第1話 変人を助けてヒーローに……なるかぁ!!!

 まだ少し、肌寒さすら感じる早朝。僕は一人で、通学路を歩いていた。

 見渡せど見渡せど、周囲に人の姿は見えない。もう一週間こんな早い時間から登校をしているが、人に会う事はほとんどない。時たま、仕事に向かうサラリーマンの方や暑い時間を避けて犬の散歩をしている人と遭遇するくらいである。


「ふわぁ~、眠い」


 欠伸を隠すような真似はせず、大きな口を開けつつもポケットに手を入れたまま歩き続ける。どうせ誰も見ていないんだ。別にいいだろう。


「しかし、いい加減怠くなってきたなこの生活」


 決して朝に強い方とは言えない僕が、わざわざ人の少ない早朝に登校をしている訳。これには深い理由がある。そう、実は僕こと吉田優介は吸血鬼であり、日の下に出ると体が灰になってしまう体質なのだ!


「……とか、心の中でボケても仕方ないか」


 今度は欠伸ではなく、ため息で口を開いた。早い時間とはいえ、七月だから白い息が見えることはない。ただただ、僕のため息の音だけが耳に入って来るだけだった。


「でもまあ、この時間ならアキに会う事もないだろうしな」


 そう言いながら、僕は一人の女の子……幼馴染である、浮和秋音の事を思い浮かべた。小さい頃、結婚の約束までした幼馴染。つい一週間前まで、一緒に登校し一緒に下校しと常に時間を共にしてきた、僕の想い人。それがまあなんと。


「よりによって、あんないけ好かない男と付き合っているなんてな」


 吸血鬼だとか、そんな恰好が良い理由ではない。僕は人に会わない……いや、惨めにも敗れ去った片想いの相手に会わない為だけに、朝早くから登校しているのだ。


「本当にもう。小さい男だな」


 何もかも嫌になりながら、ふと自分が校門をくぐっていることに気が付く。いつの間にか学校に着いていたらしい。校舎へ向かうまでの道のりを彩っている、春には咲いていた桜の木々が視界に入って来た。


「さて、こんなに早く来て何をしていようかね」


 特に意味もなく、立ち並ぶ多くの木を見つめながら呟く。昨日まではロッカーに持ち込んでいた漫画を読み漁っていたけど、それも飽きて来た。何か面白い事でも起きないかな。

なんて思っていたその時。


「えっ?」


 何気なく見ていた木の中の一本。ちょうど僕の真横にあったその木の上に、人影が見えた。こんな早い時間に木登りをしている人が居るはずないという思考と、自分の目で確かに見た人影と言う情報が錯綜し、混乱してくる。


「いや、でもやっぱりあれは……」


 もう一度、目を擦ってから木の上を見上げる。そこにはやはり、一人の人間……ウチの制服を着た女子生徒がいた。太目の枝に足をのせながらも安定感が無いのか、木の中心部分を不安そうに抱き込んでいた。よく見ると、足がプルプルと震えている。やっぱり、見間違えじゃ無かった。木の上にいたのが女子生徒だったことは気が付かな———って⁉


「キャァ―――――――――――!」


「待った待った待った待ったぁー!」


 何を考える訳でもなく、ただ反射的に木の下に滑り込む。理由は簡単。今まさに存在を発見した木の上の女子生徒が、足を滑らせて落下したのだ。


「グフゥ――――!」


 無心でスライディングした直後、手を添えていた腹部辺りに衝撃が走る。重い! 人間って重い! いや僕も人間だけど。


 なんて、割と衝撃的な場面なのに余裕あるな僕。そう思いながら、なんとか地面に直接落下という事態から救い、未だ抱きかかえたままの女子生徒に目を向ける。


「……………………」


 木の上から落ちた女子生徒は、目を瞑ったまま両手をギュッと胸の前で握りしめていた。そりゃまあ、そうなる位怖いよね。しかしやがて、あまり痛まない身体に

違和感を覚えたのか、そーっと目を開いた。


「……な、何がったのネ」


 女子生徒は不思議そうに首を傾げたあと、ハッと自分を抱きかかえている僕の存在

に気が付いた。慌てたような反応で、少し大きめの声を上げた。


「あれ? もしかして、助けてもらったネ?」


「う、うん。そうなる、かな」


 助けた、という言葉が無性にくすぐったくて返事に詰まる。というか、この女子生徒が思った以上に可愛くて緊張してきたというのが理由か。


 日本人離れした明るい銀髪。顔立ちからして、恐らく外国人なのがうかがえる。でもタレ目ながらパッチリとした瞳に、透き通るような白い肌は国籍など関係なしに可愛く見える。そして僕が潰されないくらいには細身で小柄あるのに、女性特有の一部部分のみはふっくらとしている身体付き。……って最後のは可愛い関係ないか。非常に重要な要素ではあるけれど!


「と、とりあえずありがとうヨ」


 興奮や動揺が収まったのか、今度は女子生徒から小さい声のお礼が聞こえてきた。


「いや、それは全然。たまたま近くにいただけだから」


 謙遜ではなく、本音でそう返す。実際、僕が彼女を見つけたのは偶然木を見ながら歩いていたからだし、彼女の落下に間に合ったのもちょうど彼女が上っていた木の横にいたからだ。


「……たまたま……近くに」


 僕の言葉が気に障ったのか、女子生徒は同じセリフをポツリと呟いた。やばい。なんか地雷でも踏んだかな?


