第2話  地獄 or 泥舟 究極の選択!!!

 なんだかよく分からない展開になった早朝が過ぎ。モヤモヤと考え事をしながら授業を聞き流していた結果、いつもより早く下校の時間になったように感じる。体感時間での話だが。今やっているHRが終われば、晴れて本日も下校の時間となるだろう。


「それじゃあ、今週までの宿題もしっかりと進めておくように。委員長。いつものを頼む」


 担任の教師が締めの言葉を言い、学級委員が起立からの挨拶コンボを指示する。それに全員が従ったところで、HRは終了した。


「はぁ~、やっと終わったな」


 僕が座っている席の真後ろから、気の抜けた声がする。僕は黙って振り返ると、その声の主……一応友人の平松俊平の方を見た。


「なんだよ、優介。俺の顔に何かついているか?」


「うん。今朝からずっと、キスマークが付いているよ」


「はぁ? お前何言って――」


「なんだとコラァ⁉」


 僕のボケに対して、当事者であるはずの俊平よりも大きな声で反応する人物がいた。僕と俊平は、同時に声を上げた人物……松岡一成に目を向けた。


「俊平! 貴様、俺っちと優介を裏切ったのかよ⁉ キスってことは彼女か! 彼女なのか⁉ かーのーじょーなーのーかー!」


「うるせえよ一成! キスマーク何て付いてねーだろうがよ! 優介の冗談だよ、冗談」


「そうそう。本当はキスマークじゃなくて、俊平の指に婚約指輪があってね」


「裏切り者は死刑じゃー!」


「うおっ!危ね⁉ てめッ、今の本気で殴りに来ていただろ⁉」


「当り前だろ! 俺っちと優介と俊平。童貞を卒業するときは三人一緒。そう誓い合った仲じゃないか! それを裏切ったんだ。俊平、お前にはそれ相応の罰を与える!」


「そんな誓いしてねーよ! つか、気持ちわりーだろ。なんで同時に童貞卒業しなきゃいけないんだよ」


 そんな感じで言い争っている友人二人を、冷たい目で見つめる僕。全く、いきなり喧嘩を始めるなんて何をやっているんだか、この二人。


「おいコラ優介。なに自分は関係ないって顔してんだよ。お前の冗談が原因でこうなったんだぞ」


「まだ話は終わっていないぞ俊平! さあ早く、お前の彼女の友人を俺っちに紹介するんだ!」


「しつこい! ってか話変わってんじゃーか!」


 とまあ、この後もこんなやり取りを繰り返すこと一五分ほど。ようやく一成の誤解が解けたようで、二人は落ち着きを取り戻した。


「なんだよ~。人が悪いぞ、優介。俺っち、本当に俊平が童貞を卒業してパパになっちまったのかと思ったぜ」


 さわやかな笑顔でそう話す一成。一応言っておくが、僕はそこまでの内容を話した覚えはない。


「ったく。なんか余計な体力使っちまったぜ」


 げっそりとした顔をしながら、俊平が鞄を手に取って席を立つ。


「あれ? もう帰るの、俊平。どっか寄り道していこうと思っていたんだけど」


「あー、わりぃ優介。俺これからバイトなんだよ」


「あっ、なるほど。じゃあ今日は、一成と二人か」


 そう言って僕は、自分の席まで鞄を取りに行っている俊平に視線を移した。


「おうよ。どこへでも行くぜい! ……って言いたいところなんだけど。俺っち、これから補習があるんだよね~。先週の課題出さなかったから」


「相変わらずだな、お前」


 俊平がジト目で一成を見るも、本人は全く意に介さずウィンクで返していた。メンタル強いなあいつ。


「てことは、今日は二人とも駄目か」


「そういうことだ。……というか優介」


「何さ?」


