第27話 栞ねえが転校してきた

「は? いえでも……こんな嘘をわざわざつく必要は水無月さんにはないと思うけど。彼女だいぶ嬉しそうで、話も長かったし、目も怖かった……ごほん……い、いえ真剣だったし」


 俺は自分で言っていながらも、もう少しなんとかならないのかと心の中で頭を抱えていた。

 

 これでは俺はまるで警官に問い詰められて、狼狽している犯人丸出しではないか。

 

 やはり……3年もの間、人と最低限の会話しかしてこなかったせいだろう。


 俺はすっかりコミュ障になってしまっていた。


 とはいえ真衣とは、比較的普通に話せたな……。

 

 やはり真衣は幼馴染だから、無意識の内に今でも心を許しているのだろうか。

 

 結局……その油断がこの事態を招いたということか……。

 

 俺は一人ため息をついて、首をふる。


 一方の担任は俺の要領を得ない返答に困惑しているようだ。

 

 担任は顎に手をあてて、困ったような顔で、


「わたしも生徒のプライベートにはあまり立ち入りたくない……いや立ち入らないようにしているんだけど……それにこういうケースはあまりないし……。許嫁……なんてこの時代にまだあるなんて思ってもいなかったし。でも、水無月さんの家はなにせあの『水無月家』だし……そういうのもあるのかもしれないけど……でも、なんでその相手がこんな地味な子なの……はっ! まさか……冴木君ってこう見えてとんでもない才能を隠し持っているとか……はたまた実は名家の御曹子とか……」

 

 と一人勝手に小さな声でブツブツと言っている。


 俺が言うのもなんだが、どうやらこの担任あまり仕事ができるタイプではなさそうだ。

 

 なにせ俺が前にいることも忘れて一方的に独り言を漏らしているのだ。

 

 ついでにサラッと俺のことをディスってた気がするが……。

 

 もっとも、俺の方も俺の方で、だいぶテンパっていたので、担任の話はあまり頭に入ってこなかったのだが。


 その後、担任は、首をかしげながら、しばしうなった後、

「うん……冴木くん……まあこの話しは水無月さんともう一回話して、まとまってからまたわたしに話して。それがいいわ……うん」

 

 と、ひとり勝手に話しを完結させてしまう。

 

 え……そんなのでいいのか。

 

 俺は思わず拍子抜けしてしまう。


 もちろん俺にとっては担任の提案は願ったり叶ったりではあるが……。

 

 俺はこんなに担任に信頼されていたのだろうか……。

 

 いや……待てよ。

 

 まだ2週間ほどの付き合いしかないが、俺の観察したところ、この担任は非常に事なかれ主義である。

 

 生徒の面倒事を自分に相談したりするのは勘弁してほしいというタイプだ。


 だから、真衣の告発にもそのスタンスでのぞんでいるのかもしれない。

 

 担任の話しはあまり耳に入ってこなかったが、態度を見る限り、相当めんどくさそうにしているしな。

 

 自分が受け持っているクラスで、男子生徒が女子生徒を襲ったなどという事件が起きたら、担任としても何らかの責任を取らされる可能性が高い。


 きっとそれが嫌なのだろう。

 

 3年前のトラウマのせいで、俺はついつい悲観的に物事を考えてしまう癖がある。


 だが、意外と世の中なんとかなる場合も多い……のかもしれない。


 俺はそう思いながら、ひとまずほっと胸をなでおろす。

 

 と、担任が、


「まあ……この件はそれでいいんだけど、もう一つ冴木くん、面倒事が……いえあなたに聞きたいことがあるんだけど……えっと今日転校してきた2年の睦月……睦月栞むつきしおりさんってあなたのお姉さんなの?」


「は……え……栞ねえが……この高校に転校……なんで……」

 

 俺は担任の全く想定外の問いかけにただ心の中に浮かんだ言葉をそのまま発することしかできなかった。

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