第4話「少女と幼女は似て非なるもの」後編

「なにこの子かわいい~~!」


 静姉は突然出てきたミニサイズのユニコーンに大興奮。抱き着いて体を撫でまわしている。


「ニコォ~♪」


 ユニコーンも嬉しそうに尻尾を振っている。


「この子どこから出てきたの?」

「普通先に確認しない、それ」

「この子の可愛さに比べたら些細な問題でしょ。ちっちゃくて綺麗で、わたしの好みど真ん中よ。あーあ、うちがペット可の家だったら連れて帰るのになぁ」

「出所不明の幻獣を秒で連れ帰ろうとしないの。……まあ、出所は、わかってるんだけどね……」


 早乙女先輩がちらりと魔法陣を見る。

 どう考えてもこれが原因なのは明らかなのだが、以前と違って、先輩は何も唱えていない。

 冗談みたいな話だが、先輩の助けを求める声に反応したとしか思えないタイミングだった。

 だから先輩も、このユニコーンが自分のために来てくれたのだと思い込んでいるようで……。


「私のために来てくれたの? ふふ、ありがとね」


 そんな優しい言葉と共に、ユニコーンの頭を撫でようとした。


 ――が。


「ニコォーっ!」


 早乙女先輩が伸ばした右手は、ユニコーンにがぶりと噛まれてしまった。


「いったぁああああいっ⁉ ちょ、いまのガチ! ガチなヤツだった!」

「あははは、なにやってるのアヤちゃん。初対面の動物にいきなり頭に手を伸ばしちゃダメだよ。まずは背中やお尻の方から触って、ゆっくり慣れてもらわないと」

「いきなり抱き着いた静姉が言っても説得力ないだろ」

「タク、なんか言った?」

「何も言ってないであります!」


 適当に敬礼して誤魔化した。

 ツッコミを入れるだけでも一苦労だ。


「よ、よーし、じゃあ今度はお尻の辺りを……」

「ニゴっ」

「ぎゃあああああ――! ちょっと、まだ手を伸ばしてすらないわよ⁉」


 ……なに今のすんごい悲鳴。

 はじめて聞いた、早乙女先輩のあんな声。


「触るなってことでは? 先輩の下心が見透かされてるとか」

「私そんな変なこと考えてないわよ! オタクくんじゃあるまいし!」


 むっ。失礼な。さすがに馬に欲情するほど特殊な性癖はしていない。なにより、僕は小さいのより大きい方が好きなのだ。

 ……どこか特定の部位の話ではない。全体的な話だ。

 いや、この言い方も語弊があるかもだが、細かいことは抜きにしよう。


「あちゃー、アヤちゃん嫌われちゃったかー、かわいそうに。代わりにわたしが思う存分なでてあげるねーユニコ~」

「ニコォ~♪」

「それもしかしてこの子の名前? さすがに安直過ぎない?」

「わかりやすくていいじゃない。それとも後ろの三文字にする?」


 ……後ろの三文字? ニコ……あ。


「それはいけない。具体的には言えないけど、それはダメな気がする」


 なんで、と首を傾げる静姉に、僕はなんでもだ、と首を横に振る。

 わからなくていいことも、世の中にはあるのだ。


「――さて。なんだか話を逸らされた気がするんだけど、いい加減ちゃんと話してくれない、アヤちゃん?」

「うっ……べ、べつに話を逸らしたつもりはないんだけど……わかった、ちゃんと話すから、その子を大人しくさせて。今度は角で刺しそうな顔してて怖いの。お願いだから許して」


 鼻息荒く先輩を狙うユニコに怯える先輩。

 不憫でならないが、さすがに嫌われ過ぎじゃないか?

