第28話 栞ねえとの思い出-01-

「えっと……栞さんが冴木くんのお姉さんってことでよかったのよね? 睦月さんにあなたが弟だって言われたのだけれど……名字も住所も違うから正直困ってしまったのよね……。まあもう高校生だし、家庭環境のことには必要以上にはあまり立ち入らないけれど、同じ高校に姉弟が在籍している場合は一応こちらとしても把握しておく必要があるから——」


 担任はなおも面倒くさそうに話しているが、俺の耳には全く話が入ってこない。

 

 それはあまりにも俺にとっては衝撃的であったからだ。

 

 確かに栞ねえは俺にとって姉のような人だった……。


 栞ねえは年下の俺たちの輪に入って、真衣ととともに一緒によく遊んでいた。


 栞ねえは、クォーターで、外見が日本人と少しばかり違っていた。


 だからなのか、幼いときは周りと馴染んでいなかった。


 学年が違ったから、はっきりとしたことは俺にもわからない。


 だけど、いつだったか、栞ねえの外見をからかっている男たちがいて、俺は彼らに摑みかかった気がする。


 ……今考えれば、我ながらかなり恥ずかしい行動であった。


 当時の俺はこういう子供じみた正義感を無駄に振りまいていた。


 いやまあ……現に子供だから仕方がなかったのだが。


 たぶん俺は小学生にして既に中二病にかかっていたのだ。


 その分、治りも早かった。


 今の俺なら間違いなく他の人と同様に見てみぬフリをするだろう。


 世の中、くだらない善意や正義感をもっていても、どうにもならないことを俺は3年前に骨身に染みている。


 とにかく……栞ねえは俺たちより1つばかり年上だった。


 今から考えれば一歳の差などあまり大したことはないのだが、当時の俺からすれば随分年上に感じられた。


 実際、栞ねえは年齢の割に随分と大人びていた気がする。


 同世代では大人びている真衣でも栞ねえの前では子供に思えた。


 だから、俺は「栞ねえ」などと呼んでいた。


 今考えれば、これもかなり気恥ずかしい。


 俺には一応あの人……義理の姉……がいたけど、年が離れ過ぎていて「姉」という感じではなかった。


 それにもしかしたら、俺はあの人が正体を現す前からうすうす気づいていたのかもしれない。


 あの人の本性を……。


 たから、無意識に栞ねえにその代替を求めて、「栞ねえ」などと呼んでいたのかもしれない。


 ……それにしても、いくら小学生とはいえ、昔の俺はかなり痛いな……。


 完全に黒歴史だ。


 まあ……言い訳をさせてもらえれば、たしか栞ねえ自身もそう呼んでほしいと俺に頼んできた気がする。


 いや……違うか。


 幼い時は確かにそうだったけど、大きくなってから変わったんだった。


 栞ねえはいつだったか、「栞」と名前で呼んでほしいと俺に頼んできた。


 だけど、俺は気恥ずかしくて、結局「栞ねえ」と呼ぶことにしたのだ。


 彼女自身は、大きくなってからは「栞ねえ」と呼ばれることを嫌がっていたな……。


 栞ねえが長じるにつれて、名前で呼んでといつも言われていた気がする。

『わたしはもう唯くんのお姉ちゃんじゃない。わたしは唯くんの——』


 いつだったから栞姉はそう真剣な口調で俺を見つめて、そう言ってきた。


 そして、そこまで言うと、顔を赤らめてうつむき、何も言わなくなってしまった。


 印象的だったから、妙に記憶に残っている。


 まあ……あの時は栞姉は、もう中1になっていた。


 だから、単純に俺みたいな子供と遊ぶのが嫌になっていたのかもしれない。


 あれは栞ねえなりの俺との決別宣言だったのかもな。


 当時の俺は今と違って、女性の細やかな機微がわからず鈍感だったから、まるで気がつかなかったが……。


 しかし、この3年間で俺は成長した。


 なにせ、数々の小説、アニメ、ドラマを読破、視聴し、ギャルゲーを一人でやり込んだのだからな。


 リアルな人間関係は誰一人とも築かなかったが、今の俺にはそれらから得た無数の知識がある。


 むろんフィクションは現実とは違うことはわかっている。


 それでも、応用は効くのだ。


 少なくともリアルの人間関係が充実していた小学生の時、俺はあの人たちの本性を見抜けなかった。


 だから、リアルの人間関係などより、フィクションを膨大に摂取した方がいい。


 現にそのおかげで、俺は真衣の目論見にもすぐに気づけたのだ。


 当然、真衣の言動が全て演技であることもお見通しだ。


 今の俺には隙はないはずだったのだが……。


 敵……真衣……は俺の想定のさらに斜め上をいってきた。

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