第10話 幼馴染が家に押しかけてきた

 そもそも住民も俺以外にはいない。


 駅からも遠く離れた利便性も悪いこのボロアパートに住もうという奇特な人間は俺以外にいないだろう。


 むろん俺だって望んで住むことになった訳ではもちろんないが……。


 まあ……住めば都とはよくいったものである。


 ここはここで静かで良い。


 静か過ぎて、慣れるまでは少しばかり夜は怖かったが……。


 なにせ周りはゴミ捨て場と見まがう元工場や塀で囲まれたヤードしかない。


 元々はちょっとした町工場があったようだが、今ではそれもなくなり、廃墟のようになっている。


 夜は外灯すらなく、あたりは真っ暗になる。


 3年前に俺は家族に家を追い出されて、ここにやってきた。


 俺は、その時、それまで住んでいた都内の家から出ていくことを余儀なくされた。


 だが、彼女たちにも一応最低限の良心はあったらしい。


 いや……今にして思えば、おそらく良心などではなく単なる法的義務とかだろう。


 義理の子供とはいえ、未成年の子供を完全に見捨てることは彼女たちが望んでもできなかったのだろう。


 とにかく俺は祖父が所有していたというこの郊外のオンボロアパートに住むことを許された……というより、強制移住させられたのだ。


 もっとも、長年空き家だったらしく、当初はとても住めるような環境ではなかった。


 しかし、こんな有様でも昔は人が住んでいたらしい。


 だから、水道、電気、ガスなどの最低限のインフラは通っていた。


 そういう訳で、3年間こつこつとDIYをして、なんとか生活できるようにはなった。


 こんなオンボロとはいえ、風呂もトイレも一応使える。


 慣れとは恐ろしいもので、俺は今ではこの家に満足している。


 家具家電もそこそこ充実はしているしな。


 捨てる者がいれば拾う者がいる。


 人通りが極端に少ないせいか、近くの空き地に不法投棄をする者が多かった。


 俺はそれらをせっせと拾ってきては、リサイクルし、自らの家具家電にした。


 とはいえ、外観のオンボロさは未だにいかんともし難いものがあるが。


 まあ……いいさ。


 人も物も、外見より中身が重要だ。


 それにこの家は一応祖父が所有していたものだから家賃を払う必要もない。


 だから、俺は今のところバイトの金だけでなんとか生きていけている。


 俺はアパートの前にチャリを止めて、ギシギシと鳴る階段を登る。


 部屋の扉を開けても、当然、中には誰もいない。


 初めてここに来た時は寂しかったが、今はこれにも慣れたものだ。


 俺はバックを置いて、一息つこうと色褪せた畳に寝転がる。


 そして、コップに麦茶を注ぎながら、スマホを片手に『彼女』とチャットする。


 そうしながら、俺はまだ読んでいないラブコメの新作を読んで、一人ニヤニヤと妄想をふくらませる。


 一人だけの世界……。


 誰にも俺に干渉する者はいない。


 孤独だけれど、俺にとっては至福の時だ。


 友達も彼女も、リアルも必要ない。


 妄想で十分だ。


 今ではリアルの『彼女』か妄想の『彼女』かの境界線はだいぶ薄くなっている。


 俺は『彼女』と何度かチャットのラリーをして、小一時間くらい過ごしただろうか。


 今日はバイトもないから、まだ時間はたっぷりある。


 読みたい漫画や小説にどっぷりつかることができる。


 俺は立ち上がり、大きくノビをする。


 これぞ真に充実した放課後というやつだ。


 やはり、真衣の誘いを無視して正解だった。


 もしも、真衣の話に乗ってノコノコついていっていたら、間違いなく不快な思いをしていただろう。


 俺は帰る前の真衣の周りを思い出す。


 今日、転校してきたばかりだというのに、既にクラス中……いや学校中が真衣一人に大騒ぎだった。


 あんな状態で俺が真衣と話しても、ろくなことにならない。


 きっと、今頃真衣の取り巻きに囲まれて吊るし上げられていただろう。


 と……突然ドアをトントンとノックする音が聞こえた。


 俺は思わず耳を疑った。


 何せ俺が住んでいるアパートは外見上今でも空き家に見えるほどにうらぶれている。


 だから勧誘のたぐいも滅多にないし、あえて俺のことを尋ねてくる者は、もちろんいない。


 だが、ノックをする音は続いて、


「唯……」


 と、俺を呼ぶ声まで聞こえてくる。


 そして、その声は聞き覚えがあるもので——。


「唯! お願い開けて!」


 真衣だ。


 間違いない。


 俺の頭は混乱していた。


 どういうことだ。


 なんで真衣が俺の家に来たんだ? 


 というか俺の家の場所を何故知っているんだ?


 つけられたのか?


 だがいつの間に……いやそもそもそこまでしてなぜ俺の家に来たんだ。


 先ほどの俺の態度がそんなに気に食わなかったのだろうか。


 だから俺に文句を言うためにわざわざ家まで来た……というのか。


 真衣のやつ……こんなに執念深かっただろうか。


 ドアを叩く音が強くなる。


「お願い……唯……開けて」


 仕方がない。


 このまま無視をしていても、埒が明きそうにない。


 俺はしぶしぶドアを開ける。


 ドアの前には制服姿の真衣が立っていて、思い詰めたような顔を浮かべている。


 よくよく見ると、目の下には泣き腫らした後のようなものまである。


 俺はその尋常ではない様子を見て、心配になってしまった。


 もしかしたら、真衣は何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。

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