 伝承ではユニコーンは獰猛な生き物で、純潔の乙女……つまり、処女に対してのみ心を開くと言われている。

 伝説上の生き物なので、あくまでそういう話があるだけなのだが……だとしても、このユニコーンはまさしく物語から飛び出してきたかのような、非現実的……いや、幻想的なフォルムをしている。

 そもそも、出典によってユニコーンの姿形や特徴はまちまちだ。山のように大きかったり、それこそ今のユニコみたいに小さい場合もある。中には魚の尾が生えていたり、翼があったりもするらしい。

 いや、魔法陣から出てきた時点で普通も何もないか。

 これ以上はいくら考察したところで無駄かも。

 なにせ現実感が無さすぎる。

 単純にユニコの好みの問題だ、と言われた方がまだ納得できそうだ。


 僕が一人で考え込んでいる間に、早乙女先輩が静姉にこれまでの経緯を説明し終えた。

 もちろん、ビキニアーマーに関する騒動は伏せつつだ。

 早乙女先輩の胸を触ってしまったことが静姉にバレたら……僕は明日の朝日を拝めないかもしれない。


「……いつもなら、『ついに現実とラノベの区別がつかなくなっちゃったかー』ってあきれるところだけど、こうして実物を見せられたらねぇ……」

「私はちゃんと妄想と現実の区別ぐらいつけてるわよ」

「ほんとにー?」


 にたにたと笑う静姉。

 退屈だったのか、ユニコは静姉の腕の中からするりと抜け出すと、部屋の中を駆け回り始めた。パカパカと鳴る足音がなんとも可愛らしい。

 しかし、この部室にはユニコが伸び伸びと走り回るだけのスペースはない。

 ユニコは走っている最中に、勢い余って本棚にぶつかってしまう。


「あ、危ない!」


 ぶつかった衝撃で、本棚から本がばさばさと落ちてくる。


「ニコォ⁉」


 突然降ってきた本に驚いて、ユニコが後ろへ飛び退いた。

 すごい跳躍力だ。自分の体の数倍はジャンプしたぞ。


「あの身のこなし、さすがは幻獣種と言ったところかしらね」

「なんなんですか、その解説キャラっぽい口調。先輩がちゃんと本棚を整理しないからですよ」

「そんなこと言ったって……もうキツくて、あれ以上入らないよ……」


 先輩は瞳をうるうるさせて、上目遣いで言い訳をした。

 甘い吐息まじりの思わせぶりなセリフが、僕の性癖にダイレクトアタック。

 ……棚がキツくて本が入らないというだけのことを、なぜこうもなまめかしく言えるのか。

 ラノベで培われた萌えキャラへの解像度の高さを、こんなところで活かさないで欲しい。

 まったく、けしからん。

 録音しておけばよかった。


「じーーーーーーー……」

「うっ……な、なんだよ静姉」

「べつにぃー。タクはアヤちゃんに対してだけは、自分の欲望に正直だなーって」

「へっ⁉」

「そ、そんなことないって! 僕は紳士的なむっつりスケベだから!」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくない?」

「恥ずかしいに決まってるだろ! ――ってか今のは静姉が言わせたようなもんだろ!」

「わたしは欲望としか言ってませんー。タクは一体どんな欲望を想像したのかなー? んー?」

「ぐうっ……こ、この小悪魔め……!」


 ダメだ。これ以上は反論するだけ傷が増える予感がする。

 そこで沸騰したやかんのように赤面している先輩の二の舞になりかねない。


「そ、そうなんだ……私だけなんだ……えへへ」


 あぁ、先輩が満更でもない感じになってしまっている。これは誤解を解くのに苦労しそうだ。


 僕はひとまず落ちた本を本棚に戻そうと思い、しゃがんで本を拾い集める。

 ふいに、視界にユニコの尻尾が映りこんだ。何やら嬉しそうに尻尾を振っている。


「……ユニコ、何してるんだ?」

「ニコっ、ニコーっ!」


 一体何を見ているのかと思えば、先輩が資料用という名目で家から持ってきたライトノベルだった。表紙にはあどけない表情の、際どい格好をした少女のイラストが描かれている。

 どうやら、この少女のイラストを見て興奮しているようだ。


「『いもよめ』の良さがわかるみたいね。さすがは幻獣種といったところかしら」

「だから何なんですかその謎の解説キャラは。というか、先輩は幻獣のことをなんだと思ってるんです?」


 ちなみに、『いもよめ』とは『妹が前世の嫁だったので、今世でも嫁にします』、というタイトルのライトノベルの略称だ。

 ……イラストの善し悪しまでわかるとは。先輩じゃないけど、たしかにすごいかもしれないな、このユニコーン。


「『いもよめ』のミユちゃんが好きなら……ほらユニコ、『いもてん』のサキちゃんはどう?」

「……ニコ? ニ、ニコォー♡」


 えぇ……めっちゃ喜んでるぅ……。

『元聖女ですが、転生した勇者の妹に転生しました。〜魔族との戦争中ですが、兄妹仲良くスローライフを満喫します〜』、略して『いもてん』のヒロインであるサキに大興奮なユニコ。