 俊平は一度僕から視線を外し、一成と何やらアイコンタクトしてから向き直って来た。


「お前最近、浮和と一緒に帰ること無くなったよな。この一週間くらい」


「そうそう。優介の幼馴染っていう浮和ちゃん。週のほとんどはあの子と一緒に帰って、俺っちがそれを睨みつけるのが恒例だったのに」


「いや睨みつけられていたの僕?」


 初耳なんですけどそれ。


「あー、まあ。確かに最近はあんまり会っていないけど、別に何かあったわけでは無くて」


「あれだろ。このところ噂になっていた、ラグビー部の先輩」


「それ俺っちも聞いた。ついに付き合いだしたんだってな、あの二人」


 まじかよ。アキとあの先輩の関係って、そんなに有名だったの? 僕毎日一緒にいたのに、全然気が付かなかったんだけど。


「にしても、まさか本当にカップル成立するとはな。優介が何も言わないから、いつものように告られた浮和が振って終わりって展開かと思ったんだが」


「……僕もそう思っていたよ」


 スッと俊平たちから視線を逸らし、鞄を手に立ち上がる。これ以上ここにいても仕方がないし、今日は帰ろう。なんかイライラしてきたし。


「じゃあ、僕は帰るよ。二人とも、バイトと補習頑張ってね」


「あ、ああ」


「おうよ」


 僕は極めて冷静な顔で二人に声を掛けると、そのまま教室を後にした。


『や、やばいな優介の奴。今の表情、半ギレってレベルじゃなかったぞ』


『そりゃあまあ、幼馴染が寝取られたんだからな。俺っちなら富士の樹海へまっしぐらって位ショックだよ』


 僕が教室から去った後、背後で俊平と一成の声が聞こえたけど。多分僕の事ではないだろう。僕のポーカーフェイスは完璧なはずだし。


「さて、真っすぐ帰ってどうするかな」


 正直家に帰っても、やることが無くてつまらないっていうのが本音だ。少し前ならアキとどっちかの部屋で遊んでいたのだけれど、もう無理だしな。特にやりたいのもないけど、ゲームでもしようかな。


「ただ、その前に……」


 僕は真っすぐと玄関へ向かっていた足を止めて、おもむろに背後へ振り向いた。その瞬間、サッと素早い動きで物陰に姿を隠す人の影が見えた。


「やっぱり、勘違いじゃないみたいだね」


 最初に違和感を覚えたのは昼休み。俊平や一成と学食で食事をしている最中から、何か視線を感じるようになった。その後も、短い休み時間になるたびにどこかから見られている感覚がしていたのだ。そして、今まさにその正体と思われる人影を発見した。


「となると」


 行くしかないよね!


 僕は振り返っていた体制を戻すや否や、全速力で廊下を駆け出した。


「ッ⁉」


 僕の背後からも、同じように走って来る音が聞こえる。よし、引っかかったな!


 僕はスピードを落とさずに階段を駆け下り、曲がり角を過ぎたところで足を止めた。ここなら後ろの奴には見えないはずだし、待ち伏せして正体を掴んでやる。


 まあ多分、クラスの男子か友人が悪戯でやっているだけだろうけど。ここは乗ってやろう。段々とし音が近づいてくる。思ったよりも遅い動きのようだが、僕のいる所まであと少しという感じだ。もうちょっと……もうちょっとで……。今だ!


「バァ! 残念、気づいているよ———」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 僕が曲がり角からバッと出て行き驚かせようとした瞬間、僕を付けていた人……今朝会ったシグリとかいう女の子が僕の言葉をかき消すほどの絶叫を上げた。


