第35話 無謀だろうがなんだろうがやってやるさ。冒険者だもの。【前編】


「というか。俺、一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンの居場所知ってるけど……どうする?」


 もちろん動揺するユリィの様子に小さく微笑んでからベキアは訂正する。ユリィの身体がどんな状態で、一刻の猶予も、こんな風に椅子に腰掛け自分の冒険譚を聞かせる暇も本当ならありはしないこと。そのすべては国の騎士から聞いたんだと。


 そしてなにより、ユリィがフィナンナ大星林へ足を踏み入れる許可、連れ出す許可を貰ったと。

 自分がどうしてもユリィを助けたいというそのむねを伝えた。


 騎士の許しが出ているならば、行く以外の選択肢はないだろう?


 その後押しが、ユリィとリリフィーにゃの背を押した。






「で、今に至るわけですけど」


 ベキアの進言から一日経った翌日。


 ベキアを含めたユリィとリリフィーにゃ、そしていつも通り、ユリィの肩を特等席として居座るズィーのユリィ一行は、フィナンナ大星林最深部を目指して短くなることが見込まれる小さな旅を始めた。


 御者が近づきたがらないのをなんとか大金を積ませて乗せてもらい、文明の利器を使って難なく大星林へ到着した一行は特にこれといった緊張感も無く進み続け、いつの間にかほんのわずかな木漏れ日が余計に薄気味悪さを増進させるところまで来ていた。


 先導者が先頭を歩くのはごくごく当然のことでありながら、リリフィーにゃとも話が盛り上がり、すっかり気を許した仲になった二人の冒険者と一人の傭兵は誰が先頭だかよくわからないように並んでいた。


 ちょうどベキアがユリィの隣を歩いていたとき、ベキアはユリィの耳に囁いた。


「そういや、ユリィの左眼、それクトゥルー・ラ・アイって言ってたよな?」


「ええ、そうですよ」


 クトゥルー・ラ・アイ。〝魔帝の魔眼〟を意味する言葉。存在は知る人ぞ知る。というマニアックなものに近い邪神唯一の被造物。

 なぜ今になってユリィ聞いてきたのか。なんでもベキアは、旅先の各国でその魔眼に関する情報を得たという。


 500年前まで、世界の頂点に君臨していた魔の帝王が代々、所有していた魔を統べる力。

 それほど重要ではないのか、魔を統べる力を瞳に宿していた。なのか、魔を統べる力が瞳に宿っていた。なのかは定かではない。


 この世界に現在している人間以外のほとんどの生物の属性には〝魔〟が入っている。そして、その効力は〝魔〟の属性を持つものすべてを魅力し、服従させること。


「……あの、それなんですけど」


 疑問をぶつけるユリィ。


「私、小さい頃から練習はしてたんですけど死霊・闇霊以外の属性の魔物に命令できた試しがなくて」


 ろくに魔法も覚えさせてもらえないまま、動物系の魔物にしょっちゅう目を合わせては念じ、しかし死霊・闇霊系統以外にはすべからく攻撃されては尻尾を巻いて逃げる。を繰り返していた幼き頃を思い出し、顔を曇らせるユリィ。



「あーそれはな」


 ベキアは笑いながら話す。その能力が確認できたのはすべて魔帝のイスに腰を下ろす者のみだったらしい。と。


「簡単に言えば、魔帝の座とは縁もゆかりも無いユリィにとって、死霊系とかそこら辺を使役できるだけでも凄いんだぜってことさ。


 それが、一か八か、んでもって無意識下での発動でもな」


「いや常識的に考えて、無意識に発動できちゃダメって言ってくださいよ」


 一時期は本気で能力が暴走し眼帯をつけるかどうかの葛藤もしたユリィ。


 公言こそしていないが、ユリィの場合、魔帝の血筋。ではなく。転生者であるために女神カルティアナからの転生ギフトとして譲り受けた、一生分の借り物。

 そして女神様からの説明では創世級被造物グランド・アイテム〝本物の神器〟ときた。


 下手をすれば周囲の人間の使い魔すらも魔眼の支配下になってしまうかもしれない。


 そんな考えが過ぎらないほどユリィは馬鹿ではなかったからだ。


「イリィ師匠のご協力もありなんとか眼帯は免れましたけど」


「俺は見たかったなあ」


「惨めな思いする私をでしょ」


「いやあ?」


「……あたしも見たかったかも」


「「悪魔か」」


「ベキアさんは言える立場じゃないでしょう!」


 リリフィーにゃの見事なツッコミが入り話にオチがついたところで、辺りが暗くなってきたために一行は野宿をすることになった。


 テントを建設して、薪を焚べて火を点ける。

 各々が座る場所を確保した後は、ベキアが所持していた肉や魚、ベキアの知識を活かして判別したキノコたちを串に刺して火に当てる。

 1本ずつ、串に通されたジューシーな肉と魚は溢れ出した汁で互いを照らし合う。


「はふっはふっ」


 豪快に齧り付けば口の端から色んな肉汁が溢れ、顎まで垂れる。

 勿体ない、ユリィはベロ。と常人より少しだけ長い舌で一舐めする。


「あっつ……はふっ……ふ」


 その横で、リリフィーにゃは気にせず猫舌なことを忘れ、慌てて鯉のように口の開口を繰り返す。


「なるほど……」


 ズィーは器用に前足を使ってちぎり黙々と食べている。


「好評で何よりだよ」


 皆を前にして、しかしそんなに美味しいかね。と微笑みながら、ベキアは串を口へ運び食す。慣れているとは言え腹が減っていた事実に嘘はつけず隙かさず次の一口を頬張った。


「はぁあ……美味しかったですぅ……」


「ほんと食べたわねアンタ……私の何倍よ。ベキアさんの持ち合わせの肉と魚全部食べちゃうなんて」


「はは。もう慣れたもんだ。ユリィは沢山食べるもんだから、はじめは驚いたさ。一食分食べさせたと思って、一息ついた時には腹が鳴ってたんだから」


 もちろん持ち合わせは他にも隠してあるさ。とわざとらしく口角を上げるベキアだった。


 ゆったりとした食後の雰囲気。

 ちょうどいい機会かも、とユリィがリリフィーにゃに質問を投げかけた。


「そういえば、


 リリフィーの名前に必ずつく〝にゃ〟って、何なんですか?」


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愛しき世界の冒険者! 彼岸りんね @higanrinne

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