第7話 大忙しの夕食

 本来なら、エラは今頃のんびりと焚き火をしながら酒と肴を楽しんでいるはずだったのだが、何故だか大忙しで調理をしていた。それもこれも、突然現れた腹ペコ男のせいである。その男はエラの右隣りに腰掛け、飲むようにしてソーセージを貪っていた。

 見知らぬ男を側に招き一緒に焚き火を囲むだなんて、不用心にもほどがあるとエラは重々自覚していた。しかし屈強な体をした男が恥じも外聞もなく、おそらく年下であろうエラに必死に懇願する様はとても哀れでならなかった。しかも懇願している内容が《ソーセージを恵んでくれ》というものなのだから、より一層哀れに思いエラはついつい男を招いてしまったのである。


「あの、そんなに慌てて召し上がらなくても。まだまだソーセージも焼きますし、他の料理も作りますから」


 腹ペコ男は、エラが夕食用にと焼いていたソーセージ二本をあっという間に平らげてしまった。結構大きめのソーセージだったのだが、男がそれを食べきってすぐ、彼の腹の虫がまだまだ食べ足りないと盛大に騒ぎ始めた。そんなに空腹ならばとエラは、確実に腹に溜まるような食べ応えのあるサンドイッチを作ることにした。

 昼間に焼いたバゲットまるまる一本に切れ目を入れ、たっぷりのチーズと共に焼いた分厚いベーコンとちぎったレタス、それから玉ねぎのスライスを挟み、塩と胡椒で味付けしたら、とろけたチーズとベーコンの肉汁がたっぷり詰まったボリューム満点サンドイッチの出来上がりだ。


「熱いですから、気を付けて召し上がってくださいね」


 エラがサンドイッチを手渡すと、男はありがとうと感謝を述べた後、すぐに豪快に齧り付いた。かなりボリュームがあるサンドイッチなのだが、男の食べる速度は全く落ちることがない。この様子ならば、きっとまだまだ満腹にならないだろうと思ったエラは、次に特大のオムレツ作りに取り掛かった。

 特大オムレツは卵六個に牛乳と塩胡椒を混ぜ合わせたものを、たっぷりのバターを溶かしたフライパンに流し込み、トロトロの半熟具合になるまで加熱したものをくるりと包むように返して焼き上げれば完成だ。

 エラはそのままオムレツを作り終えたフライパンにスライスをしたバゲットをみっしりと置き、軽く表面を焼き上げた。それらを木皿に積み上げたら、そこに丸のままのトマトと皮を剥いたニンニクも盛り付け、オムレツと一緒に男に手渡した。


「こんなに食事をご馳走してもらって申し訳ない。あなたの料理はどれもとても美味しくて、つい遠慮もなしに食べてしまった」


 無我夢中で食事をしていた男は、ボリュームいっぱいのサンドイッチを食べ終えたことで少し腹がくちくなったのか、はっと我に返りエラの夕食を沢山食べてしまったことを謝った。

 しゅんとした様子で謝罪する男の姿は、まるで悪戯が見つかって怒られ落ち込んだ大型犬のようで、なんだかエラはそれがとても可愛く思えた。


「最初はソーセージだけのつもりで、食べ終えたらすぐに立ち去ろうとしていたんだ。それだというのにあまりの美味しさに、図々しく他の料理も食べてしまった。本当に申し訳ない!」


「気になさらないでください。作った料理をそこまで褒めていただけて私も嬉しいですし、一人で食べるよりも誰かと食べると料理はより美味しく感じられますから。それに食べっぷりがとても宜しくていらっしゃるので、その分私も作り甲斐がありますわ。ですから、お好きなだけ召し上がってください」


 男は本気で申し訳ないと思ってくれているようだし、何よりエラは料理がとても美味しいと褒められたことが嬉しかった。エラは将来的に平民になっても困らないようにと、幼い頃から料理が出来るように躾けられ育ったが、彼女が腕を振るうのは祖父母のみだった為、他人から自分の料理を褒めてもらったことがなかった。祖父母は料理が失敗してしまった時も、とても美味しくできた時も、いつだって美味しいと褒めてくれるのだ。決してそれが嫌なわけじゃなく、祖父母の優しさがありがたいと感じていたけれど、でも心のどこかで自分の腕前は優れていないのではないだろうかと疑問を抱いていた。エラは料理を自分が好きな味付けで作っているけれど、祖父母はエラと味覚が近しいからそう思うだけで、他人が食べたら本当に美味しいと思うのだろうかと。

 だから他人である腹ペコ男から、こんなにも料理が美味しいと言ってもらえたことが嬉しかったのだ。


「本当にありがとう。ーーでは、あの、今更だけど、遠慮なく食べさせてもらおう。これはオムレツと。ーーえっと、このトマトとニンニクが同じ皿にのってるトーストは、どうやって食べるんだ?」


 まだまだ空腹だった男は、笑顔でエラに感謝を述べると、早速次の料理を食べようとしたが、ふとトーストされたバゲットと共に皿に盛られている何の調理もされていないトマトとニンニクを見つけた。トマトはそのまま齧るとして、生のニンニクは一体どうやって食べるのだろうか。まさか、これも齧るのだろうか。


「それはパンコントマテという料理です。トーストされたパンにニンニクを満遍なく擦り付けて、それから同じようにトマトも擦り付けたら、お好みで塩を振って召し上がってください。塩はあなたの右側の地面に置いてある瓶の中にあります。本当はそれにオリーブオイルを付けて食べるのですけど、今はありませんので、もしお気に召したら今度試してみてくださいね。それからパンコントマテはお酒によく合うのでワインもご一緒にいかがですか?」


 パンコントマテは食べる直前に自分で作る料理だ。パンにニンニクとトマトを擦り付けた簡単な料理だが、これがとても美味しい。ニンニクの風味とトマトの爽やかな酸味、オリーブオイルのコクと塩のしょっぱさが相まって酒が進む一品だ。

 エラは木のコップに冷えた赤ワインを注ぐと、私の好みで冷えてますがと言って男に手渡した。男はワインの入ったコップを側に置くと、エラに教えられた通りにパンコントマテを作った。それから出来上がったパンコントマテを左手に持ち、右手にワインの入ったコップを持つと男はパンコントマテを一口齧り、少し味わった後ワインを口に含んだ。


「本当だ!ニンニクの風味とワインがよく合う。これは良いものを教えてもらった」


 どうやらパンコントマテは男の口に合ったようだ。少し腹が膨れた男は、先ほど迄とは違い酒を楽しむようにゆっくりと食べ始めた。

 これでようやく一息つくことが出来たエラは、待ちに待った自分の夕食を作る為の材料を取りに丸太小屋の中へと向かった。

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