ベストセラー小説の作り方

不労つぴ

ベストセラー小説の作り方

「ベストセラー小説の作り方について興味はないか?」


 昼時の喫茶店で、目の前の友人は名物のナポリタンをフォークに絡ませながら、確かにそう言った。


「誰でも作れるベストセラー小説の作り方? 何を寝ぼけたことを言っているんだお前は。そんなものがあったら作家は皆苦労してないんだよ」


 私と目の前の男は作家だ。


 と言っても、私は売れない貧乏作家だが、友人は既にベストセラーを何冊も書き上げており、テレビにも出演していて今では売れっ子作家だ。


 正直なところ、彼のことを妬む気持ちがないと言ったら嘘になるが、彼は人付き合いの少ない私を気にかけ、時折こうやって外に誘ってくれるのだ。


 悪いやつじゃない、むしろいいやつだ。


「最後まで話を聞け。俺が言っているのは『ベストセラー小説の書き方』じゃない。そんなものがあったら、人は皆作家になってるし、俺も知りたい」


 そう言って友人は、巻き付けたナポリタンを一気に口に頬張る。そして、ナポリタンの取れたフォークを、私の方に向けて話だした。


「いいか、俺が言っているのは『ベストセラー小説の作り方』なんだ」


「それの何が違うんだ? 私には同じに聞こえるが」


 私がそう言うと、友人はニヤリと笑った。


「気になるか?」


「そりゃ、誰だってベストセラー小説が作れるなら作りたいだろ」


「じゃあ、明日俺についてきてくれ。どうせお前は明日も予定がないだろ? 面白いものが見れるぞ」


 友人の「どうせ明日も予定がない」という言葉にムッとしたものの、事実であった上に、友人の言う「面白いもの」というのが気になったので、何も言わなかった。

 その日は、喫茶店を出た後友人と別れ、私は帰路についた。








 翌日、私は友人と研究所のような施設にいた。


 友人と待ち合わせ場所に合流すると既に、黒塗りの高級車が私達を迎えに来ており、中からサングラスをつけた屈強な男が現れた。


 男は私と友人に目隠しと耳栓を渡し、合図があるまでそれを着用するように言った。


「もし目隠しを外された場合、お客様の命の保証はいたしかねます」


 私は不安にかられ、友人を見たが、友人は手慣れた様子で目隠しを付け、「早くお前もつけろよ」と言った。


 施設に着いたのは、だいたい1時間半後だったような気がする。

 車に乗っていた間、目隠しと耳栓をずっとしていたので、正確な時間は分からない。

 もっと早かったかもしれないし、もっと遅かったかもしれない。


 施設に着くと、まず入念な身体検査が始まった。

 そこで、携帯やスマートウォッチなどの電子機器、時計やメモ帳などは全て没収されてしまった。


「なぁ、ここは一体何をしているところなんだ? いくら何でも警備が厳重すぎる。ここはとてもお前の言う『ベストセラー小説の作り方』が見れるところとは思えないぞ?」


 私は友人に耳打ちした。

 しかし、友人はケロリとした顔で「すぐに分かるさ」と言った。


 身体検査が終わると、警備員達に連れられ、ショーケースが並ぶ通路のようなところへ案内された。


 そこはまるで、水族館のようで、ショーケースの前には何人かの人が立っていた。

 私と友人もショーケースを覗いてみる。


 何か、動物でも展示しているのだろうか。

 私はそう考えていた。


 しかし、そこにはいたのはショーケースの中にいたのは人間だった。


 その人間は頭を丸く刈り上げられ、ヘッドホンのようなものをつけながら正座をしており、ペンを持って原稿用紙に何かを一心不乱に書いていた。


 しかし、彼の目は血走っており、どこか狂気的な印象さえ与えるような――鬼気迫る雰囲気を私は感じた。


 すると、彼は突如として持っていたペンを勢いよく地面に投げつけ、ショーケースに向かって何度も頭を打ち付け始めた。


「おい、あいつ大丈夫なのか?」


「あー……ありゃ駄目だな。耐えきれずに壊れちまったか」


 心配する私を他所に、友人は男に目もくれず、ガラスケース前に置かれていたタブレットを見ながら平然とそう言い切った。


 しばらく男は頭を打ち付けていたが、やがて男は動かなくなり、白色の防護服を着けた者たちに男はどこかへと回収されていった。


 残された部屋には、ぐちゃぐちゃに書き殴ったような原稿用紙とヒビの入ったガラスのみが残っていた。


「作品の完成度は……80%か。未完のまま終わったのが悔やまれるな」


「おいっ、これはどういうことなんだ説明しろ! 今この場所で何が起きている!?」


 私は友人の胸ぐらを掴んで強く詰問する。


「おいおい、どうしたんだよお前らしくない。さては、お前はまだ分かってないのか? 言っただろう『ベストセラー小説の作り方』を教えるって。ここがそう――さしずめってとこかな」


