幻のトリーアエズ

仲津麻子

幻のトリーアエズ

太陽がにかたむいてきた。地平に薄紫をおびた雲がたなびき、アエズ星に夕刻が迫ってきた頃。


その雲の間をふわふわと移動している奇妙な飛行物体があった。


「アルドルノフ大佐! あれは? あの形はもしや 幻の……」

「ああ、トリーアエズか。珍しいな、まだ健在だったのか」


大佐と呼ばれた男は、上空をのんびり通過して行く物体を見上げた。

「第一次アエズ宇宙防衛軍の唯一の生き残りだ。あまり口に出さない方が良い」


「なぜですか、あんなに可愛いのに」

「可愛い? あれが?」


それは、まんまるいフォルムの機体の両側に、取ってつけたような短い三角の翼が生えていた。頭部には鶏冠とさかにもみえるギザギザのアンテナ。窓とおぼしき楕円形の強化ガラスには、黒い点の監視装置が二つと、その間に円すい形の突起物、実は二五ミリ機関砲が搭載されていた。過去形である。


アルドルノフ大佐には、奇妙な形だとしか思えなかったが、ミリア中佐にはあれが可愛いと見えるらしい。


女の考えは計り知れぬ。

アルドルノフ大佐は心の奥でため息をついた。


「あれは、表向きは星間連絡用に開発された宇宙船だが、実はステルス機能を搭載した無人戦闘機だった」


「まさか、あれがですか」

「ああ、二十年前は極秘だったが、今となっては笑い話でしかない」


戦闘機トリーアエズが開発された当時、アエズ星は近隣の星と紛争を抱えていた。

どこまでを自分たちの宇宙領域とするかで、それぞれの主張が違っていたのだった。


「我が宇宙防衛軍が惨敗したあの一ヶ月戦争を覚えているか? あの時に試験配備されたのだが、小回りがきくはずの小型機にもかかわず、あの通り移動に時間がかかりすぎて。使い物にならなかった」


「そうだったのですね。確かにフラフラ飛んでますね」

ミリア中佐は額に手をかざし、地平の向こうに消えて行くトリーアエズをながめた。


「投入された五十機のほとんどは破壊されて、残ったのがあの一機だけだ。当時アレは無いものとされた」

「ええ? そんな」


「上層部にしてみれば失敗作。汚点でしかないからな」

「成果を上げれば英雄。うまく行かなければ無いもの扱いか、厳しいですね」

「まあ、評価なんてそんなものだ」


ふたりはトリーアエズが消えた空を静かに見つめていた。


「取り敢えず、滅多に見られない幻の戦闘機が見られて良かったかな」

ミリア中佐がつぶやくと、アルドルノフ大佐は笑った。


「いつか孫でもできたら、自慢話になるだろうさ」


《終》

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幻のトリーアエズ 仲津麻子 @kukiha

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