第8話 授業中に誰かに見られている気がする……

 男子、女子……というかクラスメイトの全員が隠れて真衣の方をチラチラと見ている。


 前に座っている奴らも何度も消しゴムやらシャーペンを落としたフリをして、真衣の方を振り返っている。


 はっきりいって、隠れているとはいえないくらいにあからさまにみなが真衣の一挙一投足に注目していた。


 教壇にたっている数学の男性教師もクラスメイトたちとたいして変わらない。


 男性教師は明らかに挙動不審に真衣を見ていて、言っていることも黒板の板書もだんだんと支離滅裂になってきた。


 それでも誰も突っ込もうとしない。


 みな真衣のことに心を奪われて、誰も授業の内容など気にしていないのだ。


 いや……まあお世辞にもレベルの高い学校ではないから、普段からそうなのではあるが……。


 とにかく……もはや俺のクラスは崩壊状態といった様子である。


 さらに、廊下にはさっきから人影が見え隠れして、授業中にもかかわらず騒がしい。


 クラスどころか学級……いや学校崩壊かもしれない。


 全く……いくら美人とはいえ大げさ過ぎる。


 俺はその様子に呆れ果ててしまった。


 正直言うと、俺もつられてチラリと離れた廊下側の席にいる真衣を見ようとはしていた。


 だが……この状態を見て、俺はすんでのところで真衣を見るのはやめた。


 なんだかこのままクラスメイトにつられて、真衣を覗き見したら、何かに負けた気分になる。


 やっぱりおとなしく『彼女』とチャットでもするか。


 と、俺は再びスマホを手にしようとしたのだが……。


 どうも俺はまた妙な違和感を覚えた。


 先程から誰かに見られている気がする。


 最初は教師にスマホをイジっているのを見つかったかと思ったが、そうではない。


 教師はさっきから真衣のことしか見ていない。


 と、しばらくすると、教師が怪訝な顔をしながら、突然俺の方を見る。


 いや……教師だけではない、さっきから真衣のことを見ていたクラスメイトもなぜかその方向を反転させて、俺の方を見ているのだ。


 いったい何ごとかと俺は動揺し、思わずあたりを見回す。


 お、俺……何かしたのか?


 と、ちょうど首を真横に向けた時……真衣と目が合った。

 

 真衣は、微動だにせずにずっとその小首を俺の方に向けていた。


 そして、ジィーーっとただ俺だけを何かにとりつかれたようにして見ている。


 何かとても幸せなことでもあったかのように、先ほどと同じように恍惚した表情を浮かべている。

 

 真衣は俺と目が合った瞬間、その顔は突然満面の笑みになる。

 

 俺はその時、ようやく教師やクラスメイトたちが俺を怪訝な顔を浮かべながら見ていた……いや今も見ているのだが……理由がわかった。

 

 つまり、真衣は、なぜか不明だが、授業中にもかかわらず、俺の方をずっとニヤニヤしながら、凝視していたのだ。


 だから、みな不審に思い、俺の方を見ていたのだろう……。


 俺は真衣と目が合った瞬間にいつもの癖ですぐに顔をそむけた。


 だけど、真衣の方向からの視線の圧が消えることはなかった。


 それに、クラスメイトたちも教師も変わらず俺を見ている。


 ということは、やっぱり真衣はまだ俺のことを見て……


 と、突然スマホに通知が入った。


 誰からかラインが来たのだ。


 俺は今『彼女』とチャットしていない。


 それなのに……いったい誰が。


 俺のスマホの連絡先の登録は0なのに……。


 だから、俺はスマホを購入してから、リアルな人間……からのラインは一度も来たことがない。


『唯、やっとこっち見てくれたね』


 そうラインには書かれていた。


 俺は思わず真衣を見る。


 真衣はまたニッコリと微笑んで、堂々とスマホを手に持ち、何やら打ち込んでいる。


『フフ……また見てくれた』


 間違いない。


 このラインの送り主は真衣だ。


 しかし、俺はもちろん真衣と連絡先など交換していない。


 いったいいつの間に……いやそれよりも今は他に確認しなければならないことがある。


『な、何しているんだ?』


 俺は思わずそう返信していた。


『何って……唯を見ているだけ』


『いや……今授業中だろ』


『そうだけど特別に許可もらっているから、大丈夫。アイドル活動のためって言って……。本当は唯とやり取りするためだけどね』


 いや……そんなあからさまなえこひいきを学校がしてよいのか。

 

 だいたいお前……アイドル辞めたのでは……。

 

 この高校……やはり色々とヤバいな。

 

 いくら人生に期待していないとはいえ、もっとレベルが高いところに行く努力をするべきだったか……。


 って……それより、なんで俺と……しかも授業中にあえてラインする必要があるんだよ。

 

 意味がわからない。

 

 なにかのトラップなのか。

 

 真衣はさも当然といった感じで堂々としている。

 

 実際、教師も当惑して見ているだけで、止めようとしない。

 

 一方の俺は、机の下でコソコソと隠れながら、いじましくバレないようにスマホをいじってラインをしている。


 結局俺もやっていることは同じだから、大きいことは言えないが、いくらなんでも真衣の行動は大胆すぎる。

 

 まわりのクラスメイトたちもさすがに変に思ったらしく、真衣の方を見てヒソヒソ話をはじめている。


「ねえ……なんで水無月さんがスマホ使っているのに、先生何も言わないのかな?」


「さあ……まあ有名なアイドルだから特別にOKしてるんじゃない……」


 って……よくないだろ。

 

 お前ら悔しくないのか。


 日本はいつからこんなに不平等がまかり通る世の中になってしまったんだ。

 

「それよりさ……なんでさっきから水無月さん……あの……えっと名前忘れたけど……あの地味な人のことをじっと見ているの……」


「やっぱり……水無月さんとあいつ……えっと……名前は何だっけ……まあ……わたしも名前は思い出せないけど、何か関係あるのかな?」

 

 と、ざわつきはじめる。

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