第33話 またの縁を待っている。
朝。リリフィーにゃは豊かな金髪をとかし、二つにまとめて高く結わえる。パジャマからピンクが差し色になっている黄緑色の可愛らしい冒険服へと着替え、戸を開ける。
朝ごはんの準備を、と階段を降りて、廊下の壁に立て掛けられた気品のある鏡をちらりと見て、自信に溢れた笑みを作る。これはいつも通りだ。
「えええっ! なにこれ!」
が、リビングに入った途端。目に入った光景がリリフィーにゃを乱心させた。
ユリィの家は、廊下でリビングとキッチンを挟んでおり、その二つは壁に隔てられることなく二つとも少し地面をくり抜き、床を低くして、くぼみが二つある状態で、その間に柵付きの通路があり、それで隔てられている。
まず、家の奥の廊下から出てきたリリフィーにゃの右側に広がるリビング。ソファにはユリィがいた。
まるで生乾きの洗濯物のように、その身をソファに投げ出している。
「ぐぅ……」
次に左側に広がるキッチンや食卓スペースを見る。
食卓にを囲むイスの一つには、昨夜急遽来訪した女騎士べリネールが、机に両肘を立て、組んだ両手を、ヘルムの額に持ってきて黙り込んでいた。
しかし、黙り込んでいたように見えるが、実は眠っていたのである。
「……」
そしてリリフィーにゃは最後に全体を見る。
「うっ……わぁ……」
タオルケットやティッシュ、瓶、など物が散乱したリビング。洗われていない、汚れた食器や調理器具。などなどが片付けられていないキッチン。
しかしそれらがシンクに入っているのが唯一の救いだろう。なんとか辛うじて、リリフィーにゃが怒鳴ることはなく。眉をピクつかせ、口角をぎこちなく両端を上げるのみに至っている。
「たった一晩で何が起こったのよ」
今から自身がどうせこれらを片付けるのだろう。と落胆しながらリリフィーにゃは一応この家の現・主の許へ歩みを進めた。通路から一段下がったところに造られたリビングへ続く短い階段を降りて。
「……」
「んがっ」
この野郎。と言わんばかりに鼻を摘むと、喉奥を鳴らして目を覚ますユリィ。
「……リリフィー? うっ、いたたた……」
「んぅ……あぁ、リリフィーにゃさん。おはようございます」
随分といい夢を見ていたあとのように起きる二人。べリネールは固まって伸ばすとじんわりと痛む節々をほぐし、ユリィに至っては口が充てがわれていたソファーにべっしょりとヨダレが染み込んでいるのを見て
「あちゃー」
と言って、どこか辛いのか、片手で身体を擦っている。
「誰が片付けるのよこれ! べリネールさん、こればかりはちゃんと説明してください!」
べリネールは寝汗とは別の汗を流しながら、迫るリリフィーにゃから後退った。
◇
ソファから立たされた少女、そして大の大人、それも騎士が、一人の少女に向かって正座させられている。
「お昼の闘いで負った傷が開いて、飲んだ緩和薬の副作用で全身筋肉痛??」
訳が分からない。と言いたいのだろう。眉をひそめてリリフィーにゃは腰に手を当てる。リリフィーにゃの顔が目と鼻の先になってユリィは冷や汗を流して弁明を始めた。
「はい。全身筋肉痛のような痛みが出るのが副作用らしく……痛みが治まったと思ったらいきなりお腹が空いてきちゃって、それで、べリネールさんに……
あでも、ちゃ、ちゃんと私が片付けますから! どうかお許しくださいリリフィーさまぁ!」
「いや当たり前だから」
「申し訳ありません!」
ヘッドバンギングでもしているのかと疑えるほどユリィの頭がリリフィーにゃに向かって上下している。
「すみませんお二方」
すると横からべリネールの声が挿し込まれる。
「先ほど、一度城へ帰還しろとの命が入りまして」
「城へ帰還しろ?」
空気を冷やすユリィ。
察したリリフィーにゃからの〝愛の鞭〟が手を介してユリィの後頭部目掛けて飛ぶ。
「はぁ……ごめんなさいべリネールさん。なんだか昨日今日ですんごく迷惑掛けちゃったみたいで。残りの片付けはあたしとユリィに任せて、気にしなくていいから」
「申し訳ありません。……しかし、そのユリィさんは」
「いいからいいから! この子、頑丈なので!」
リリフィーにゃは、立ち上がったべリネールにマントと鎧を持ってくる。
それを受け取るとべリネールは即座に身に纏い敬礼をした。
家の外で、騎士と二人の少女は別れの時を惜しんでいた。
「お二方の役に立つような情報があれば、便りを出します……もしくは私が直接伺いするかもしれません」
「大歓迎です。寧ろ来てくださいね」
再びユリィの後頭部に愛の鞭としてリリフィーにゃの手が飛んでくる。
「ユリィ、アンタ下心見え過ぎなのよ……。
べリネールさん、昨日今日と本当にありがとうございます……ユリィの手当てと無事に家に帰れることができたのはべリネールさん達のおかげです。もしよければ、「ありがとうございました」と、救護騎士の皆さまに伝えてください。
……私はユリィの側にいなきゃいけないので、直接お礼には行けませんから」
「もちろんです、では、また」
「「はい! また」」
このアルホゥート国に駐在する位の高い騎士は、べリネールだけというわけではない。ユリィとリリフィーにゃが偶然出会った騎士隊長が、べリネールだったというだけ。
一つの生涯で同じ騎士の世話になることが何度もある方が難しいこの国で、また会いたいと3人はそう思った。
「「べリネールさんのような方なら、いつでもお待ちしてますから!」」
「お二方……ありがとうございます」
べリネールは踵を返すと、自身の愛馬に跨り、丘を駆けて王都へと走らせた。
◇
「行っちゃったわね。べリネールさん」
「騎士は今年も忙しい職業ランキング1位に輝いてましたからね」
なんだかんだで片付けと掃除を終わらせた二人は、各々に合う色合いのティーカップに注がれた紅茶をすすり、一息ついていた。
「ザ・素敵な大人って感じでしたね」
ユリィの手元には紫を金で
「全世界の騎士がべリネールさんみたいになればいいのにね」
リリフィーにゃの唇を我が物にするのは桃色の花が大小さまざまに散りばめられた可愛らしい一客。
散らかる前より綺麗になったリビングに、リリフィーにゃの声が響く。
「ユリィ。森に行くなんて思ってないわよね」
「え? いやいやいや。まさか」
冷徹な声色がユリィの言葉を遮る。
「嘘よ。
ユリィ、ずっとそわそわしているもの」
図星だったのだろう。驚いたように肩を竦める素振りを見せたユリィ。
「3年も一緒にいれば分かるわよ。アタシをナメないでよね。
会いたくて会いたくてウズウズしてる。あの
「まぁ……それは当たり前ですけど……。
お話とか、してみたいじゃないですかあ」
到底当たり前とは思えない内容だがこれがユリィにとっての当たり前らしい。
「せっかく出逢えたんですから」
人の趣向をとやかく言う趣味はリリフィーにゃには無かった。しかし昨日と変わらぬその恍惚な笑みを見れば湧いてくる考えもあった。
(興奮しながら言うことじゃないでしょうに)
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