人形遊び
海沼偲
人形と密室
知らない部屋。扉がない。ぐるりと囲むように壁だけが存在している。目の前にはピエロが一人。周囲を少年たちが両手で数えられる程度。それがピエロを囲んでいる。
「ここは、どこ?」
「お父さん? お母さん?」
「あ、ピエロさん」
少年たちはここに勝手に連れてこられている。だからだろう。その困惑が言葉となって部屋に響き渡る。
少年たちが好き勝手に喋っているのを最初は穏やかな笑みで見つめていたピエロはだんだんと表情が落ちていき、最終的には無を表現するにふさわしくなってしまっていた。
「静かに。そんなに騒いじゃダメでしょう。そんな悪い子たちにはお口チャックの刑だね」
ピエロが人差し指を口元に持っていけば、少年たちの口は開かなくなり、それに驚き慄き、恐怖して、涙を流しているが、口は開けられないので、こもった音だけがかすかに聞こえてくるばかりであった。
どう頑張っても、口を開けられないことがわかれば、もうこれ以上ピエロの怒りを買ってはならないと思い至るわけで、一人、また一人と完全な沈黙を取り始める。
「良かった。これで静かになったね。いいかい? これから君たちがすることは簡単なことだよ。でも、聞き逃しちゃうと困っちゃうからね。ボクからの優しさ? みたいなやつさ。さて、この部屋では、真ん中に男の子の人形と女の子の人形が見えるだろう? その二つを決して離れ離れにさせないこと。これがこの部屋のルールなんだ」
ぽんと煙を出して沸いてでてきた人形。フェルトで作られたかのようで、その手作り感は微笑ましいものであった。それには少年たちも、突然現れたということ異常現象を無視して、笑顔が浮かぶ。口は閉じつつも。
「じゃあ、ボクはしばらく部屋を離れるから、絶対にその二人の人形は仲良しさんにしておくんだよ。喧嘩なんてもってのほかだからね」
ピエロは消えた。元から存在していなかったかのように。そして、残されたのは少年たちと、二つの人形。
少年たちは口が開いて普通に喋れるようになっていることに気づくと、人形に近いて行った。
「なあ、この二つの人形を離しちゃいけないっていうけどさ、そんなの簡単じゃね。動かないんだから、放っておけばいいじゃんな」
「でも、離したらどうなるの?」
「さあ? どうなるんだろう?」
「オレ知ってるぜ。こういう時はこの人形を離れ離れにさせるとピエロが怒ってオレたちを殺しちゃうんだよ」
「確かに、ぼくたちを知らない場所に閉じ込められるんだから、殺しちゃうのも簡単だよね」
「どうせ、ピエロのことだから、オレたちを子供扱いしてダメって言ったら、触っちゃうと思ってるんだぜ。舐めてるよな」
「じっさい、僕たちは子供だし」
「ま、こらはノータッチでいこうぜ。下手にいじって死んだらやだしな」
少年たちはそう結論をつけて、人形たちには触れないでおこうと決めた。この距離が初期位置なのであれば、そこから動かさなければ、なんの問題もないだろうという考えであった。
そして、ピエロが帰ってくるまでの間が暇だったので、簡単な手遊びなんかをして遊んでいると、ガタガタと音が鳴り出す。そちらへ目を向ければ、人形たちは立ち上がり、それぞれ好き勝手に走り出したのだ。
「ちょっと、やばいよ! このままじゃ殺されちゃう!」
「おい、お前ら、止まれ!人形のくせに動くな!」
「こいつらすばしっこいよ! 追いつけない!」
ドタドタと走り回って人形との追いかけっこが始まるが、少年たちの足では到底追いつけることはなく、どんどんと距離を離されていく。
人形には疲れなんてないらしく、永久に走り続けていることだろう。それにバテた少年たちはバタバタと倒れる。ゼーゼーと息を荒げて人形を睨んでいるが、それらはキャッキャと楽しげな声をあげるばかりであった。
「どうしよう。このままじゃ、殺されちゃう。死にたくない」
「お父さん、お母さん。会いたいよお」
もう諦めたかのようで、シクシクと泣き出してしまった少年たちをケラケラと見ていた人形たちは、かわいそうに思ってトコトコと近いてきた。そして、彼らの頭を撫で始める。
ピエロの仲間で、自分たちを殺すために協力していると思っていた彼らからしてみれば、その言動は想定していないもので、ぽかんと呆けてしまっていた。
「お前、いいやつなんだな」
「かけっこは、人形たちが有利すぎるからさ、他の遊びをしようぜ。いっせーの、やろ。いっせーの」
それからしばらく時間が経ち、ピエロが戻ってきた。しかし、少年たちと人形はそれに気付いた様子はなく、仲良く固まって遊んでいる。人形たちは手を繋いで、見るからに仲良しであり、これを離れ離れだとは到底形容できない状態であった。
「おやまあ、人形たちは暴れん坊なのに、それがどうも、あんなに静かにしているなんて。何があったのやら」
そこに少し引っ掛かりを覚えたものの、ピエロはパンと手を叩き、みんなの注目を集める。
「いやあ、君たち。よくボクの言いつけを守ってくれたようだね。本当にお利口さんだね。それに、人形たちの遊び相手になってくれてありがとう。本当に感謝しているよ。だから、ご褒美にお菓子をあげるよ。お家に帰ったら、パパやママと一緒に食べるといい」
そう言って、どこかから、お菓子が詰められた袋を持ってきて、全員に均等になるように渡す。そして、指をパチンと鳴らすと、意識がパッと途切れる。
そして、再び意識が戻ったところでは、少年たちは自分の家に帰っているのだ。たくさんのお菓子の袋を持って。
「え? お父さん? お母さん?」
「どうしたんだ? そんな顔をして」
ぐしゃぐしゃと顔は歪み、それを隠すかのように両親の胸に飛び込む。親の困惑をよそに、少年たちは一晩中泣き続けたのであった。
ちなみに、ピエロから貰ったお菓子は気が狂うほど不味く、到底食べ物だと言える味ではなかったのだった。
人形遊び 海沼偲 @uminuma_shinobu
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