第35話 二人の美少女に俺が愛される客観的な確率

 ところで、別に俺は卑屈という訳ではない。

 

 もちろん自意識過剰で根拠もなく自信満々の人間でもない。

 

 単に自分の現実を客観的に見ているだけだ。

 

 厳しい現実……特に自分に関すること……を真正面から向き合うと酷く虚しくなる。


 だから、人は自分のスペックを実際より過剰に見積もる傾向にある。


 俺だって正直なところあまり自分のことを悪くは考えたくはない。


 しかし、時には現実に向き合わなければならないこともある。


 現実を無視し続けて妄想を信じこんでも、行き着く先は破綻だ。


 そう俺は、3年前のあの日そのことを嫌というほど実感した。


 リアルで生きていくために必要なのは、リアルをシビアに見極めることだ。


 妄想……ラブコメ……は必要だが、それはあくまでもフィクションだと肝に銘じなければならない。

 

 その視点で見るならば、俺は何の能力もないただの陰キャボッチだ。

 

 当然イケメンでもなんでもない。

 

 そんな男は普通女性から……特に美少女から興味をもたれるはずはない。

 

 だからそんな男に美少女が近づいてきたら、まずもって99%それは詐欺と考えてよい。

 

 それが一人ではなく、二人の美少女が同時に現れたならば……詐欺ではない確率は、おおよそ1%×1%……1万分の1の確率だろう。

 

 ちなみにDoogleによれば、この確率は明日俺が交通事故で死亡する確率と同じくらいだそうだ。


 異世界転生モノならば、よくあることだろうが、リアルではそうではない。

 

  俺は明日自分がトラックに惹かれて死ぬことを確信するほどにはまだ人生を諦めてはいない。

 

 つまり、もうこの時点で二人が詐欺師であることは確定している。


 あとは彼女たちの目的だが……。

 

 俺にいまさら何らかの価値……いや利用できる存在とみなした理由はいったい何だ。


 こういう時は、難しく考えずに、簡単に考えた方がよい。

 

 人が他人に求めるのはたいてい身勝手な愛か金のどちらかだ。


 だから、リアルの世界で起きる事件の動機は、たいてい単純な男女関係のもつれやら、金銭問題が原因である。


 残念ながら、フィクションの殺人事件で起きるような、感動的で複雑な長年の恨み、つらみなどではない。


 栞ねえや真衣たちのような美少女が俺のようなさえない陰キャボッチに愛を求めることなどは当然ありえない。

 

 となると、彼女たちの目的は金か?


 しかし、俺にはもちろん金がない。

 

 いや……待てよ。

 

 確かに俺には金がない。

 

 だが……俺にはあのアパートがある。

 

 祖父が所有していて、今は俺が住み着いているあのアパートが……。


『あんな田舎にあるポロアパートだけど、一応はそれでも不動産でしょ。あのアパートを壊して、更地にすれば数百万円くらいで、売れるんじゃない?』

 

 家を追い出される時、あの人達が嬉しそうにそんなことを言っていた気がする。

 

 でも何故かあの人達はそうせずに、かわりに俺をそのアパートに住まわせた。

 

 俺は再び記憶を懸命にたどる。

 

 正直なところ追い出される直前の記憶はほとんどない。


 いや……きっと、俺は自分の精神衛生上、忘れることを選んだのだろう。

 

 だが、今はそうも言ってはいられない。

 

 現実を……見たくもないリアルを見ないとならない。

 

 そうだ……あれは追い出される日の数日前……。

 

 あの人達の態度が一変してから、俺は毎日様子を伺いながら、ビクビクとして過ごしていた。

 

 俺はいつものように夜、ドアの隙間からあの人達の様子を隠れ見ていた。


『……まったくこれまで散々他人のガキの世話をしたのだから、もっとお金をもらってもいいのにさ。なんでさっさとあのボロアパートを壊して、売らないの』


『わたしだって、そうしたいよ。まあ……でもさすがに急にやり過ぎるとね。なにせあんなガキでも相続権はあるんだし。ひとまずはこの家だけでいいわ。それに追い出す口実にもちょうどいいしね。どうせあんな郊外のボロアパート、すぐには買い手も見つからないだろうしねえ』

 

 居間から漏れ出した光が暗い廊下を照らしていた。


 照明に映し出されたあの人達の顔がまるで別人のように恐ろしく見えた。


 俺は思わず身震いして、自分がもうこの家にはいられないということを実感したのだった……。

 

 当時は意味もよくわからなかったし、それどころではなかったから、深く考えなかった……いや考えたくなかったが……。

 

 だが、今思えば……なるほどな……わかってきたぞ。

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