第40話 マイストたち

 他はどれもこの記事を元にした同じような内容だった。


 やはり男が原因だったのか……。


 まあ……現実のアイドルなんて所詮そんなものだ。


 しかし……小学生の頃から……って、真衣にそんな男いたか?


 当時は男どころか、友達も皆無だったのに。


 いや……俺は当時子供だったし、今から考えるとかなり鈍感……まあもっとあからさまに言えば馬鹿だった。


 本当は真衣はその頃から、そのイケメン御曹子とやらと仲良くしていたのかもしれない。


 真衣には友達がいなくて、俺だけ仲が良かった……。


 それは単なる俺の勝手な思い込みだったのかもしれない。


 それにしても、真衣を信じて、推していた奴らもかわいそうにな……。


 だから、リアル——生身——のアイドルなんて推すべきではないんだ。


 どんなアイドルを推そうが、結局裏切られることになることは決まっているのだ。


 アイドルはAIかフィクション——2次元——に限る。


 俺はDitterや6chで真衣の引退原因に関するファンの反応を流し見る。


『MAIに男がいるなんて絶対に信じられん! また文秋の飛ばし記事だろ!

MAIは他のアイドルと違うんだ。なにせ出自がそもそも全然違う。MAIはほんまものの令嬢だぞ』


『俺もそう思うね。単純に『家』の問題だろ。MAIはアイドル活動を両親に反対されていたってどこかのインタビュー記事で読んだし。高校生になったから、勉学に専念するって話なんじゃないの。だいたい天下の文秋が相手の男とのツーショットどころか、その相手の写真すら掲載していない時点でわかるだろ』


『ってことは学業が一段落したら、また復活もあるってことか?』


『当然そうだろ。こんなに人気絶頂なのに、事務所も引退なんて絶対させないだろ。今頃、事務所総出で、『水無月家』を説得しにかかっているんじゃないのか?』


『そうだよな。なんか安心したわ』


『あなたたち呑気でいいね。わたしはそんな甘くないと思うけどな』


『は? 何いってんの?』


『気にすんな。どうせ荒らしだろ。女って時点で嘘松決定だし』


『はあ……あなたたち、MAIが『水無月家』の令嬢ってこと本当わかってるの?』


『わかってるに決まってるだろ。煽りはいいからさっさと結論言え。馬鹿が。ここじゃ女だろうとチヤホヤしてくれないぞ。どうせ男だろうが』


『はあ……あなたたちじゃあ理解できないかもしれないけど、あれだけの旧家だとまだ日本の古い伝統とか残ってるんじゃないの?』


『だ〜か〜ら。早く結論言え!』


『文秋の記事見たら、わかるでしょ。どう見てもこの男とMAIの関係って許嫁っぽいじゃん。ようするにお見合いみたいに『家』に決められた相手ってこと。そりゃあわたしもMAIには男はいないと思うよ。明らかにMAIって男というか恋愛に興味ゼロな感じだしさ。でもそういう『家』と『家』の間で決めた相手ならいるんじゃないの』


『結局、お前は文秋の工作員ってことだろ。こんなところまでわざわざおつ』


『いや……こいつの言っていることは一理あるかも。両親が厳しいってのは俺もインタビューで見たし。それに学業に専念するためだけに無期限活動休止になるか? やっぱり許嫁みたいな男がいて、MAIは嫌がっているけど、両親というか『家』の関係で無理やり結婚させられそうになってるんじゃないのか』


『令和のこのご時世に、そんな昭和みたいなことするか……でも『水無月家』みたいな旧家ならありえるのか。俺らみたいな庶民とは違うしな』


『そんなの認められるか! MAIを無理やり結婚させて、引退させるってなら、相手が水無月家だろうとだまってないぞ。俺は『水無月家』に乗り込むぞ!』


『通報したわ』


『いや……今のはさすがにセーフだろ。とにかく真相はわからんけど、復帰の交渉が難航しているのは確かっぽいな。なにせ公式からは何にもアナウンスないわけだし』


『はあ……マジやってられんわ。その御曹子とやらに俺の唯一の希望を奪われるなんて。俺みたいな庶民の最後に残った楽しみ奪うんじゃねえよ。マジで乗り込むぞ』


『いまのはアウトじゃね?』


『とりあえず水無月家傘下の企業一覧はっといた』


『お前らここに電凸しろ。あと不買運動よろ』


『いや……お前ら結局文秋の記事信じてるやん』


『これはMAIのためでもあるんだから。MAIは、絶対この許嫁の御曹子なんかと結婚したくないに決まっているし。俺等が支えないでどうする』


『とりあえず2ヶ月後のデビュー3周年までは待つ。それまで公式から何もなかったら俺はもう耐えられんから、『水無月家』だろうと『御曹子』だろうと、とりあえず暴れるわ』


『通報……いや許す。俺も我慢できん。たださえ超絶勝ち組の金持ちの御曹子がさらに、MAIと結婚するなんて、そんな格差許せるか』


『だな……デビュー3周年までカウントダウンでもして待ってるか』


 MAIのファンたちのこれらの異常に白熱したやりとりはそれこそ無数にあった。


 俺は彼ら……いや彼女たちもいるのか?……に同情的でありながらもどこか冷めた目で見ていた。


 彼ら彼女たちは真衣に……人間に期待しすぎている。


 だから、真実を認めずに自分たちに都合の良いことを夢想している。


 女性なんて……いや女性に限らず人なんて、そんなに崇高な精神とやらは持っていない。


 たいていはアイドルだろうが、みな俗物的な欲望を持っていて、低きに流される。


 俺は記事を見て、すぐに理解した。


 記事はおおむね正しいだろう……と。


 真衣には男がいる。


 それが引退の理由だ。


 客観的に考えれば明らかなはずなのに、信じたくないという想いが彼ら彼女たちの目を曇らせている。


 そう……3年前の俺のように……。


 まるで昔の俺を見ているようで、どこか俺は彼ら彼女たちを自分のことのように思えてしまった。


 この人たちも今回の件で気付くだろう。


 人を信じるべきではないと……。

 

 俺はそこまで読んで、スマホの時計を見る。


 いつの間にか10分経っていた。

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