第3話 鬼が出るか蛇が出るか⁉ 

「で、僕はどこへ行けばいいのさ」


 失恋直後の幼馴染とその彼氏と三人で下校。そんな地獄から逃れるために泥舟ことヒーロー部シグリの誘いに乗った僕。さて、鬼が出るか蛇が出るか……


「とりあえず、ヒーロー部の部室に来てほしいネ」


「ヒーロー部の部室? えっ? あるの? 本当にあるのヒーロー部?」


「もちろんネ。 ヒーロー部が無いと学園の平和が守れないヨ」


 さも常識のように語っているけど頭おかしいのかなこの子。いやおかしいのはなんとなく察していたけれど。とはいえ、ここまで自信満々に言い切ったんだ。学園の平和うんぬんは流石にあり得ないとしても、この高校におけるヒーロー部の存在自体は本当なのだろう。


「着いたネ! ようこそユースケ、ヒーロー部へ!」


 そういってシグリは僕を文芸部と書かれた部室へ案内してくれた。


「ってお前はどれだけ僕の期待を裏切れば気が済むんだぁぁぁぁぁ!」


「何で⁉ 何で怒っているネ、ユースケ⁉ 止め、止めるヨ! 肩を掴んでゆーらーさーなーいーでーヨー!」


 残像が見えそうな程ハイスピードで、僕はシグリの肩に置いた手を前後に振り続ける。クッソ、幼馴染に振られた怒りもコイツにぶつけてやる!


「あっ、もしかして部活の名前に怒っているのネ⁉ 違うヨ、ユースケ! 文芸部っていうのは仮に名前ネ! 部活申請のために適当に付けただけヨ!」


「いやそれはそれで全国の真面目に活動している文芸部に失礼だと思う!」


 とはいえ、納得が出来ない訳でもない。一応の納得をした僕は、シグリをエンドレスシェイクから解放する。


というよく考えたらヒーロー部とかいう訳の分からない名前の部活を普通に設立させる学校が母校だったらそれはそれで不安だ。


「そう! 文芸部というのは仮の姿ネ! この部活の本当の名前は……ATZ5ネ!」


「……うん? えっ、なに。エーケービー? ファイブ? もう一回言って?」


「だから、ATZ5ネ! エー! ティー! ゼット!  ファイブ! ヨ! 悪は! 絶対に倒す! ぜっ! の略称ヨ!」


「ぶはははははっ! なにそれ! 痛い痛い痛い! 痛すぎて笑いが止まらない痛さだよ!」


 自分の黒歴史は穴があったら入りたいほど恥ずかしく感じるのに、他人のだと苦しいほど笑えて来る。ヤバい笑い過ぎて床に転がっているよ僕! 勢いあまって部室の中まえ転がって笑えて来る!


「ヤバイヤバイ! 中二病患者でも、もう少しマシな名前を付けるよ! ATZ5? 誰だよそんな致命的にセンスのない名前を考えたの!」


「あら、センスが無いとは失礼ね」


 とそんな会話をしていると。背後から誰かの声が聞こえて来た。まあそんなの知らないけどね! とにかくストレス解消の意味を込めて、もう少し馬鹿にさせてもらおう。


「いやどう聞いてのカッコ悪いでしょう! 誰が付けたのか知らないけど、多分物凄いセンス無い人が名付け親なんでしょうね! アハハハハハ!」


「……ちょっと失礼するわ……よッ!」


「ゲフゥッ!!!!!!」


 突如僕の身体が浮き上がり、目の前に星が回る。えっ、どういう事⁉ 今僕どうなっているの⁉


「おぉ、凄いネ。トモミに蹴られたユースケが空を飛んでいるヨ」


「丁寧な解説ありがとう———がはぁ!」


 お礼を言う途中で、僕の身体が地面にたどり着いた。背中から床に叩き付けられ、激痛が走る。……けど、シグリのおかげで分かったぞ。どうやら僕は、トモミって人に蹴り上げられたらしい。どこの誰だか知らないけど、この落とし前は絶対に付けてやるからな!


「フッ、軽い蹴りだったな。これから本当の蹴りってもの見せてあげるよ。トモミさん」


「気安く下の名前で呼ばないでくれるかし……らっ!」


「ゲフゥッ!!!!!!!」


 はい、また蹴り上げられました! 鬼かなこの人?


「誰が鬼……よ!」


 という声とともに、地面にたどり着く前に三度蹴り上げられる。リフティング? エンドレスキック? 

