第31話 事後ドーピング


「冒険者を辞めて、騎士になりませんか」


 どんとした夜の暗さが、人工の光によって拒まれながらも窓から溶け込もうとしている家の中で彼女はヘルムの中から私を見ていた。

 その視線と経験を矛にして貫くように。


「…………この世界ここの人は、なんというか。人を試すというか。イヤに肝が据わっていると言うか。」


 聞いて下さいよ皆さん。ほんわかとした単なる会話の最中、急に真面目な話をぶっ込んでくるんですよ。この世界の人って。


「先ほどどうやら、リリフィーにゃさんが「実は泣き虫」と私は見事に言い当てたようですね」


「……それが、私を冒険者協会から騎士の道に引き抜く理由に?」


 それでも私は知らず知らずのうちに前のめりになり、愉しくもないのに耳を傾けていた。


「私の趣味は読書でして、休暇の日には必ず城の書庫に籠もっていることが多いのです。

 ……昔、死霊系モンスターの全てを記した図鑑を目にしたことがあります。勿論、首なし騎士デュラハンの固有スキルについても知り尽くしていると自負しています」


 死霊系モンスターの図鑑……? なんですかそれ、俄然がぜん、興味が湧いてきましたが? え、ちょ、話し出す前にもう少し詳しく


 脳内でツッコんでいる間にべリネールさんは語りだす。


「首なし騎士、標準レベル60から80の上級モンスター。通常習得固有スキルは死の宣告デッド・デス・エンドそれと、緋と死の盟約バッド・ブラッド・エンドの二つ。

 たらい一杯分の血液で対象は一週間のうちに死亡。浴びた際より死の間際まで、凄まじい激痛及び不快感を催し身悶えし続けることが前例、そして観察記録として挙げられています。」


「……」


 ……べリネールさんは、私の想定よりもはるかに知己に富んでいて厄介な人らしい。


「ユリィさん。貴方がどのような手段を用いて激痛に耐えているのか理性を保っているのかは理解しかねます。私の大体は理解しているようですが、反対に、私にとって貴方は未だ未知数です」


 居心地が悪くなったこと、そして彼女の真っ直ぐな視線に耐え兼ねて、話の途中で立ち上がる。どこにも居場所が見つけられない野良猫のように足を止めずに動き回る。



 私は心の中で、もう隠せないな、と諦めて、ため息をついた。

 

 何を隠そうこの私の体は、首なし騎士の、〝血反吐スキル〟によって絶え間なく激痛に蝕まれていた。


 村から帰路につくまではアドレナリンや脳汁がドバドバと止めどなく溢れ出ていたから恐らく痛みに気づかなかったんですよ? でも地獄だったのは送迎の馬車から降りた所。あんな苦痛はハッキリ言って二度とごめんです。ごめんなのですわ。

 めちゃくちゃ痛かったですよ。息できなかったし。


 でもリリフィーにゃとズィーさんの前では、と頑張ったんですよ? 私! ま、まあ………私個人の諸々の妄想を膨らませてたってのもありますけど?


 とにかく、二人がご飯の準備をしてくれるとなった後、私はお風呂に入る前に師匠の部屋へ入り、師匠が鎮痛剤として持ち歩いていた薬品の瓶を見つけ頭から被りました。


 頭から被った痛みを消すには、やはり頭から。なんてことは勿論ありませんけど。

 呪い特攻のバフが付いていたのか、楽になったのは確かだ。


 いわゆる、事後ドーピングってやつです。


「……始めは、我慢を……あ、ほんのちょっと、ですよ? それに、すぐに、イリィ師匠の調合した鎮痛剤を服用しました。


 あ………でも効果の持続時間は〝其の日の日の出まで〟と記載されていたので……そ、そろそろ痛みが」


 私は窓の外を見やった。深い暗闇がわずかに仄暗い闇へと変わっていく。


 焦りと集中が切れたことによって薬の効果の薄れに拍車を掛けたのか心臓部がチリチリと焼かれるような苦しさと不快感が迫ってきた。身を屈めると、机に汗がぽたりと垂れた。


「薬を取ってきます、場所を」


 べリネールさんは私をソファに寝かせた。イリィ師匠の鍵を渡し場所を伝えると飛ぶように廊下へでていった。


「リリフィーにゃを」


「…………だめです、それは、だめ」


 リリフィーにゃを起こしに行こうとしたズィーさんを、止まってほしさから撫でる。


 リリフィーにゃに内緒でドーピングしてたとか、バレたときが恐ろしすぎるですよ。


 その間どんどん痛みが押し寄せる。解放したい。胸を開いてしまえば出ていくんじゃないかと一瞬錯乱する。


 調子に乗りすぎたバツか。それともただ血の巡りが良すぎると、毒と同じように呪いも回るものなだけなのか。

 ただただ胸が熱くて、焼かれているよう。苦しくて、ひたすらに熱を持っているのが分かる。




 あ、いや恋してるとかじゃなくてですね。




「ユリィ、ふざけてる場合じゃないのわかるかい?」


「ごめんなさい……」


 だんだん上がる息を切らしているとおでこにピンクに張った肉球が置かれる。彼にとっては釘を刺すのとリンクした動きに思えて、素直に謝った。

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