ナイフ

「りっちゃんの失踪前後に僕の周りであった出来事はこれで全部だよ。」



ナイフを下ろしこちらを見つめる彼女に、あの2日間のことを糸を手繰るように思い出しながら、全て話した。



いつの間にか、ナイフが目の前にある恐怖を忘れて、熱く語っていた気がする。




そんな興奮を、深呼吸で逃がしてから続ける。



「…だから、ナイフを下ろして。ここで起きた事は、誰にも言わないから。」



……静寂が訪れた。

風にスカートが揺れている。


この子は、表情を一切変えずに僕の話を聞いていた。

だからどうにか考え直してくれるはず。



淡い期待を抱きつつ、だけど再び恐怖が湧いてきたからゆっくり後ずさりしようとした………その瞬間、



同級生はナイフを持ち直しこちらへと走ってくる。


──どうやら願いは届かなかったらしい。


「……ッ!!」



咄嗟に、スクールバッグを盾にした。

…中にiPadが入っていたおかげか、貫通はしなかった。


「話したのに…なんで…!」


それでもそのままバックごと僕を刺す気なのか、ひたすらにナイフを振り続ける彼女をどうにか受け流す。



僕のiPadはまだ耐えてくれそうだけど、このままじゃジリ貧だ……


部活終わりの人が来るまで、耐えられるかどうか──



「仲のいい響さんとでも付き合っとけばいいのに…!」



目の前の同級生は急に、そうポツリと呟く。


「あ…」


その声に気を取られ、反応が遅れた……




……風切り音と共に、ナイフが頬を掠め、ヘアゴムが切れる。

髪の毛が、ぱさりと舞った。


「…っ。それってどういう──

「どうしてあなたみたいな人が、遠野先輩と…!」



同級生はそんな呪詛を吐き、手を止めた。

お互いに息も絶え絶えな状態で、睨み合う。



「中学の時に一目惚れしてから3年間…私は遠野先輩に告白するために!告白するために!おしゃれもメイクもしてきたのに…!」



彼女は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、僕のことを心から憎むような…そんな声で言った。



「遠野先輩が失踪したのはショックだったけど、まだ受け入れられた!でもあなたと遠野先輩が、恋仲だったなんてことは受け入れられなかった!」



「それは…」



──違う。そう言いかけて躊躇った。

毎日一緒に帰って、毎週のように一緒におでかけして、そしてキスまでした。

……僕にはこれを恋仲じゃないと、言い切れる自信がない。



「それは違うとでも言いたいんですか?」



「……」



「…なら」



彼女は再びナイフを強く握りしめる。


…それを見て僕も、警戒態勢に入る。



「なら大人しく死んで……身を引いてください!」



同級生がナイフを大きく振りかぶった、そのとき──



「いっちゃん…?」



──聞き慣れた声がした。反射的に振り返ってしまうと、大きく口を開けて叫ぶ親友の姿が、まるでスローモーションのように見えた。




あ ぶ な い !





……胸に衝撃が走り、焼けるような痛みが襲う。



そして、体の内からせり上がってくるを抑えきれずに吐き出す。



目の前が赤く染まる。体から血が一気に抜けるような感覚がした。



死。



その1文字が頭の中でぐるぐると回っていく。


体から力が抜けて、立っていることが出来ずにふらりと倒れていく。


──意識が朦朧とする中、霞む目にはただ呆然としている黒い影と、それとは対照的にこちらにむかってくる黒い影…



……そして、僕の胸にはナイフが突き刺さっていた。

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いつか夢見た地に立って ショーン @Show_Shawn_Sho

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