 変人ことシグリに案内で文芸部(という名のヒーロー部)にたどり着いた僕は、あまりにセンスのない部活の正式名称、ATZ5を床に転がるほど笑っていたらトモミという人に思いっきり蹴り上げられた。三回も。


「でっ。貴女は一体何者なんですか。会うなり人のことを三度も蹴り上げるなんて。一体僕に何の恨みがあるんですか?」


 僕一応聞いてみるが、僕の記憶が正しければこの人の恨みを買った記憶なんてない。多分愉快犯なのだろう。そもそも、常に人に優しく生きていて暴言すら吐かない僕が誰かに恨まれることなんてあるはずないからね!


「こんにちは。アナタがさっき散々馬鹿にしてくれた、ATZ5の名付け親よ」


 ……あっ、これは殺されても文句が言えんわ。でも……。


「名前は高梨智美よ、まあ、もうすぐ人生とお別れになる人へ言っても仕方がないけれど」


 本当に殺そうとしなくてもいいと思う。ってあれ? 高梨智美って確か……。


「ちなみにトモミはこの学園の生徒会長で、理事長の孫でもあるネ。この部も智美が用意してくれたヨ」


「あっー! どこかで聞いたことがあると思ったら、生徒会長でボンボンの高梨智美さんか! あのお爺さんの権力を使って、何でも自分の思い通りにしちゃうって噂のワガママ生徒会長!」


 喉につっかえていた言葉が出て来たことに興奮し、思わず大声を上げる僕。目の前で足を組んで座る、長い黒髪を真っ直ぐに垂らしている女子生徒……生徒会長を指差す。


「あら、褒めてくれてありがとう。お礼にもう一度蹴り上げてあげるわ」


「すいません調子に乗りました許してください」


 光の速さで額を地面に擦り付ける。この人の蹴り、本当速いしに痛いし重いしで。もう一回喰らったら粉々にされそう。


「う~ん、ユースケ。ヒーローならそう簡単に頭を下げては駄目ヨ。もっとスーパーマンとしての自覚を持ってほしいネ」


「残念ながら、今の僕にあるのは弱者の自覚と生への渇望だけだよ」


 というか……。


「いい加減教えてもらいたいんだけどさ。そのヒーローって何さ。スーパーマン? ラグビー選手とかの隠語?」


「それはラガーマン、ネ」


 おぉ。この銀髪チビ、よくラグビーの用語を知っていたな。


「ヒーローはヒーローヨ。海外ではスーパーマンにスパイダーマン、日本でなら仮面を付けたライダーにウルトラなマンといったところを目指しているネ」


「ごめんハードル高すぎてラガーマンの方が全然簡単になれそうなんですけど」


 どう頑張っても僕には空を飛んだり身体から蜘蛛の糸を出したりはできないよ。


「別に特別な能力なんていらないヨ! ユースケみたいに、自分から人助けをしたい気持ちがあれば問題ないネ!」


「あ、ごめん。それが一番欠けているかもしれない」


 僕にそんな大層な信念はない。


「またまた~ヨ。ユースケは恥ずかしがり屋さんなんだからネ~。ね、トモミ?」


「そうね、恥ずかしがることはないわ。アナタは出来る子よ。えっと……優狩りメロン君?」


「一切名前も覚えていないのによくそんな褒められますね⁉ というか初対面!」


 流石、変人のシグリと行動を共にしていると思われる人だ。生徒会長、この人もなかなかの変人と見た。


「だって私はアナタに興味ないもの。可愛い可愛いシグリのために権力をフル活用してこの部室を用意、部員不足解消のために名前を貸しているだけでヒーローには詳しくないもの。それでえっと……サンタマリア君?」


「優介君! 最早原型が無い! というか覚えていてわざと言っているとしか思えない!」


「フフッ、よく聞くネ! トモミ!」


 そんな不毛な会話にシグリが割り込んでくる。いいぞ、むしろ僕抜きで会話を成立させてくれ。


「彼はユースケ! ヨシダユースケ、っていう名前ヨ! ウチの学校の二年生で、クラスはB! 血液型もB! 身長と体重は———」


「いや詳しすぎない⁉ 僕のファン⁉ サインいる⁉」


「別に欲しくないネ」


「ならどうしてそんなに僕に詳しいのかなぁ⁉」


「……ちょっと。あんまり私のシグリを怒鳴りつけるようなら……去勢するわよ?」


「罰重い! そしてごめんなさい!」


 鬼が出るか蛇が出るかって? 閻魔大王みたいなのが出て来たよちくしょー!

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大好きだった幼馴染に振られたので、正義の味方を目指します! 熟睡マネージャー @hayateli-

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