体育祭
4輪:天は二物も三物も与える
美鎖子が何もせずとも、美鎖子と稜太郎が関わることはなかった。
別々のクラスのため、そもそも関わる機会が滅多にないからだ。
美鎖子と稜太郎が人命救助を行った日、体育館で行われていた始業式で、
教頭先生が「うちの学校の生徒が、今朝心臓マッサージを行った」とかなんとか大々的に話したそうで、
2・3日の間、美鎖子はたくさんの生徒から話しかけられた。
しかしそれは本当に2・3日の間だけで、それ以降はパタリと止んだのだ。
美鎖子が後から聞いた話だと、スマホで撮られていた救命処置の動画が、SNS上で炎上したらしかった。
<なぜ手伝わなかったのか>
<中学生が心臓マッサージをして、大人が何もしないなんて、同じ大人として恥ずかしい>
<わたしなら手伝った>
あらゆる批判コメントがされたそうだ。
炎上した投稿者の1人が、
<倒れた時の様子や行った処置を記録しようと思った。
動画は警察などに提出してある>
などと釈明したけれど、その投稿がまた炎上。
多くの動画と投稿アカウントは削除されたらしい。
しかし未だに稜太郎がモザイクを貫通した(?)動画は、炎上動画として拡散が続いているそうだ。
美鎖子(SNS上で炎上している動画に載っている人とは関わりたくない、よね……)
美鎖子はそう考えた。
美鎖子は期待していたわけではないけれど、
たくさんの人に話しかけられた時に、この中に未来の友達がいるかもしれないと思いながら話をしていた。
しかし結果として友達は1人もできなかった。
というのも同級生たちは、
<
始業式の日にはすでに、クラスの中では仲良しグループが複数完成していたのだ。
最初から美鎖子は
始業式から数日経って、美鎖子のクラスで委員会決めが行われた。
一番最初に学級委員を決めるため、担任の先生が立候補や推薦を求めた。
しかしそこで委員会決めの進行は躓いてしまった。
“誰か手上げないかな”
“推薦で学級委員任せるのはちょっとなぁ”
“早く決まらないかな”
“早く終われぇ”
という空気感がクラスの中に広がっていくのを、美鎖子は感じていた。
その空気感に耐え切れなくなった美鎖子は、とうとう手を上げてしまったのだ。
中学生生活において、美鎖子の都合のいい良い子ポジションが確定した瞬間だった。
中学1年生の4月はすべての授業が始まったばかりなので、中学生活で最も宿題が少ない時期だと言える。
しかし始業式から2週間が過ぎると、美鎖子の席の周りには、いつも宿題を書き写す子たちがいた。
この子たちはゴールデンウィークの課題をどうやってこなすんだろう、と美鎖子は無駄に心配していた。
宿題を見せてあげる係(?)に加えて、美鎖子は放課後の教室で5月分の学級新聞を書いていた。
というのも『学級新聞の道具は持ち帰り禁止』という学校特有の謎ルールが存在するため、
手伝うにしても、美鎖子は教室でひとりぼっちで新聞を作らざるを得なかった。
同級生のみんなは部活動の体験入部に行ったというのに、美鎖子は広報委員の主な活動内容である学級新聞を清書までしていた。
それにも関わらず作成者の部分に自分の名前を書かなかった。
ゴールデンウィークが明けるとすぐに体育祭の準備期間が始まる。
この調子だと体育祭委員の仕事までやりかねない、と美鎖子は少し怯えていた。
────予想は的中。
垂れ幕のスローガンに色を塗ったり、点数板の板を切り出したり、出場選手の名簿を整理したり、応援用のポンポン作ったり…。
美鎖子は体育祭委員の仕事以外にも、各部活動の仕事にまで手を貸していた。
美鎖子「ポンポンって割いておきますか?」
3年生「いや予行練習の前日に全部割くから、その段ボールにまとめて体育館倉庫に置いておいて」
美鎖子「はいわかりました。他に何かすることありますか?」
2年生「あ!それからこれと…」
ゴールデンウィークの後半から連日30度を超す気温が続いた。
美鎖子は暑さで頭が回らないのか、仕事の多さで頭が回らないのか分からなくなっていた。
先輩に頼まれた仕事を書き殴ったタスク帳は、4月に新しく買ったばかりにも関わらず、汗で大きくうねっていた。
3年生「ねえ!1年のあのサングラスの子!めちゃくちゃ足速いらしいよ!」
体育祭委員や運動部が備品作りをしている体育館に、3年生が飛び込んで来た。
美鎖子(『1年のあのサングラスの子』
たぶん三毛くんだ。
もうすでに全校生徒の有名人(?)になってるんだ)
美鎖子がそんなことを考えていると、
2年生は「じゃ、これお願いね」と雑に美鎖子に仕事を押し付けて、体育館を飛び出して行った。
他の人たちも釣られて、今までしていた作業をそのまま放置して、グラウンドが見える体育館通路の方に出て行った。
いつの間にか美鎖子以外の全員が出て行ってしまったので、美鎖子は少しの間呆気にとられた。
美鎖子は床に置きっぱなしにされたハサミなどを拾い上げて、道具箱に戻してから、備品の入った段ボールを持って体育館通路に出た。
通路では、先ほど体育館から出て行った生徒たちが柵に手をかけ、グランドを眺めながら話をしていた。
1年生「この間の体力測定の50m走、6秒だったらしいですよ!」
3年生「6秒?6秒台ってこと?」
1年生「いやたしか6秒
2年生「えー?!余裕で全国優勝目指せるじゃん!えぇ陸部入らないかなぁ」
美鎖子(あぁ、三毛くんがAEDを取りに行った時、異様に早く帰ってきたのはそういうことだったんだ。
店員さん置いてきてたし)
稜太郎に関する話をもっと聞きたくなった美鎖子は、わざとゆっくり歩き出した。
1年生「1500mも3分台らしいっすよ!」
3年生「は?え?怖っ」
2年生「サッカー部入んねぇかなぁ!」
1年生「球技できないとか、泳げないとかで帳尻合わせてもらわないと困りますよ!」
3年生「天はな、人に二物も三物も余裕で与えんだよ。
だから俺らには物がねぇんだよ。覚えとけ、後輩たち」
1・2年生「まじそれっす」
美鎖子(有名人どころか運動部の期待の星じゃない!)
美鎖子は心が昂った。
グラウンドを眺めていた人の
「ほら!走るよ!」という声に美鎖子は立ち止まり、人々の隙間から稜太郎を探した。
すると先生の「パンっ!」というピストルの真似をする声が聞こえた。
美鎖子は、稜太郎のスタートの瞬間は生徒たちと重なって見ることができなかった。
しかし圧倒的な速さでゴールラインを駆け抜ける稜太郎は見ることができた。
その速さに歓声ではなく、
「速すぎっ!」という笑い声がどっと上がった。
美鎖子(凄過ぎると人って笑うんだ)
美鎖子はちょっと口元を緩ませて、スキップまでとはいかないが、体を弾ませながら体育館倉庫に向かった。
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