「ビビビビビ、ビックリし……ゲホ、ゲホ! あっ、息。息が……」


「わわっ、大丈夫⁉」


 驚いた女の子は、四つん這いになって咳込み苦しみ始めてしまう。何か釈然としないとはいえ、僕のせいであるため背中をポンポンと叩き、息を整える手伝いをする。


「あ、あり。ありがとう、ネ」


 まだ少し息苦しいのか、たどたどしい言葉遣いになりながらも女の子はお礼を言って来る。変な発言を繰り返している割には、意外と常識があるんだな。


 と、僕がそんな事を考えている内に女の子はようやく落ち着いたのか、一度深呼吸をしてから立ち上がり、改めて僕へと向き直った。


「ユースケ! 話があるネ!」


「何でしょうか?」


 非常に面倒だが、とりあえず応対することにする。もしかしたら、改めて僕へと告白するかもしれないし、ここは冷静に行こう。冷静に、冷静に……。


「シグリのいる、ヒーロー部への入部を早く決めて欲しいヨ! 今朝入部したそうな顔をしていたし、問題ないよネ? だから部室まで着いてきて欲しいネ」


「誰がいつ入部したそうな顔をしたんだよ! 問題大ありじゃボケェ!」


 うん、もうこのシグリとか言う銀髪ガールに男女の関係を期待するのは止めよう。


「どうしてネ⁉ 今朝のユースケが見せた行動は、正義の味方そのものだったヨ! ユースケはヒーローになる素質があるネ! これはもう入部するしかないヨ!」


「話が急展開過ぎて着いていけないんだけど⁉ というか、猫を助けるくらい誰でもしているでしょ⁉」


「そんなことはないネ。あれは立派だったヨ。それにユースケの顔はヒーロー向けネ。任○堂に登場する赤いつなぎを着た配管工のヒーローにそっくりヨ!」


「それ全っ然! 全く! これっぽっちも嬉しくないからな! むしろ嫌がらせに近い発言だよそれ!」


 僕ってあんな鼻デカくて、ちょび髭の容姿していたの⁉ 最近鏡も見ていないから、いつの間にか老けていたのかな……。


「まあ、顔については冗談だけどネ」


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 なんなんだよ、こいつは! 会話しているだけで疲れるわ。何とかして、こいつから逃げないと。これ以上いたら怒りで欠陥が切れそうだ。


「あれ? 優君?」


 そんな感じで、女の子からどうやって逃げるのかを考えていた所に、突如名前を呼ばれた。このとても耳馴染みのある声。これは……。


「……アキ」


「うん。なんか久しぶりだね、優君」


 僕とシグリの会話に割り込んできたのは、浮和秋音。僕の幼馴染で初恋の相手で告白する前に失恋をした相手で……。とにかくまあ、今一番会いたくない人ランキングの一位を飾る人物だ。


 しまった。廊下でグダグダしていたせいで、アキと鉢合わせてしまったのか。こんなことなら、着いて来る奴なんて無視してダッシュで帰宅すればよかった。


「えっと。その子は知り合いなの? 優君」


「……うん、まあそんなところ。とりあえずは気にしないで」


 アキが来たことがお気に召さないのか、僕の腕をグイグイと引っ張るシグリを見て、アキが不思議そうに尋ねる。本当に気にしないで欲しい。


「…………」


 う~ん。いつもならアキと二人になると、僕が適当な話題を振って会話を広げるんだけど。さすがに今のアキ相手だと、話すことが見つからないな。


「うん? どうしたの優君。何か考え事でもあるの?」


 自分を目の前にしても黙り込んでいる僕を見て不思議に思ったのか、アキは下からのぞき込むように僕の顔を見つめて来る。


(……吹っ切ろうとしているとはいえ、まだ一週間。この距離感はドキドキするな)


 清楚さが目立つ真っすぐストレートな黒髪から放たれている甘い香り。一点の曇りもない真っ直ぐな瞳。バランスの良いスタイル。幼馴染のひいき目も入るだろうけど、まさに完璧な美少女だ。


「優君? 大丈夫? 体調でも悪い?」


「い、いや。平気。それよりもアキ。そっちは一人なの?」


 近くにあのイラつくイケメンがいるかどうか確認するため、それとなく聞いてみる。もし一人なら、久しぶりに一緒に帰っても……。


「うん、今はね。啓太先輩がクラスの用事で少し遅くなるって言っていたから、図書室に行って待っていようとしているの」


 はい、会心の一撃が入りましたー。やっぱりアキは、今日も大好きな彼氏と一緒に帰るようです。へいへい、僕みたいな下級男子が夢を見て悪かったですね!


