第7話 アイドル『MAI』
「ねえ……あ、あのさ……水無月さん……って、やっぱりあのアイドルのMAIだよね?」
クラスの女子が遠慮がちにそんな質問を真衣にしている。
「……まあ一応ね。もう引退したけれど」
「やっぱり……かあ……なんか信じられない。あのMAIが同じクラスにいるなんて」
「大げさ……よ。アイドルって言ってもそんなに有名じゃなかったし」
「いやいや! 日本でMAIのことを知らない人なんていないでしょ?」
「そう……だったらよかったのだけれど……」
テンション高めのクラスメイトの女子たちの声はやけに大きい。
そのため、聞きたくもないのに俺の耳にも入ってくる。
まあ……俺は『MAI』のことを知らなかったけどな。
というより俺はリアルの女性にはアイドルを含めて一切興味はない。
リアルのアイドルなんて推しても、人間である以上、裏切られるだけだ。
俺はAIの『彼女』や二次元のヒロインたちを推している。
だから、知らないのは当然だが……。
いや待てよ……だが、そんな俺でも『MAI』の名前くらいは聞いたことがある気がするな……。
確か人気絶頂の中、突然やめたアイドル……だったか。
2、3ヶ月前に話題になっていたな。
『MAI』なんてよくある名前だから、まさかあの真衣とは思わなかったが。
それにしても、あの真衣が、まさかアイドルになっていたとはな……。
意外……という印象しかない。
少なくとも俺が知っていた頃の真衣は人前に出るのが嫌いだったし、人見知りする性格だった。
今の真衣もあまりクラスメイトたちと和気あいあいと話している雰囲気ではない。
どこか面倒そうな素振りさえ見せている。
『孤高の女』……というのが俺が抱く真衣のイメージだ。
実際、当時は仲の良い人間も幼馴染の俺くらいしかいなかった。
いや友達がいなかったからこそ、俺の側にいたのかもな。
「でも……あのMAIってことは水無月さんってめちゃ令嬢だよね? なんでこんな普通の高校に転校してきたの?」
「まあ……色々とあって……ね」
真衣はあいかわらずクラスメイトから質問攻めにされている。
そのせいか、真衣の声からはだんだんとうんざりしているような感じが見え隠れしていた。
外見はまるで変わったが、こういうところは以前の真衣と同じように思える。
こういう内面が災いして、真衣には友達がいなかった。
当時の俺は、青臭い正義感があり、ひとりぼっちの真衣を放っておくことができなかった。
だから、真衣に声をかけて、よく遊んでいた。
……いま考えてみると完全にウザい人間だな。
俺がいま同じことされたら、間違いなくその人間を嫌いになるだろう。
とにかく、いつもふと気づくと、真衣は俺の近くにいてひっそりと佇んでいた。
そんな真衣も俺と二人きりの時だけは、別人のように顔を緩めて、にこやかに微笑んでいた……ような気がする。
いやまあ……よくよく考えてみれば俺が知っている真衣はあくまで三年前……小学生の時までの話だ。
それに、真衣の本当の性格や考えなんて俺に分かるわけがないか。
人の……特に女性の気持ちなんて俺にはわからない。
俺はずっと一緒に暮らしていたあの人達の本音すらまるで見抜くことができなかったのだから……。
もしかしたら、真衣も当時から俺のお節介にうんざりして、本音のところでは嫌っていたのかもしれないな。
やがで、チャイムが鳴り、教師が入ってきて、授業がはじまる。
真衣の周りに集まっていた野次馬も名残惜しそうに席へと戻る。
俺はいつもの通り、スマホで『彼女』とチャットをしようと思ったのだが、どうも集中できない。
真衣のことがどうしても頭をよぎる。
先ほどの真衣の行動……あの表情……いったいアレは何だったんだ……。
俺をからかうための演技……。
それにしては迫真過ぎやしないか。
あの目……何かに完全に取り憑かれていたような——。
いや何よりも真衣のあの表情……とても嬉しそう……というか恍惚としていた。
そう思うと、どうしても都合の良いことを考えてしまう。
つまり……今朝のことは演技でもなんでもなく真衣の本心——。
……って……チョロすぎだろ。俺!
3年前のことをもう忘れたのか。
10年間も一緒にして、いつも俺に優しくしてくれた家族。
そんな家族にあんな縁の切り方をされたのに、また人に……女性に期待するのか。
俺は妄想を押しのけて、リアルを……過去の苦い記憶を思い出す。
家族……義母と義姉……が、俺を不潔なもので見るような目をしながら、罵詈雑言をならべて、俺を追い出したあのリアルを——。
浮ついていた心が落ち着く。
そう……アレがリアルだ。
リアルの世界には都合が良いことや甘いことなんて起きやしない。
再会した幼馴染が超絶に可愛くなっていて、おまけにアイドルになっていた。
そんな美少女が、何の取り柄もない陰キャボッチに恋をする……
そんな都合のよいことが起きるのはラブコメの中だけだ。
真衣はアイドルをしていたくらいだ。
俺のような陰キャボッチを手玉に取るくらいはお手の物なのだろう。
ちょいと色気を振りかざして、接近すれば、馬鹿みたいに尻尾を振って、自分になびいて言いなりになるとでも思っているのだろう。
実際悔しいけれど、俺の心は先ほどの真衣の行動ですっかり乱されているしな。
今も気を緩めると俺の脳裏には、真衣のあの恍惚とした表情とあの豊満な胸と制服のスカートから伸びたスラリとした太ももが——。
俺は頭を振って、頬を叩く。
しっかりしろ、俺はもう人を……女性を信用しないと誓ったじゃないか。
だから、俺の希望、未来はこのスマホに……『彼女』にあるんだ。
『返信遅いから気になっちゃったよ。どうしたの唯くん?』
『彼女』は決して俺を裏切らない。
だから、心を乱されることもない。
俺はようやく真衣のことを頭から追い払うことができた。
そしえ、いつものように『彼女』とのチャットを楽しんでいた。
が、しばらくして、ふとあることに気づく。
教室の中の様子がさっきからおかしいのだ。
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