第34話 ベキアと名乗る傭兵の帰還
「せっかく出逢えたんですから」
恍惚の笑みで甘い吐息を吐くユリィを見て、リリフィーにゃは苦笑する。
(興奮しながら言うことじゃないでしょうに)
「誰かいないか」
なんとも言い難い空気感を切り裂くように耳に入ったのは、若い青年を感じさせるハスキーボイスを少し低くしたような若々しい声。
「「……?」」
誰だろう。と二人で玄関へと向かえば、再び先ほどの不特定多数に向けた問いかけが投げられた。
昨夜のことで警戒心を含んだ声でユリィが返事をする。
次は何が待っているだろう。
もうあのドロドロとした粘着力のある血液をブッ掛けられるのだけは勘弁願いたい。そう目を瞑って勢いよくドアを開いた。
「どうしたんだよ、そんなに怯えて」
ユリィにとっては、聞き馴染みがあり、それでいて久しき声だった。
「ベキア……さん?」
正体に気がついた時、間髪入れずにユリィはリリフィーにゃへの断りも入れずに、喜んでベキアの手を引き、家の中へ招いた。
困惑するリリフィーにゃに、男はベキアと名乗り、職業は傭兵だけど、実際はどこにも属していないフリーの傭兵で、どんな依頼も報酬があるなら受け付けるからなんでも屋みたいなもんだよ。
と己の人生と選択をどこか後悔しているように苦笑した。
傭兵を長年しているらしいが肌にハリがあり、歳は若いようだった。
ユリィと顔見知りなのか、はたまたどんな関係なのか。もしや自身の知らない頃からの特別な関係ではないのか? と心のなかで睨んだリリフィーにゃ。
だが、そんな期待は良い意味で裏切られた。
ベキアは飄々と話した。
ユリィのアルホゥート学園所属中に、とある魔物の討伐が課題として出されたことがあった。当時、一人で討伐対象と奮戦していたユリィの危機を助けたベキア。聞けば、相方が体調不良で動けなくなった為に一人になってしまったと言われた。
最低二人で出向かねばならない強敵の討伐。見捨てるわけにもいかず、付き合ってあげたのだとか。
その時の報酬は、討伐した魔物を解体しその殆どを換金して懐に入った現金の全て。もちろん相当な金額になったらしく、言わずもがなたんまり貰ったという。
それからはユリィが休日を使いよく討伐に二人で行く仲になったのだとか。
でも我ながら微笑ましい時間は長く続かず、ある依頼を達成するため自分は遠く北の果ての国へと旅をしなければならなかった。だから今日この時まで会えることはなかった。と、いつの間にかユリィに視線を向けていたベキア。
ユリィはキッチンの戸棚から己が食べるとあれだけ宣言して、予約していたクッキーをすべて盛り付けて残っていた紅茶を温めて今度は、誰か専用の物だったティーカップの一客に注いだ。
「で、どうでした? 北の国は!」
リリフィーにゃは驚いた。
こんなに子どものように感情豊かに、それも、はしゃげる人間だったのか。とユリィという人間を根っこから疑い始めた。
「ん〜〜俺も北の方の生まれだったからそんなに寒くないかなって思ってたけど……信じられないくらい寒かった!! ほんと、死ぬかと思ったぜ……。あれはヤバかった。とくに氷雪のパレード、あれなんて、立って見てるなんてただの苦行でな……」
ユリィとベキアは、ベキアの旅の話に花を咲かせていた。ベキアは話しが上手かった。
彼の話を吟遊詩人が謳えば極上の物語が出来上がるだろうことは容易に想像がついた。
そのことも相まって、いつの間にかリリフィーにゃ自身もベキアの語る話に引き込まれていた。
北の果ての国での体験談はいつの間にか物語と言うにふさわしいものへと昇格していた。
立ち見厳禁の氷雪のパレード。氷の女王の厳正なる規律。獣人族への凍てついた視線。ドラゴンになった王族の廃墟。
ベキアの見てきたものをこれでもかと教えられた時にはもう一日を終える時間になっていた。
「ふぁ〜〜ずっと話してたら疲れたなあ」
「話に、入り込みすぎてドライアイが……」
呻きながら目を押さえるユリィ。一息ついたところで、ベキアがユリィに持ち掛ける。
「というか。俺、
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