 私に胸ぐらを掴まれているにもかかわらず、友人は飄々と笑ってそう答えた。


「ここに集められているのは、大体は犯罪者……まぁ、別の理由でいるやつも大勢いるが。それはともかく、死んでも何も問題ない――いや、死すべき人間たちなんだ。まぁ、みんな死刑囚みたいなもんだと思ってくれていい」


「お前は何を言って……」


「こいつらの先に待ってるのは皆等しく死だ。もっとも、それは人為的なものだが……。この施設にいる奴らは皆ある取引を交わしているんだ。それが、小説を一本書いたら死ぬのを延期もしくは中止させるってな。まぁ、大体が書き終える寸前か、書き終えたあとすぐに死んじまうがな」


「そんな非人道的な事、許されるわけが無いだろう!」


「ここでは許されるんだよ」


 声を荒げる私に友人は冷静にそう言った。


「さっきも言っただろ? ここにいるのは皆死刑囚みたいなもんだって。どうせ死ぬんなら役に立ってから死んでもらったほうが社会のためってやつさ。お前もスーパーで売ってる肉を何の躊躇いもなく買うだろ? それと一緒だ。ここにいる人間は俺達と同じ人間だと思わないほうがいい。ただの家畜と同じ――いわば商品なんだ」


「商品? どういう意味だ?」


「言葉のとおりさ。ここでは囚人が書いた商品を販売してるんだ。商品を買ってある程度書き直せばどんな賞にだって入選する作品が出来上がる。実際、ここの商品の賞への入選率は90%超えなんだぜ?」


「そんなの文学――いや、読者への侮辱だ!」


「読者が見たがってるのは面白い作品なんだ。作者が誰であろうと面白ければそれでいいと俺は思うがな。だからお前は売れてないんだよ」


 衝撃のあまり、何も言葉を発せずにいる私へ、友人は続けて言葉を続ける。


「あのヘッドホンには電流が流れるようにしてあるんだ。あれを着けてると絶え間ない苦痛が装着者を襲う……苦痛を与えたほうがいい作品が出来るって研究者が言ってたよ。よくもあそこまで残忍になれるもんだ」


「人間死ぬ気があれば何でも出来るというが、あれは本当だったんだな。学がない人間が書いたのにもかかわらず素晴らしい出来だ。人間誰しも才能にかかわらず、ベストセラー作家になれるポテンシャルを秘めている――素晴らしいことだと思わないか?」


 友人は政治家が演説をするように、恍惚とした表情で言葉を紡ぐ。


 対して私は、あまりの嫌悪感に吐き気を催していた。

 私は一刻も早くこの狂気じみた空間から去りたかった。


「ところで、お前さっきのやつが書いた作品買ってみないか? 冒頭は中々の出来だ。未完成品だからお前でも買える値段だぜ。ここの連中、未完成品はあんまり買わねぇから明日には処分されちまうんだ」










 帰宅後、私は購入した原稿用紙を読み終わり、ベランダで一服していた。


 あんな狂気じみたものを購入する気はなかった。

 ただ、名前も知らない彼が命を賭して書き上げたものが、いとも簡単に処分されてしまうことが私には許せなかった。


 未完だが、彼の作品は素晴らしい出来だった。

 作家を名乗っている私よりも。

 私より彼こそが作家を名乗るにふさわしいとすら思った。


 きっと、あのような施設は日本中、いや世界各地にあるのだろう。

 小説を書かせる以外にも陶器や絵画などを作らせるところもあるのかもしれない。


 私は吸い殻を山積みの灰皿に捨てる。


 この小説はかなり良い出来で、この小説をもとに賞へ応募しようという邪な考えが頭に浮かんだが、私には出来なかった。


 これを自分の作品と称して賞へ応募するなど死者への冒涜だ。


 彼の作品は日の目を見ることはなかったが、それでも今後私の中でずっと生き続ける。


 それが私から彼へのせめてもの手向けだ。


 私は机の上のライターを手に取り、原稿用紙に火を着けた。

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