい。あと1時間で勤務時間が終わるので、ジムの前のサテンで待っててもらえますか?」
と言われたので、うなずいた。SSJからの指令を遂行することしか頭になかった。
サテンで待ち合わせをした後、彼女の言うがままにレストランで食事をし、その後小説の話をくわしく聞きたいというので、彼女のマンションに行った。
最初は、小説を書くきっかけとかを話していたのだが、次第に濃密な感じになり、彼女が目を閉じてきて、そこにキスをしてしまった。その後はお決まりのベッドインである。雄一は初めてではなかったが、終始彼女のペースだった。
翌朝起きると、彼女は何事もなかったかのように朝食の支度をしていた。
「おはようございます。ゆっくり眠れました?」
「あっ、はい」
あっけらかんの彼女に少し驚きながらも、これも調査のうちと割り切った。
「また会ってもらえます?」
「はっ、いいですよ」
と返事をした自分がおかしかった。今までの硬派の自分とは違い過ぎる。
帰りぎわにほっぺにチュをされ、雄一は浮いているような感じで歩いていた。
1週間に一度ぐらいのペースで会っていて、3ケ月を過ぎたころ、雄一の部屋に彼女がやってきた。なんか深刻な顔をしている。今までにも何度か部屋に招きいれているので、今回もためらわずに部屋に入れた。そこで、彼女は思いがけないことを言い出した。
「今日は、あなたにお詫びにきました」
「お詫び?」
「はい、実はあなたに近づいたのはある人の指令だったんです」
「指令?」
J-11に指令を出すとなれば、ボスのSSJしかいない。どういうことだ?
「あなたはJ-7ですよね。ボスから自分の任務を小説で暴露している可能性があると言われて、見張るように言われたんです。それであなたに近づいたんですが、こんなオンナいやですよね」
「いえ、そんなことはないです」
「今日は、あなたと別れるためにやってきました。ボスとも決別します。そして、新しい命といっしょに生きていきます」
「新しい命! 子どもができたんですか?」
「はい、2ケ月と言われました」
雄一に覚えはあった。
「オレの子どもですか?」
と聞くと、彼女は急に泣き出した。そして、泣きじゃくりながら
「そ、そんなふしだらなオンナじゃありません。きっかけはともかくあなたを好きになってしまったのには変わりありません。でも、でも、こんなオンナとはいっしょになれませんよね。もうあきらめています。一人でこの子を育てます」
「そ、そんな泣かないでください。オレの子どもだったらオレは嬉しいです。よかったらいっしょになりましょう」
と、プロポーズをしてしまった。後で考えると、完全に彼女の術中にはまっていた。
彼女が安定期に入った時に、身近な人を集めてチャペルで小さい結婚式を行った。そこに、SSJから祝詞が届いていた。
「7&11 Congratulations ! 」
というどこかのコンビニのCMみたいな祝詞だった。これを見て、二人で顔を見合わせた。
(全てSSJのたくらみだったのだ。異性と縁がない二人を結び付けたということか)
と思ったが、今ではSSJに感謝している二人であった。
それから半年後、女の子が産まれた。3500gもある大きな赤ちゃんで、産むのは大変だった。その数ケ月後、SSJから
「赤ちゃんを見せろ」
という変な指令がきた。そこで、指定のビルに行くと、レンタルオフィスの一部屋に案内された。スタッフは一人しかいない。だが、3人で入っていくと、壁が動き、別の部屋が出現した。そこに初老の紳士がいた。
「J-7、Jー11ようこそ」
SSJと面と向かって会うのは初めてだ。そこで彼は意外なことを言い出した。
「実は今日きてもらったのは、新しい指令をくだすためだ」
「直接に言う指令ですか?」
「そうだ。新しい指令とはJー11は引退。そして、Jー7にはSSJになってほしいということだ」
しばし、声を出すことができなかった。赤ん坊をだいている早紀は私の顔を見つめている。それでやっと
「私がですか?」
と言うと、
「そうともキミしかいない。キミはよくやってくれた。私も年だし、J-1からJー6までは引退したり亡くなった。順番から言ってもキミが適任だ」
「もし断ったら?」
「わかっているはずだ」
「そうですね。引退か死亡かですね」
「そういうことだ」
そこで雄一は早紀の顔を見た。早紀はうなずいた。
「わかりました。SSJを引き継ぎます」
その一言で、私の人生は新たなものになった。
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