「……頭がいいというより、性癖に正直なだけでは?」


 僕はいぶかしんだ。


 その後も、早乙女先輩のおすすめする少女キャラに、ユニコは終始メロメロで尻尾を振り続けた。

 特に反応を示さなかった作品もちらほらあったので、これらの反応を総合するに……どうやら、ユニコは幼い少女が好きなようだ。


 あれ、ということはもしかして――。


「静姉がユニコに好かれてるのって、身長が低いから……?」

「いやいやいや。いくらなんでもそんなワケないわよ。ねえ、ユニコ」

「ニコ?」

「よし、じゃあ試してみよう」


 僕はポケットからスマホを取り出して、とある写真を表示する。

 中学二年生とは思えない身長と豊満な胸を持ち合わせる僕の妹、大宅灯里の写真である。


「ほらユニコ。僕の妹はどうだ?」

「…………」


 無反応。

 やはりいくら年齢が若くても、大人びた女の子はダメみたいだ。

 次はもうすぐ二十歳になるというのに、身長が一五○センチにも満たない合法ロリの権化たる我が姉、大宅優香里ならばどうだろう。

 写真に写った大きめのテディベアを抱く姉さんの姿は、もはやどっちがぬいぐるみかわからない。


「こっちは僕の姉さんだ。どうだ、こういうのが好きなんだろユニコ」

「ニコー♡」


 確定だ。

 このユニコーン、ただのロリコンである。


「これじゃあユニコーンじゃなくて、ロリコーンだな」

「ぶっ……! ろ、ロリコーンって……ふ、ふふふっ!」

「アヤちゃんがめっちゃツボってる……」

「先輩って時々笑いのツボがおかしくなりますよね」

「しょ、ショウゴくんが変なこと言うから……あはははははっ! しょーもなさすぎっ。ひぃー、おなか痛い」


 自分で言っておきながらなんだが、さすがに笑い過ぎでは……?


 まあ、狙ってうまいこと言ったつもりなので、ウケたこと自体は嬉しいのだが。

 ここまで笑われると、一周回ってちょっと恥ずかしくなってきた。


「ニコッ、ニコォ……っ!」


 笑い続ける早乙女先輩を見て、ユニコは自分が笑われていると理解したのか、先輩の足に頭突きした。

 頭の上に生えた角が、チクチクと先輩の足に突き刺さる。


「ちょ、痛っ、痛い! ご、ごめんってばユニコ。もう笑わないからやめてー!」

「ニゴォー……ニコォオオオっ!」

「え……えっ、ええええええ⁉」


 怒ったユニコがいななくと、その体はぐんぐんと大きくなっていく。

 小型犬くらいの大きさだったユニコは、あっという間にサラブレッドと同じくらいの大きさになった。


「え、うそ、待って待って待って……⁉」


 ユニコは先輩の服を角で引っかけて、軽々と持ち上げた。

 暴れた先輩の服が破けて、ユニコの背中へと落下する。

 反射的にユニコのたてがみにしがみついたが、それがまたユニコには不満だったようで、先輩を振り落とそうと、まるでロデオマシーンのように暴れ出した。


「ヒヒィーーーン!」

「きゃああああああ! 降りるっ、降りるからじっとしてー!! てかお願いだから降ろしてー!!」


 先輩は振り落とされまいと、なおも必死にしがみつく。

 これがまた余計にユニコを興奮させてしまい、暴れ馬がより一層暴れ回ることに。

 これ以上騒ぎが大きくなれば、誰かが部室に来てしまう。そうなってしまえば、もうユニコのことを隠すことができなくなってしまう。


 ――というか、部室と先輩がもたない!


