〈後編〉 バレンタインに巣くう七不思議
彼女と初めて出会ったのは、夕暮れ時の音楽室だった。ピアノを枕に眠りにふける彼女を偶然、目にしたのだ。そのときなにを話したのかは覚えていない。ただ、彼女がピアノを弾けるのだということと、
こう思考をまとめていると、意外と覚えているもんだと思う。
しかし、出会ってから一年も経ってないのに、これしか覚えてないというのはどうなのかと話でもある。若年性アルツハイマーを疑うというもの。
それは笑えない冗談としても、記憶の正確さの無さには呆れてしまう。
しかし、そこで俺は答えにたどり着く。
そうか、彼女が眉間にしわを寄せ思考していた、そのときの表情に似ていたのだ。彼女はあるとき、勉強が嫌いとそう語った。はにかむ笑顔と、照れ隠しの笑顔で。
いつもどこかの教室に彼女はいて、いつも探すのに苦労する。すぐに見つかる日もあれば、そうじゃない日もある。
基本、
けど、すぐに見つかる日の彼女は、決まって補講を終えていた。今日も例外に漏れずすぐに見つかり、補講を終えていた。
ただ、音楽室で補講をしていたのは、彼女が音楽室にいたのは、出会ったその日だけだったなと思い出す。
夕暮れ時の音楽室のムードは最高潮。今でも、彼女の寝顔は鮮明に思い出せる。きっと、彼女はイヤそうな表情で忘れてというだろうけど。
「わかった!」
そう言った彼女はとても清々しい表情をしていた。謎が解けた、補講が終わったときと同じ爽快さを覚えるその表情に、俺までもが嬉しくなる。
「それはつまり、七不思議の多々不思議の謎が解けたってこと?」
彼女は待ってましたと言わんばかりの表情で、「ふっふっふ」という含み笑いをし、答える。
「愚問だね。私はその答えに先にたどり着いていたよ」
「今回ばかりは俺のが先だけどね」
「こ、細かいよ!」
「決めゼリフだし、いいけど」
「細かい男は嫌われるよ……。今日がバレンタインなのを忘れたのかな?」
これが女の武器というものかと痛感する。彼女の掌で踊っていそうで、なんとも言えない気持ちにさせられる。
「そんなことより、答え聞かせてよ」
「そうだったね。その前に、
「単なる噂話でしょ?」
「そうだね。でも、七不思議には決まって、どこの学校でも変わらない共通するものが存在する」
「七つ全部知ると異界に連れ去られる、なんていうやつ?」
「まあ、大体そんなのだね」
その通り、どこでもこればかりは変わらない。そうじゃなきゃ七不思議ではないというかのように。
「だから七不思議は多々不思議なんだよ」
「つまり?」
「七不思議に嘘を混ぜることで、七つ全部を曖昧にしてる」
「その通り。俺と同じ答えだよ」
「そうすれば異界に連れ去られる、なんてこともないからね」
すっきりした表情でそう語る彼女は楽しそうで、改めて好きだなと実感する。だから、俺は覚悟を決める。
「ねぇ、
「
「それはっ──」
「……童貞っ」
彼女の言葉には耳を貸さず、俺は本題に移ることにする。
「バレンタインの日に女の子がチョコをあげるのは日本だけって知ってる?」
「童貞煽りが効かないっ!?」
「
「知らなかったよ」
「そっか。それじゃ、これ」
そう言って、俺は彼女にチョコを、本命のチョコを渡す。
俺の気持ちを伝えるのには、勇気がどうしても足りなかった。だから、こうしてバレンタインの力を借りた。告白するために。
「チョコじゃん」
「好きです。
「そっか」
「返事は今日じゃなく──」
俺の言葉は、彼女の言葉に上書きされる。
「ねぇ、
「はい」
「海外ではバレンタインにあげるのはチョコとは限らないって知ってる?」
その言葉を言い切らず、彼女は俺にキスを──できなかった。
その事実に一番驚いていたのは、
「どう、して? なんですり抜けるの?」
「先輩、こんな七不思議を知ってますか。音楽室の女生徒の地縛霊」
それは、俺が今日まで体験してきたことそのものだった。
俺が恋に落ちた少女は人間じゃなかった。七不思議の一つの、幽霊だった。
ある日、補講を受けていた少女は、音楽室でピアノを弾いたあと、自殺した。誰もが理由、原因を解明しようとしたがそれは失敗する。
だって、彼女が自殺したのは気まぐれであったから。
だから彼女は死んだことを知らなかった。だから彼女は七不思議となった。
「先生にそんな生徒がいないと言われたとき、俺は
けど、答えは違った。ただ、忘れ去られたのだ。七不思議となったから。
「名は体を現します。つまり、いつしかあなたは七不思議が名前となった。
「そっか。そうなんだ。このこと、
その言葉は悲痛で、恋する
「俺がそれを知ったのは今日、担任から聞きました」
「そっか」
「俺はソレが嘘であった欲しかった。七不思議の多々不思議の謎のように」
「その当ては、外れたんだね」
その先の言葉はどうしても出てこなかった。
「どうして君が泣くのさ」
「俺は、ちゃんと先輩に恋をしていたんです」
「そっか。それは悪いことしちゃったね」
「責任、とってください」
「それ、女の子の言葉だと思うけど?」
茶化そうとして、自分も涙してることに彼女は気づく。
「責任か。それじゃ、明日になったら私のことを忘れさせてあげる」
そう言うが早いか、俺は眠りに落ちた。恋に落ちるように。
◇◇◇
3/14、俺はある空き教室の前にいた。全てを忘れていた。その事実を、今日思い出した。だから俺はこれだけを、ただの愚痴を言いに来た。
「忘れさせるなら、ちゃんと忘れさせろよ」
その言葉が届いたのか、瞬間、俺はなにをしていたのかわからなくなる。
少年──
ヴァレンタイン、恋の七不思議に落ちた アールケイ @barkbark
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