第32話 闇夜の集会


 程よく夜の帳が落ちた城内をガーゴイル達の持つ松明の炎が、仄暗く、怪しく照らしていた。


「その顔、彼の居場所が判ったみたいだね」


 一際広く構えられた空間。

 まるで王の器に収まる者の威光を来たるものに示すためのような巨大な空間。

 巨人族の男が5人は容易く、収容できてしまうであろうその空間の玉座に座した男は、膝をつき自身への服従心を顕にする小柄なレンジャー職の男に発言の余地を与えた。


 このレンジャー職の男は彼らの雇われ人であった。内容は一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンの所在の特定その他もろもろ。


「は。


 騎士団長、一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンはアルホゥート国領地の東の端に位置するフィナンナ大星林最深部墓地にて発見。精神支配の呪いを受けていることを確認。

 加えて現在、二人の女冒険者……特に内一人に異常なまでの執着を抱いていると推察致します」


「そうかそうか、報告ありがとう。その二人の女冒険者って、どんな人たちなのかも、判っていたりするかな?」


「はっ。


 一人、リリフィーにゃ・テオドール・デーヴィド。瞳、髪色から純アルホゥート国出自かと。」


「お〜! デーヴィド家のね!」


「魔王様」


 魔王様、と低く横に立つ側近らしき覆面の男から厳しい視線を浴びると、男は咳払いをして問いただした。


「う……悪い悪い。で、あと一人は?」


「もう一人の名はユリィ・パペッツィア。

 髪は毛先が紫がかった黒。瞳は、非同一、右眼が黄金こがね。左眼は……」


 言い留まった雇われ人の男に聞き手の従者たちはどうかしたのか、と自身らの主の機嫌を気にしながら、内心で汗をかく。


「本日。女冒険者パペッツィアはフィナンナ大星林に隣接するアルケー村にて、騎士団長様との戦闘行為に及びました。危機的状況においてその力を発揮。


 パペッツィアが顔を上げた時、左眼辺りから、閃光が放たれました。赤と紫の交わった様な……禍々しい閃光が」


「もっと明瞭に話せ」


 雇われ人の男は、睨みを効かされても怯むことなく、初めから予想できていたように落ち着いていた。


「これは失礼。……あれは紛れもなく、




 〝魔帝の威光〟そのもの でした。」




 次は包み隠すことなく騎士達が慌てふためきだす。それに対して、側近の男は腕を水平の高さまで上げる。再び静寂が訪れた空間で「話を続けよ」と雇われ人の男は側近から命じられた。


「……」


「一体その光、もしくはパペッツィアが、精神支配下にあった騎士団長様に何を命じたのかは不明。しかし、騎士団長様は大星林へ敗走。パペッツィアはその後、到着した救護騎士により治療を受け、現在の所在も不明です」


「……騎士団長は敗走したのか? 撤退ではなく? 戦略的撤退でもなく? 敗走で間違いないのだな!」


 闇夜の如き深さの鎧を身に纏った男が怒りを顕に問うた。それに雇われ人の男は静かに、至って冷静に返答する。


「勝敗は決しておりません。しかし、その場で私は、恐れと畏怖の感情を、その閃光を目にした瞬間から何かの力によって強引に引きずり出され、自我を失い森へ逃げた。


 とお見受けいたしました」


「そんなにヤワに訓練をさせた覚えは……」


「煩いぞ指揮官、今貴様に発言権は無い!」


「あ゛?」


 側近、そして指揮官と呼ばれた甲冑の男の二人の言い争いが始まった。この城では日常茶飯事なのだろう、周りの従者と雇われ人の男でさえ「またか……」とでも言いたげに汗を流す程度だ。


「へぇ……」


 二人の言い争いを横目に男は、玉座に腰を下ろし、肘を置いて口角を上げた。額から突出した角。魔力の影響で金の装飾を埋め込んだような外見をしたその角を光らせ笑う。


「〝魔帝の威光〟に、騎士団長……しかも何者かの、何かの狙いによる〝精神支配下においての敗走〟



 転生者かな。是非その人に会ってみたいものだね」



 男の微笑。最後の一言で皆静まった。玉座に下ろしていた腰を上げ段差をゆっくりと降りる。雇われ人であり語り手としての役割を全うした男の前に立ち、見下ろす。


「君にぼくの権能を、少し貸そうと思う。どうかその人を、もしくはその人達を、ぼくの前に連れてきてほしい。


 ……そうだな。タイミングを見計らって〝黄金の国〟には使者を遣わせよう。その時まで、頼めるかい?」


 玉座から降りた男は愉快そうに微笑む。


「御任せを。偉大なる我が魔王様」


 雇われ人の男は未だ膝をついている。そして顔を上げ自身の雇い主に向かって目を細める。


「ところで……騎士を何人か借りてもよろしいのでしょうか」


「構わないよ。ただ、ぞんざいには扱わないでくれると嬉しいな」


 側近の男と指揮官らしき男はいつの間にか言い争いを止めていた。壁に沿い列を成して、槍を握る騎士たちは敬礼を捧げた。


(ユリィ……ユリィ・パペッツィア……君は今どこにいるんだい?)


 男は期待高まる胸に手を当て、小さく息を吸うと、次には腕の力を抜いた。愉しみだと言わんばかりに笑い続ける。


 そのユリィが今、薬で和らいだはずの身に走る、酷い筋肉痛のような痛みに身悶えしていることなど微塵も思わず。




「あだだだだだ……!」


「ユリィさん、大丈夫ですか!!」


「ああ゛〜〜〜!!!」


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