理想の防犯

MITA

理想の防犯

 町外れに住むエヌ氏は、資産家として知られていた。といっても、エヌ氏には親から引き継いだ莫大な遺産があったとか、あるいはなにか事業を経営しているというわけではない。もとは平凡な会社員であったエヌ氏は、幸運にも宝くじに当選して巨万の富を得たあと、その金で町外れにある豪華絢爛ごうかけんらんな大邸宅を買い上げた。


 そんなエヌ氏の大邸宅に、ある夜強盗が入った。左手には拳銃を、右手には金目のものを詰め込む大きなバッグをもって、めざし帽を被った男がエヌ氏の前にとつぜん現れたのである。


「やい、金を出せ。妙なことはするなよ。出さないと、あとがひどいぞ」


「おや、強盗ですか。まあ、落ち着いてください、人を殺すと罪が重くなり、警察の捜査も厳しくなる」


「そう思うなら、こちらの言う事に素直に従ってもらおう」


「金はいくらでもあります。いくらご入用ですか」


「全部にきまっているだろう。札束、金塊、宝石、美術品、金目のものがあれば、なんでも良いから全部出せ」


「はあ、全部ですか」エヌ氏はちょっと困った顔をした。「しかし、その手のものはたくさんあります。その手に持ったバッグには、とても入り切りませんよ」


「なるほど、一理あるな」男は納得していった。「この町いちばんの資産家だとは聞いていたが、バッグに入り切らないほどとは。ちょうどいい、追加のバッグも貸してもらおう。外に逃走用の車が止まっているから、そこまで運べ」


 エヌ氏は言われた通り、男にバッグを用意してやった。男は家中にある高そうなものを片っ端から漁りまわり、限界まで車に詰め込んだ。


「協力してくれたから、命だけは助けてやろう。これからは、ちゃんと防犯をたしかにしておくんだな」


 男はそういって、空っぽになった家にエヌ氏を置き去りにして逃げていった。




 ところが次の日の夜になって、男はふたたびエヌ氏のもとへと戻ってきた。男は首をひねりながら、再びエヌ氏に拳銃を向けた。


「これはどういうことだろう。おれは昨日、たしかにこの家から金目の物をあらかた盗み出したはずだ。ところが今日になってみると、手元に置いておいたはずの品物がこつぜんと消えている。不思議に思ってここに戻ってきてみると、盗んだはずのものが昨日あったように並んでいる。まるで夢でも見ていたかのようだ……」


「やはり、こうなりましたか」


「その口ぶりだと、なにか知っている様子じゃないか。強盗としては怒るべきところなのかもしれないが、あいにくどうしてこんなことになったのか気になるから、話してもらおう」


「あなたが昨日、ここからものを盗み出したのは現実ですよ。しかし私が寝ている間に、それらがひとりでに戻ってきたんです」


「なんだって。とても信じられんが、事実としてここに並んでいる以上は否定できないな。しかし、盗まれたものがひとりでに戻ってくるなんて、強盗にとってはひどい話じゃないか」


 その言葉に、エヌ氏はむすっと口をとがらせて反論した。


「ひどい話は、こっちのほうですよ。どれだけものを手放したくても、翌日にはひとりでに戻ってきてしまう。相手に詐欺扱いされて、売るに売れません。どれだけ資産があっても、これではきんもダイヤも、札束だってないのと同じだ。どうか上手く盗み出してくれませんか。盗み出せたものの九割は、どうぞ差し上げます。罪を犯さずに金を手に入れられるのですから、悪い話ではないでしょう」


 男は思わずため息をついた。


「参ったな。持ち主のもとからはなれようとしない品物を、どうやって盗み出したものか。こんな面倒な防犯があると知ってさえいれば、この家に盗みに入ろうなどとは思わなかったのに」

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