 とまあ心の中で悪態をついていたため再び黙り込んだ僕の様子がまた気になったのか、今度もアキは心配そうな顔を見せる。


「……ねえ優君。最近、ちゃんとご飯食べている? 朝も起きられている? このところ、朝迎えに行っても出て来ないから。心配しているんだよ」


「いや子どもじゃないんだから。そのくらい問題ないよ」


 と、本来なら心の底から言いたいところだけど。これはほぼ嘘の言葉だ。両親が泊まりで働くことの多い吉田家は、基本僕が一人で過ごしていることが多い。そんな僕を心配したアキは、朝僕を起こすだけでなく朝食を作ってくれたり、夕食に招待してくれることが多々あったのだ。


 ただそれも、アキに彼氏が出来たと分かった一週間前からは一度もない。朝はアキを避けるように早くから登校しているし、夕食は基本学校で会って約束をする形だから学校で会わないようにしていれば食べに行く機会も生まれない。長々と頭の中でしゃべって、何が言いたいかって? 要するにこの一週間、僕は朝は食べない、夜はカップ麺の生活を繰り返しているってことさ! ……そんなわけで、ちょっぴり罪悪感のある一言です。


「う~ん、それならいいけど……」


 僕の言葉をいまいち信用できないのか、アキが歯切れの悪い返事をしてくる。


 なお、今の今まで存在を忘れていたが。未だ僕の周りをうろちょろしている、シグリとかいう女の子がグイグイと腕を引っ張ってきて邪魔をしてきたため、デコピンの刑に処した。あうっ! という小さい悲鳴を上げたシグリは、涙目になりながら僕を睨みつけて来る。ここは僕もメンチを切り返して応戦したいところだったのだが、それよりも早くアキが口を開いた。


「ねえ優君。今日、久しぶりに一緒に帰らない?」


「えっ⁉」


 突如アキから、嬉しくも戸惑いの残る提案が出された。一緒に、帰る? そりゃあもちろん、僕は全然かまわないのだけれど……。


「え、えっと。アキ、その。……あの先輩はいいの?」


 返事をする前に、これだけは聞いておかなければならないため、おずおずと尋ねる。


「うん、啓太先輩ならきっと、話せば分かってくれると思う」


 それってつまり、今日は彼氏の貴方ではなく、幼馴染の優君と帰りたいって言って理解してくれるってこと? ……意外と良い人なのかな、あの先輩。


「ま、まあそういうことなら……」


「良かった。久しぶりに、優君も一緒に帰れるね」


「う、うん」


 アキの言葉にちょっと違和感を覚えたが、まあいい間違いだろう。正しくは優君も、ではなくて。優君と、なはずなのに。相変わらず、時々おっちょこちょいだな、アキは。


「それじゃあ、少し待っていてね優君。今、啓太先輩に、優君も入れて三人で帰ってもいいかメールで聞いてみるから」


「りょうか——ちょっと待った」


 今この子、何て言った?


「どうしたの、優君?」


「いやあの、一応確認しておきたいんだけど。僕とアキが、一緒に帰ってもいいのか確認をするんだよね?」


「うん。私と優君と啓太先輩の三人で帰ってもいいのか、聞いてみようと思っていたんだけど……」


 うん。頭おかしいのかな、僕の幼馴染。誰が行くかよ、そんな生き地獄の下校ルート。……いやまあ、アキは僕が彼女に好意を抱いているなんて知らないだろうから、純粋に友だちを連れていくのと同じ感覚何だろうけど。僕にとってそれは、拷問に等しい行為であってだな!


「あー、その。ごめんアキ。やっぱり僕」


「ねえ優君。私、優君の事が心配なの。最近は啓太先輩と過ごしてばかりで、優君と一緒にいる時間が減っていたから。何も用事が無いなら、心配症な幼馴染を安心させるために、少しだけ一緒にいようよ。ねっ?」


「………………」


 ここまで言われると、こっちも無下には断れない。それに本当に僕の事を心配しているのであろう。不安げな瞳で、アキは僕を見上げている。……これは、我慢していくしかないのかな。本当に用事でもあれば断れたのだけれど、嘘をついて、後でバレて。アキが悲しむのは見たくないしな。腹をくくるか。


っと、その前に。


「いい加減、鬱陶しいんだけどなぁ!」


「あうっ!」


 僕は再び、先ほどから僕の肩をポカポカと子どもの様に叩いてくるシグリのおでこにデコピンを食らわせた。小柄なシグリだから力は大したことないんだけど、こう何度も続くとイライラしてくる。


「ひ、酷いネ、ユースケ。二度もシグリに暴力を振るうなんて鬼ヨ」


「それを言うなら、僕を何度も叩いていたシグリは何なのさ。阿修羅?」


「シグリの事を無視するユースケが悪いネ。今だって、先に会話をしていたシグリの事を放っておいて、あの女と楽しそうに話していたヨ。不公平ネ!」


「なんで十数年来の付き合いがある幼馴染と、突然絡まれた会ったばかりの変人を公平に扱わなきゃいけないんだ……」


 あれ? そういえばコイツ、さっき部室に着いて来いとか言っていたよな。それって今からの事だよな。これはもしかして……使えるかな?


