第9話

 水上で出会ったのは圭太であったと、その事実を知った母の驚きと落胆を思い出すと、亜矢はつい意地悪な笑いがこみ上げてくる。

 

 亜矢の結婚に関するゴタゴタは、結局親子それぞれの自立のためのものだったと、亜矢は思っている。

 だからこそ、まず来月に控えた結婚式から母離れをしようと、圭太と二人で事をすすめると決めた。

 

 今日は亜矢だけで、結婚式用の買い物に銀座に来ている。朝からデパートを歩き回って、様々なものを買った。

 四丁目の交差点で圭号待ちをしているとき、ふとのんびりとした気分になった。

 十年以上、きっちり勤めてきた亜矢にとって、平日の午後を、都内でこんなふうに過ごすにはめずらしい。

 

 そう思ったとき、交差点を亜矢とは反対に渡っていく二人に、亜矢の視線は吸い寄せられた。


 一人は、長い白髪は後ろでまとめ、いつもとは違うさっぱりとした雰囲気をただよわせている。服装もサラリーマンのそれとは違うがきちっとしたスーツで、アート関係者という感じだ。


 浅川だ。そしてその浅川と、親しげに肩を並べているのは、――圭太だ。

 なぜ、圭太と浅川がいっしょにいるのかということよりも、亜矢は別の意味であっと声をあげていた。

 

 はじめて浅川に会ったとき、誰かに似ていると思った。その誰かが、今わかったのだ。

 似ていたのは圭太だった。浅川は圭太に似ている。

 

 亜矢は立ちすくんで、二人の姿を呆然と見つめた。亜矢の体中に、くすぐったいような笑いが溢れてきた。

 

 圭太だ。


 圭太が仕組んだことだ。亜矢は蘇った記憶に、一つずつ相槌を打った。かなり前、圭太の伯父で、画家をしている人物がいると聞いたことがある。その人が個展を開いたときの写真も見た。その写真に、浅川がいた。

 

 お告げ。

 

 亜矢はあの陳腐なお告げを思い出した。

 圭太が亜矢の夜遊びを嫌っていたこと。圭太は好きなミステリーを亜矢にも奨めていたこと。明るい色の服を着ろよが口癖だったこと。総理の名前ぐらいしか知らない亜矢に、新聞を読めと言っていたこと。


 何より、カルシウムが証拠だ。


 圭太は魚をたくさん食べさせたかったのだろう。

 そして、水上温泉で亜矢は圭太と運命的な出会いをした。これも圭太の筋書きどおりだったのだ。


「許さないんだから」

 どうやって川喜多夫人を丸めこんだのか、それも聞き出さなくてはならない。


 けれど、亜矢は二人を追いかけようとして、やめた。圭号が点滅をはじめたからではなかった。圭太とは運命の出会いであると、お告げによってではなく信じはじめていたからだった。

                                     了

 

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