 本棚は蹴とばされ、机も椅子も吹き飛ばされた。

 このままでは、次は先輩が弾き飛ばされてしまう。

 どうにかしてユニコを落ち着かせなければ。


 でもどうすれば……そうだ、馬を落ち着かせる方法ならスマホで調べれば……って相手は馬じゃなくてユニコーンだぞ⁉

 一体どうすれば――。


「ユニコ、ステイ!」

「――――ッ!」


 凛とした静姉の一言で、暴走するユニコがぴたりと動きを止めた。

 静姉はゆっくりとユニコに近づいて、正面から鼻先へと手を伸ばす。

 興奮していたユニコはふんふんと鼻を鳴らし、何かを確かめるように匂いを嗅ぐと、静姉の手にすりすりと頭を擦り付けた。


「よしよーし……そう、いい子いい子」

「ブルルルゥ……」


 一人の少女と一匹の白馬が心を通わせ合う光景は、まるで物語のワンシーンのようで、僕は思わず見惚れてしまった。

 静姉が優しく頭を撫でてあげると、ユニコはその場にしゃがみ込んだ。

 これで一安心。もう大丈夫だ。

 先輩は息も絶え絶えにユニコの背中から転げ落ちると、部室の床に仰向けで寝そべった。


「し、死ぬかと思った……!」

「ナイスロデオでしたよ先輩」

「私、もう二度と馬には乗らないことにするよ……」


 ユニコーンを馬にカウントしてもいいのかどうかは疑問だが、まあこれはちょっとしたトラウマになってもおかしくはない。

 そんな先輩に追い打ちをかける用で申し訳ないのだが、僕はこの事実を先輩に伝えなければならない。


「早乙女先輩、パンツ見えてます」

「えっ⁉ ……ど、どさくさに紛れてじっくり見ないでよ!」

「じっくりとは見てません」

「でも見たんだよね?」

「はい。バッチリと」


 紺色だった。

 来週からテスト期間だが、きっと数学の公式よりもはっきりと覚えていられるだろう。

 ギルティっ、と叫びながら襲い掛かってくる先輩と取っ組み合いをしていると、


「イチャついてるところ悪いんだけどさー」

「「イチャついてない!」」

「イチャついてるじゃん……とにかくさ、この子をどうするか考えないと」


 小さくなったユニコを抱いて、静姉が心配そうに言った。

 たしかに静姉の言う通りだ。

 まさか体の大きさを自由に変えることができるとは想定外だ。

 ますますユニコの扱いが難しくなってしまった。


 このまま部室に放置するワケにもいかないし、召喚元へ送り還そうにも、その方法がわからない。

 前例として、ビキニアーマーが今もなおこの部屋に存在し続けていることから、ユニコも勝手に消えたりすることはないだろう。


 ――となると、残る選択肢は一つしかない。


「誰かが連れて帰るしかない、か」


 静姉がうなずく。


「さっきも言ったけど、うちはペット禁止のマンションだから無理」

「私の家は猫を飼ってるけど、そもそも私がすっごく嫌われてるから……」

「――ってことは、もしかしなくても」

「タクが連れて帰るしかないわね」

「そうなりますよねぇ……」


 そう。これが唯一の選択肢。

 僕の家に連れて帰るしかないのだ。


「問題は、この子が納得してくれるかどうかよね」

「賢いからねぇ。多分、ちゃんとご飯あげれば大人しくしてくれるんじゃないかな?」

「いや先輩。それよりもっといい方法があります」

「いい方法?」

「はい。静姉、ユニコ下ろしてあげて」

「いいけど……大丈夫?」


 僕は力強くうなずいた。

 静姉は不安そうにユニコを床に下ろす。

 僕はユニコの前にしゃがんで、至って真面目にこう言った。


「僕の家に来れば、毎日姉さんが可愛がってくれるぞ」

「ニコっ⁉ ニコォー♪」


 ユニコは大喜びで首を縦に振った。

 やっぱりただのロリコーンじゃないか。



「――話がきれいにまとまってオチついたー、みたいな空気を醸し出してるところ悪いんだけど……どうするの、この惨状」

「…………どうしよっか?」

「片付けるしかないですって」


 ユニコが暴れまわったおかげで、部室はぐちゃぐちゃに荒れ果てていた。

 僕と先輩は大きなため息をついて、渋々掃除を始めるのだった。

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早乙女先輩とオタクくん。~文芸部の魔法陣は異世界に繋がっているらしい~ 春待みづき @harumachi-miduki

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