第9話 スイートマイホーム

 ま、真衣のやつ……いったい何が目的なんだ。

 

 そんなに俺のさっきの態度が気に触ったのか。

 

 その意趣返しで、こんなことをしているのか。

 

 確かに真衣の目論見は悔しいけど大分効果がある。

 

 まずもって、俺はこんなに人から見られることに慣れていない。

 

 なにせ普段は空気のような存在なのだ。

 

 それなのに、さっきから、教師やクラスメイトにジロジロ見られている。

 

 正直、この数分でこの一年分くらいの視線を浴びた気がする。


 だから、俺の心拍数は上がりっぱなしで、ストレス度もマックスである。

 

 いやそれよりもこのままだと俺の平穏なボッチライフが乱されてしまう。

 

 さすがの教師も顔を曇らせて、俺に何かを言おうとしている。

 

 いや……ちょって待ってくれ。

 

 注意するのは俺ではなく真衣だと思うのだが。

 

 まあ……正論を言っても仕方がない。

 

 リアルな世界は理不尽なことにあふれている。


『……もう見るのはやめてくれないか。頼む』

 

 だから、俺はそうそうに真衣に白旗をあげていた。


『わたしはずっと唯のこと見ていたいけど……でも唯が嫌ならやめる。それより放課後に話したいことがあるの? 時間もらえる?』


『……わかったよ』

 

 俺はしぶしぶながらそうラインを送る。

 

 どうせまたよからぬことを企んでいるのだろう。

 

 ほどなくして、俺を見るみなの視線はなくなった。


 ただ、みな真衣の方を相変わらず見ていた。

 

 俺はいつものように『彼女』とチャットをして、つまらない日常をやり過ごす。

 

 そう……これでいいんだ。


 これでいつもの通り、俺の平穏なボッチライフは揺るがない。



 やがて放課後になり、俺はさっさと帰り支度をする。


 むろん俺には一緒に寄り道をするようなリアルな彼女もいなければ、友達もいない。


 家に帰っても誰もいやしないが、それでも外にいるよりはマシだ。


 はっきり言って、俺は女性……というよりそもそも人が嫌い……いや苦手だ。


 まあ……三年前まではそうでもなかった。


 けっこう友達もいた気がする。


 だが、あんなに仲が良くてずっと近くにいたあの人たちの感情すら俺にはわからなかった。


 それ以来俺は学んだ。


 人というのは何をしでかすかわからない……と。


 だから、俺は人に極力関わらないし、近づかない。


 そして、人に期待しない。


 つまり、家に引きこもって、人と会わずに漫画、小説、ゲームを楽しむに限る。


 しかし、今日俺にはめずらしく人との用事がある。


 俺はチラリと真衣の方を見る。


 相変わらず真衣の周りにはクラスメイトたちの人だかりができていた。


 いや同じクラスだけではなく、廊下にも他のクラス、さらには他の学年の生徒たちまでもが大挙して押し寄せてきていた。


 これじゃあ……まるで見世物だ。


 人気者も人気者で大変だな。


 まあ……俺には関係ないが。


 しかし、この様子だと俺と話している時間はないだろう。


 このままさっさと帰ってしまえば、真衣も諦めるだろう。


 どうせ大した用事ではないだろうしな。


 せいぜい先ほどの失礼な態度を謝れとかそういう話にきまっている。


 そういう訳で、俺はそのまま真衣を無視して帰ることにした。


 幸い誰も俺のことなど気にもしていない。


 俺は真衣を横目に教室を後にする。


 教室を出た時、一瞬真衣に見られた気がするが、たぶん気のせいだろう。


 俺は真衣を見るために集まってきた野次馬……もとい生徒たちでごった返している廊下をかき分ける。


 よくよく見ると生徒たちではなく教師たちも集まっていた。


 俺は今更ながらこの高校のレベル感……もとい先行きがますます心配になってきた。


 いや……まあそんな高校に通っていて、さらにボッチの俺の将来の方がよほどまずいか……。


 余計なことを考えたら、テンションが落ちてしまった。


 どうせ俺の将来などしれたものだ。


 期待はしていないから、裏切られることもない。


 俺は首をふって、ため息をつきながら、階段をおりる。


 真衣の影響のためか、昇降口は放課後にも関わらず閑散としていた。


 俺は下駄箱で靴に履き替え、外に出る。


 午後になっても、春の暖かな日差しは残っていて、わずかにそよぐ風が肌に気持ちよかった。


 妙な開放感に包まれて、俺は気がついたら思いっきりのびをしていた。


 周りに誰もいない静かな中、一人でいると気分も落ち着くし、雑念もなくなる。


 真衣が現れて、色々あったが結局いつもと変わらない。


 俺は一人のままだ。


 それでいい。


 さてと……家に帰るか。


 俺は、駐輪場に移動して、使い古したママチャリに乗る。


 そして、錆びて重くなったペダルに足をかけて、漕ぎだす。


 何の変哲もない田んぼと畑、幹線道路を横目にして、古びた自転車をきしませながら、疾走する。


 行きも帰りも代わり映えしない同じ景色なのに、帰りの景色はやけに輝いて見えるのはなぜだろう。


 それだけ俺が学校が嫌いという訳なのだろう。


 40分くらい疾走すると、ようやく我が家が見えてきた。


 今にも崩れかけそうに古びた二階建ての木造のアパート。


 それがポツンと立っている。


 一見すれば廃墟と見まがうばかりの建物だが、この一室が俺の家だ。


 そう……これがまごうことなき俺のリアルだ。


 ラブコメの主人公の家は大抵綺麗に描かれている。


 だいたい都内の小綺麗な広々とした家や築浅のマンションだ。


 それに家庭環境も充実している。


 両親や兄妹はツンデレだろうが、たいてい主人公を愛している。


 だけど、あんな綺麗な家やマンションに住めるということは、それだけでもう上級国民なのだ。


 自分を愛してくれる家族がいて、綺麗な家に住める。


 それだけで、リアルでは上位数%に入る恵まれた環境であり、親ガチャにあたっているのだ。


 彼らはこれからの輝かしい将来が約束されている。


 たとえ、陰キャだろうがボッチだろうが、それだけの周りの環境があればあとは、どうにでもなれる。


 つまり、ハッピーエンドが約束されている。


 まあ……だからこそラブコメが成り立つのだ。


 そして、読者は安心してラブコメを楽しむことができる。


 まあそれもよく分かる。


 こんな現実見せられたら、読者は興ざめする。


 主人公が陰キャボッチで家族から見放されて、あげくに貧乏ではリアル過ぎて……希望がなさすぎて……見ていられない。


 まあ……それが今の俺な訳だが……。


 実際、このオンボロアパートで、何か甘いこと……ラブコメがはじまるような雰囲気はいっさい感じられない。

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