はなさないで

ナナシリア

はなさないで

「そこ、話さないで!」


 炎天下、体育祭練習の喧騒が響く。


 応援団員の女子生徒が、隣同士でこそこそ話し合っていた男子生徒に鋭い声を浴びせる。


 こういう声を金切り声と呼ぶんだろうな、と思わされる声に、男子生徒たちは不満そうな顔をしながら、仕方なくといった様子で正面に向き直る。


 高く上った日差しが、じりじりと生徒をいたぶる。その中で立ち続けるのは高校生にとっては苦痛だ。


 俺も同じように、うんざりとした気持ちを抱える。


「君、真面目にやってる?」


 先ほどの女子生徒が、俺の顔を覗き込みながら尋ねる。


 面倒くさいのに絡まれた、と嘆息する。


 助けを求めて周囲を見渡すが、遠巻きにこちらを見る者ばかりで、期待は出来ないだろう。


「わかりました、真面目にやります」

「いや、そういうことじゃなくて。今どうなの?」

「すみません、集中できてませんでした」


 女子生徒は感じ悪く溜息を吐き、その場を去った。


も、今みたいな気分だったな……」


 手のひらをぼーっと眺めながら思い返す。




 それは、三年前の夏だった。


 三年前ともなるとその記憶のほとんどが失われているが、あの日のことだけは鮮明に覚えている。


 雲一つない青空が憎らしく思えるくらい暑いのに、そんなことは微塵も気にならなかった。


 君と別れると、伝えなければいけなかったから。


 今となっては誰でもスマホを持っていて、別れも大して悲しいことではなくなってきた。


 しかし、スマホを持っていない中学生も多く、そういう人にとっては別れは紛れもない別れだった。


 そのことを伝えなければいけない。とても陰鬱な気持ちになった。


『俺、転校するんだ』


 会話が終わったタイミングで、俺は話を切り出す。


 彼女は絶句した。


『……いつ?』


 彼女が絞り出した言葉は、それだった。


『来月のはじめ』


 よって、俺と彼女が一緒にいられる時間は、今月の間だけ。


 彼女は俺の言葉に力を失ったようだが、それでも受け入れた。




 わたし、本当は君と別れたくなかった。


 君と出会えて、好きだって言ってくれて、それはきっとわたしの人生で一番幸せだった。


 でも、わたしが無理を言って君を困らせるわけにはいかない。


 そうやって自分の望みも押し殺してきた。


 でも、今度こそは。


「わたしのこと、覚えてる?」


 彼は目を見開いた。


 その顔に溢れている色がどんな色なのか、わたしには判断がつかない。


 そんな彼が言った言葉は、『覚えてる』でも『久しぶり』でもなく――


「会いたかった」


 わたしは返すべき言葉を探す。


 言いたいことはたくさんある。


 ただ一番伝えたいのは一つだけ。


「—―今度は、離さないで」

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はなさないで ナナシリア @nanasi20090127

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