第29話 栞ねえとの思い出-02-

 ……話しを戻そう。


 とにかく結局あの後、しばらくして俺は家を追い出されて、栞ねえと会うこともなくなった。


 が……それでよかったのかもしれない。


 あのままあそこに留まっていたら、俺のような低スペックの男は、遠からず栞ねえからも完全に見限られていただろうしな。


 幸か不幸か、俺は突然消えたから、そういうことも起きなかった。


 だから、栞ねえとの思い出は、今振り返ると気恥ずかしい黒歴史は多いが……基本的には良いものばかりだ。

 

 俺と栞ねえは子供の時は仲が良かった。


 付き合いも真衣と同じくらいに長い。


 だから、幼馴染といってもよいだろう。


 しかし、あれからもう3年も経っている。


 それに、栞ねえとは三年前に家を追い出されて以降、一度も会っていない。


 まあ……栞ねえがたとえ俺に会おうとしても、いきなり家から追い出されて強制転校したから、場所もわからないだろうし、会えなかっただろうが。


 いずれにせよ栞ねえにとって俺はせいぜい子供の時に仲が良かった程度の人間だ。


 それがなぜ今さら俺の前に……いやなぜ俺の高校に転校してきたのだ。


 単なる偶然か……いやそれにしても俺のことを弟というのはおかしい。


 冗談だとしても、さすがに担任にまではそんなことは言わないだろう。


 ふと、俺の脳裏に忘れかけていた記憶が蘇る。


『ねえ……唯くん。何があってもわたしが絶対唯くんを守ってあげるからね』

 

 栞ねえは、いつだったから、そんなことを俺に言って、優しげな笑みを浮かべた。

 

 栞ねえは、いつも大人しくておっとりとしていたイメージがある。

 

 俺が真衣たちと遊んでいる中で、その様子をひっそりと静かに微笑みながら見ていた。

 

 栞ねえとは学年が違うから正確なところはわからないが、年下の俺等と毎日遊んでいたくらいだから、もしかしたらあまり友達はいなかったのかもしれない。

 

 そんな栞ねえだったが、時折酷く大人びた顔をして、先述のようなことを言うのだ。

 

 実際、トラブルが起きた時の栞ねえの行動は際立っていた。


 俺等がただ泣いている中、テキパキと行動して、本当に頼りがいがあって、まさに俺たちにとっての『お姉さん』であった。

 

 俺の心になんともいえない懐かしい感情が蘇る。

 

 まだ人のことを……世界のことを無邪気に信じていたナイーブな頃の俺。

 

 その時の気持ちが蘇った。

 

 栞ねえは俺のそんな子供時代の象徴のような人間だろう。

 

 だが、そんな気持ちになったのは一瞬だけだった。

 

 俺の脳裏には同時に過去の嫌な記憶も蘇ったからだ。

 

『あなたはもうこの家にはいられないの。さっさと出ていきなさい』


『泣いてもどうにもならないわよ。それにしてもあんたがいなくなって、よかったわ。これでこの家もだいぶ広々と使えるわ』

 

 俺は家から追放された時、あの人たちに謝り、懇願し、土下座し、惨めにすがった。

 

 だが、彼女たちはそんな俺を本当に嬉しそうに嘲笑い、見下していた。

 

 まあ……正直思い出したくもない記憶である。

 

 だから、俺は過去の……子供時代の……ことはできるだけ考えないようにしている。

 

 栞ねえのことを思い出したのも別れた時以来だ。

 

 だが、不意に俺の前に忘れかけていた栞ねえが現れた。


 そして、その追憶が俺の嫌な記憶も引き出してしまったようだ。

 

 しかし、そのおかげで俺は冷静になれた。

 

 あれこそが現実だ。

 

 栞ねえは当時は優しかったけれど、所詮は子供だった。

 

 今は、あの人たちみたいに現実的な女性……大人になっているだろう。

 

 あまり期待をしない方がよい。

 

 それでも俺の脳裏には未だに栞ねえの顔が無意識に浮かんでいた。

 

 そして、俺の頭の中にいる栞ねえはいつまでも優しげに微笑んでいた。

 

 まったく……俺はまだこんな幻想をリアルに抱いてしまっているのか……。

 

 だいたい栞ねえって、俺が今妄想しているほどの美人だったか……。

 

 記憶は美化されるからな。

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