第36話 アイドルの本性
俺は確かにあの人たちに捨てられて、縁を切られた。
しかし、それでも形式的……法律的……には俺はまだ彼女たちの家族には違いない。
俺は頭に浮かんだことを『彼女』にチャットする。
『孫も相続権はある?』
『彼女』は数秒で答えてくれた。
『祖父母の子供……つまり孫の両親が死亡している場合は、相続権はあります』
これだ。
間違いない。
俺の実の親は——祖父の子供——はともに物心がつく前に亡くなっている。
あれから数年経って、あの人たちはあのボロアパートを金に変えたいと思った。
もしかしたら、買い手が現れたのかもしれない。
そして、俺は一応相続人でもある。
むろん俺は当時何かを相続した記憶はない。
きっと、あの人たちが上手いこと俺の権利も合法的に奪ったのだろう。
なにせあの人たちは法的にはまだ未成年者の俺の家族であり親なのだから。
そして、今度も同じことをしようとしている。
だけど、そのアパートには俺が住みついている。
そんな邪魔な俺をあのアパートから追い出して売り払うために、送り込んできた刺客……それが栞と真衣ではないだろうか。
二人はよく俺の家に遊びに来ていたから、あの人たちとは知らぬ仲ではない。
それに、俺の今の居場所を知っているのはあの人たちしかいない。
つまり、二人が俺の目の前に現れるためには、あの人たちから俺の住所を聞かなければならない。
そういえば……昨日真衣が俺の家で口走っていた訳の分からないこと……。
その中で、確か『わたしと一緒に住まない?』とか言っていなかったか。
あまりにも突拍子もない話だったから、無視して聞き流していたが……。
俺の推測が正しければ、真衣の支離滅裂な話にも意味が出てくる。
と、チャイムが鳴り、まわりがざわつく。
いつの間にか授業が終わっていたらしい。
少し空いている窓の隙間から、風が吹き込み、俺の肌をゆらす。
穏やかな日差しに照らされているはずなのに、俺は妙に体が冷えてしまった。
真衣と栞ねえがあの人たちと手を組んだ。
俺はそのことに少なからず落ち込んでいるということなのだろうか。
それにしてもなぜ二人はそんなことを……少なくとも三年前までは、俺と仲が良かった幼馴染の真衣と栞ねえが……。
俺は一瞬酷く心が動揺してしまった。
しかし、俺は同時にどこかでこの事態を冷めた目でも見ていた。
所詮……人なんてそんなものだ。
どうせ金目当てだろう。
俺をあのアパートから追い出したら、あの人たちから金でも貰う約束でもしているのだろう。
でも……と俺は一縷の望みにすがる。
真衣の家は大金持ちだ。
真衣がそこまで金に執着するはずがないじゃないか。
しかし、俺の思考はその疑問の答えをすぐに出してしまう。
いや待てよ……真衣はアイドルなんて浮ついたことをやっていた女だ。
フィクションの中のアイドルは汚れなき存在として『設定』されている。
そして、その『設定』が狂うことはない。
だが、リアルのアイドルはたいていその『設定』がバグってしまう。
なにせ人間がやっているのだから。
……要するに真衣の生活は乱れに乱れていて、金遣いもかなり荒かったのだろう。
もしかしたら、引退の理由もそこらへんにあるのかもしれない。
リアルのアイドルにさもありがちな『現実』である。
とにかく真衣には、当座のまとまった金が必要だった。
栞ねえと真衣は俺と同じ幼馴染で仲が良かった。
よく俺がいないところで、ケンカはしていた気はするが……。
そういえばそんな時の二人はいつも俺に見せる笑顔と違ってとても怖かったな……。
あれが二人の本性なのか……。
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