「そ、そういえば。どうして君は、木の上なんかにいたの?」


「……あっ、そうだったヨ!」


 僕の言葉を聞いた女の子は、何かを思い出した様に僕から離れると、木の上に目を向けた。そして一度深呼吸をした後、再び木に登るべく枝に手を伸ばした。


「待った待った。また登るの?」

「そうネ。あっ、ちょっとの間向こうを向いていて欲しいヨ。……スカートを押さえながら登る余裕がない……ネ」


 語尾を弱々しくして、頬を赤らめながらスカート抑える女子生徒。


「いや、どうしてそこまでして気に登りたがるのさ。木登りが趣味って訳でもないんでしょ?」


「そ、それはもちろんヨ」


 僕の言葉を聞いた女子生徒が、木の上に向かって指を差す。その方向に従って視線を動かすと……。


「もしかして、猫?」


「……そうネ」


 彼女が指差した先には、木に上から下りられなくなっている子猫がいた。なるほど、あの子を助けようとしていたのか。


「そういうことなら、ちょっと待っていてね」

「えっ?」


 彼女が疑問の声を上げる中、僕は颯爽と木に登って行く。ふふ、これでも男の子。木登り位朝飯前さ。

 

 さあ、もう少しで猫のいる所まで……いや高けぇ! ここめっちゃ高い! この猫、まだこんな小さいのにここまで来たのか⁉ 凄いな、お前! 僕もう怖くて身体プルプル震えているよ⁉ あの女の子と同じ状態だよ⁉ とりあえず、お前早くこっちに来い! そうそう、僕の腕の中で大人しくしていてくれよ? さて、後は帰るだけだけど……。怖い! 登るよりも怖い! 片手が使えないし、ここは慎重に……ってうおぅ! 足滑らせるところだった! もっと慎重に、ゆっくり、ゆっくり、もう少しで……よし!


「ふぅ、まあ、軽くこんなもんだよ」

 華麗な動きで木に登り、スムーズに降りた僕は、爽やかな声と共に女の子の前に戻って来た。


「ほら、もう登っちゃ駄目だよ」


 その後、抱いていた子猫を優しく開放する。……さて、めちゃくちゃかっこ悪い感じで登って降りたから、とりあえずカッコ付けていたけど……呆れているかな、この女の子。と、不安げに視線を向けると。


「…………………………」


 なんか無言でこっちを見ているんですけどぉ⁉ 

 

 何? あまりのヘタレさ呆れたとか? いや、それにしては頬が赤いな。見た目は情けないとはいえ、猫を助けたんだし僕に惚れて言葉も出ないとか? それならそれで良いんだけど、それにしてもこの沈黙は——


「……ついに、見つけえたネ」


「はい?」


 女の子の言葉の意味が分からず、首を傾げる。見つけた? 何を?


「えっと。見つけたって、何か探していたの?」


「そうネ。ずっと探していたヨ。君みたいな人を」


 真剣なまなざしでそう口にする女の子。おっと。これはもしや、告白的な何かか? 

 

 まあ確かに、困っている猫を助けるため、颯爽と木に登り華麗に救い出した僕のカッコよさに惚れるのは無理ない話だ。けど、まだお互いの名前も知らないし……。


「シグリは、シグリ・シーシキンっていうネ。君は何て名前ヨ?」


「僕? 僕は吉田優介だよ」


 あれ? なんか僕が名前の事を考ええていたら、突然自己紹介してくれたぞ? 以心伝心じゃん。付き合う前から愛称ばっちりじゃん。これはもう、乗るっきゃないね!


「それでヨ。シグリ、ユースケに伝えたいことがあるネ」


「うん。どうしたの?」


 息を整えながら、告白の受け答えを考える。オーケー! いいよ! う~ん。単調過ぎてつまらないと思われるかもしれないな。同じ墓に入ろう? 毎朝味噌汁を作ってくれ? いや、これはプロポーズだし、しかもする側か。なんかこの前もこんなこと考えたな。進歩しろ僕の脳みそ! 


……さて、ここはどうするのが正解か……。っ⁉ そうだ!


「ユースケ。シグリと一緒に、正義の味方を目指して欲しいネ!」


「うん、僕が一生君をまも——はぁ?」


 今、何かおかしなことを言われなかったか? 何? 正義の味方? 彼氏じゃなくて?

「ねえシグリさん。今なんて言ったの? もう一回言ってもらってもいいかな?」

 大丈夫。きっともう一度聞けば、僕への愛の言葉を囁いているように聞こえるはずだ。そうに違いない。そうであってくれ! 頼む! 失恋後の僕には、君の様な可愛い彼女が——


「ユースケ。シグリと一緒に、正義の味方に……ヒーロー部に入って欲しいネ!」


 何なんだよもう~! 全然告白じゃないじゃん! 何さヒーロー部って! 意味わからんわ! とりあえず!


「いやでーす!」


 これいじょうこの子……シグリとやらと関わるのは止めよう。いやな予感しかしない。そう思った僕は、一言叫んでから校舎に向かって全力疾走した。

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