本編

帰っていきなりの出迎えは母さんの揚げたて山盛りカキフライだった。

そういえばお祭りの夕食といえば定番でいつもこんな感じだったな。


熱々のカキフライで舌を火傷やけどしかけていると母さんが言ってきた。


裕介ゆうすけ。よかったら上に拓也たくやきちょるけ、夜祭に連れて行ってくれん?」


拓也は昔よく遊んでいた母さんの妹の息子で、今年10歳になる小学生だ。

確か以前には大病を患ってたはずだが、もう治ったのだろうか。


「いいよ、僕もせっかくならおみやさん見に行って来たいし」


階段を上がって元自分の部屋だった扉を開けると幼い眼がこちらを向いた。

子供の成長は早い、前に見たときよりずいぶん大きくなった気がする。


「ゆうにいちゃん」

「よっ、久しぶり」


家を出て橋を渡り、街灯が少ない薄暗い川のそばを通って神社に向かう。

空は曇っているのか月も星も出ていない……すぅっと暗闇に吸い込まれそうだ。


「寒い」


拓也はそういってマフラーを上げた。10月とはいえ今日は特に風が肌寒く感じる。

あれはコウモリのはばたく音だろうか、静かな道によく響き僕の心をざわつかせた。


大通りに出て坂を下っていくとようやく夜店の明りが見えてきた。

定番のたこ焼きや焼きそばにリング焼き、それに『いが餅』も売っている。

餡を餅にくるんで、ピンクや黄緑色に染めたもち米をまぶした広島の和菓子だ。


「何か欲しい物あったら買ってあげるけど?」

「帰りでええよ。それよりお宮さんで玉替たまかえしたい」


いが餅を売っている商店の角を曲がると大きな鳥居が見えてくる。吉浦八幡神社よしうらはちまんじんじゃ

尾根の丘の上に建てられた神社でアカマツやクロマツなどが黒々と繁っている。

山の下から百段ほどの階段を見上げると奉納の太鼓の音が聞こえてきた。


どん、どどんど、どん、どどん……どん、どどん、ど、どん、どん……


階段を上りきると前方に手洗い所、右手に鳥居と石畳。本殿はその奥だ。

今日は夜祭なので本殿には煌々と明かりがついている。


「拓也、手を離すなよ」


本殿へ上ると太鼓と見物客でここから溢れそうなくらいの人でごった返していた。

がっしりした身体つきの中年の男性が法被を着て一心不乱に太鼓をたたいている。

激しさのあまり手に持ったバチと太鼓の面には飛び散った血の跡が付く。


人込みの外をかき分けてやっとご本尊の前までたどり着いた。

賽銭箱にお金を投げ入れて参拝すると、お祓い棒で頭を払ってくれる。


「じゃあ、玉替えしよっか」

「うん」


賽銭箱から右に行くと巫女さんが座っていて、その前に小さな土団子が並んでいる。

玉替えとはお祭りの時だけに買えるくじみたいなもので、1個100円だ。

5個入りの袋なんかも売っている。


赤土を固めた土団子を割って中に1~6等の折りたたんだ紙が入ってれば当り。

もらえる景品はバケツやBOXティッシュなどささやかなものだが

拓也みたいに毎年楽しみにしている子供は多い。


「10個ください」


そういって千円札を出すと思いがけない言葉が返ってきた。


「裕介じゃない!」

「え?おまえもしかして中村か」


白衣に緋袴の巫女姿に身を包んだ女性は小中学時代の同級生、綾子あやこだった。

数年ぶりだけど変わってない……いや、髪も伸びてすごく美人になったな。

巫女衣装も似合ってるし、ほのかに化粧の香りもして凄くどきどきする。


「どしたん、まったくこっち帰って来とらんかったじゃろ」

「い、いや、ほら……ちょっと東京からだと遠いしさ」


もっと何か言うことがあるだろうと思うけど、彼女の前では全然言葉が出てこない。

昔からこうだった、好意を上手く伝えられなくてだいぶ酷いこともしてしまった。


「ゆうにいちゃん早く」

「わかったよ、すぐいくから」


拓也に促されて玉替えを受け取って本殿から出ようとすると綾子が耳打ちしてきた。

これちょっとやばいな。意識するなという方が無理だ。


「これ、おまけ。最初に開けて」


両手で左手をぎゅっと挟まれると、そこには玉替えの土団子がひとつ入っていた。

おいおいなんだろう?もしかしてもしかするのか⁉


外に出るとさっそく石畳の上で拓也が足で土団子を踏んで割っていた。

手だけでは割りづらいが、硬いところで力を加えると簡単に崩せる。

バキ…バキ…


「当たったか?」

「ううん、まだなんも出とらん」


僕はこっそり柱の陰でさっきもらった玉を足でゆっくりと踏み潰す……あった!

小さく折りたたまれた薄紙を広げると、書かれた文字が姿を現す。


「死」


普通は神社の印の上に等級が書いてある。でも4等の間違いってことはないよな。

くっそ、いたずらかよ。心底がっかりしていると拓也の大きな声があがった。


「やった!特等だ!」


特等?そんなものあったかな、と歩きかけて僕は石段の上に頭から崩れ落ちた。

体が石のように重い。もう手の指いっぽんすらろくに動かせない。


拓也に話しかけている綾子の澄んだ声だけがやけに良く聞こえてくる。


「えかったのぅ、これで病気も治るじゃろ」

「うん、玉替えに来てよかった!」


……そうか、か。

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玉替え 枠上人生 @twonine

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