私が好きでしょ?

MURASAKI

はなさないで!離すもんか!

 突然のことで、わたしは驚いているの。

 ここは、どこ?


 子猫のにゃんこはまだ生まれて四カ月のおしゃまな女の子。さっきまできょうだいと一緒に寝ていたはずなのに、目が覚めたら段ボールに少しのごはんと一緒に知らない青い天井と見たことのない景色の中にいた。

 ほかのきょうだいも一緒にいたはずなのに、みんな知らないところに来た好奇心で、てんでばらばらになってしまった。


 みんなどこにいったのかしら?


 目の前に広がる緑の草原、水の中に草が生えていてぴょんっと目の前を通り過ぎていくに目を奪われたにゃんこは、残っていたごはんをいつも通り全部平らげて、ぴょーんと段ボールから飛び出してしまった。


 いつもいる籠の中よりも世界が広くて嬉しくて、ついつい遠くまで来てしまったにゃんこは、きょうだいにも会えずひとりでミィミィ鳴くことになった。


 おなかすいた、なんでママいないの? みんなどこ?? 寒いよ、寂しいよ!


 ミィミィ鳴いても誰も来ないので、とにかく進むしかないと意を決して前へ進んだ。途中でピョンピョン跳ねながら動くものを食べては眠り、たまったお水を飲んでは眠りを繰り返しながらずんずん進むと、猫のにおいがすることに気付いた。

 猫のにおいがする方へ進んでみると、大きな知らない黒い猫に出会った。


 ねえ、おなかすいたの。ここどこ? ママどこ?


 聞いても答えてくれない黒猫は、にゃんこをひと嗅ぎすると知らん顔をしてどこかに向かって歩き出した。大人の足は速かったけど、にゃんこはなんとか頑張って黒猫のあとをちょろちょろと走ってついていった。


 やがて黒猫は餌のにおいがする場所にやってきた。


 ごはん! ごはんのにおいがする! ごはん!!!


 テンションが上がって駆けずりまわっていたら、黒猫よりもずっと大きな生き物が現れた。にゃんこはこの生き物を知っていた。

 ニンゲン。

 ご飯をくれて、大きなあったかい手でなでなでしてくれる存在。知らないニンゲンだけどご飯が食べたいにゃんこは、黒猫のあとを追ってぴょーんと知らない部屋に飛び込んだ。


 自分でもびっくりして走り回る。


 なにここ、どこここ、しらないにおい! でもごはんのにおい!


 差し出されたご馳走に何の警戒心も持たず頭を突っ込んで一気に食べ切る。


 もっと、もっとちょうだい! これ、おいしいのよ!


 おなかいっぱい食べて冷静になってみたら、ちょっと怖くなってにゃんこはまた知らない部屋を走り回った。

 人間はにゃんこを掴んで洗おうとした。怖くてちょっぴりおしっこが漏れてしまったけど、それでも人間は嫌な顔ひとつせずににゃんこを抱きしめた。


 大きな大きな手でやさしく抱きしめられて安心したにゃんこは、ひと月ぶりに安心して眠ることができた。


 目が覚めると、知らない部屋の知らない籠の中だった。籠の中は生まれた時からの環境と同じだったため不自由も感じなかったし、安心できた。

 人間は知ってる人間よりもずっと大きくて、だけど知ってる人間よりもずっと優しくて、美味しいご飯を与えてくれるし一緒に遊んでもくれる。

 にゃんこは思った。


 こんなに良くしてくれるなら、にんげんはわたしのげぼくね!


 ママがよく話していた「人間は下僕だから可愛く翻弄してやるだけなの」という教えを思い出し、にゃんこはこっそりにんまりと笑った。それからは、大人しくしていたにゃんこは豹変した。

 下僕が何でも言うことをきいてくれるから、噛みついても大丈夫よねとばかりに血が出るまで噛みつく。容赦なく爪を出してひっかく。後ろ足でケリケリする。

 だけど下僕はいつもニコニコしながら「痛いからやめて」と言うだけ。


 いたいならはなしてあげるけど、わたしのことはなさないでね!


 だけど下僕はどこかに行ってしまう時間が長くなって、わたしの思い通りにならない時間が増えた。おしごとって何か分からないけど、ごはんを買うのに必要らしいことしかにゃんこには理解できなかった。

 そして今日も下僕と遊んでケリケリ引っかきから噛みついた。幸せな時間。


 もう離すもんか!

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