「おっ、いたいた。おーい、アキちゃん」


「あっ、啓太先輩」


 とここで、クラスでの用事とやらを終えたカッコいいカッコいい、それはもうカッコいい彼氏さんがアキの方へと近付いて来た。そいつはアキの至近距離まで行くと、なんか男としてイラっとくる笑顔でアキに笑いかけた。


「ごめんな、待たせて」


「ううん、平気。優君とお話していたから」


 アキがそう言うと、啓太とかいう先輩は一瞬面白くなさそうに僕の方を見たが、すぐに勝ち誇った気持ちを少し込めた顔付きに変わり、僕へと話しかけて来た。


「ありがとうな、優君。俺のアキが退屈しないようにいてくれて」


「……いえ」


 お前が優君とか言うなよなんだこいつ、腹立つな。別にお前のためにアキと話を

していた訳じゃないし、そもそもアキはお前だけのものじゃ無いんだよ。あと——


「ねえ啓太先輩。今日は優君も一緒に帰っちゃ駄目かな? 三人で帰るの。どう?」


 って、やばいやばい! この天然ガール、もう爆弾発言をしているよ。さっきまでならいざ知らず、誰がこんな見ているだけで腹が立つエセ体育会系の売れないホストみたいな男と一緒に帰るかよ。絶対にごめんだ!


「優君も一緒に? そうだね。……俺は別に構わないけど……」


 きみはそれでいいの? 空気を読まなくてもいいの? 的な表情で僕を見るエセ体育会系先輩。心配しなくても、空気を読む前に本心で断ってやるよ。


「いいでしょ、優君。私も久しぶりに、優君といたいし。それに——」


「ごめんアキ! 忘れていたんだけど、実は僕これから、この子に用事があって」


 そう言って僕は、さっきから背中をポカポカと殴って来るとてもウザい盾……じゃなくて、救世主を指差した。


「へっ? シグリネ?」


「うん。僕と行くんでしょ、何とかっていう部活の部室」


「ユースケ、シグリと一緒に来てくれるの?」


「まあ、乗りかかった船だからね」


 この胃に悪い状況を乗り切るためなら、どんな泥舟にだって飛び乗ってやるさ。もちろん、沈没する前に脱出するけど。


「という訳でアキ。悪いけど、僕はこれで失礼するよ。じゃあ行こうか、シグリ」


「うんネ、ユースケ」


 僕の言葉合わせて、シグリが腕に飛びついてくる。うん、歩きにくくてウザいけど、この場を切り抜けるためにも我慢だ我慢。とにかく今は、ここから立ち去ることを大前提に考えよう。


「あっ、ちょっと。優君!」


「駄目だよ、アキちゃん。彼にだって彼の付き合いがあるんだから。無理強いは良くないよ」


「でも……」


「ほら、それよりも。今日は約束していたクレープを食べに行く日だろ? 早く行かないと無くなっちゃうよ」


 と、そんな会話を背に僕とシグリは立ち去って行く。僕を呼び止めようとしたアキを止めてくれたことには感謝しておくよ、売れないホスト先輩。クレープを喉に詰まらせてむせて、鼻からクレープを出して振られてしまえ。


「……ユースケ、何かゲスっぽい笑い方をしているネ?」


「失礼な。ちょっとコミカルな場面が頭に思い浮かんで、笑っていただけだよ」


 ぜひとも現実で見てみたい情景だったよ。


「それにしても、なんか腹の立つ笑顔の男だったネ。ユースケの知り合いなノ?」


「会うのは二回目かな。知り合いのカテゴリーには入れたくないけどね」


 どうやらこいつは、僕と似た感性を持っているらしい。あの恵太とかいう男への印象が同じだ。こんな変な奴とだから、全然うれしくないけど。


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