第四話

 あれからサボるということに懲りた私はサボらないということでなんとか自尊心を保つことにした。受動的に授業を受け、予備校の授業が始まるまでの暇を弄んで読書か自習に費やし、また受動的に授業を受ける。悪い気はしない、自分の得意なことがこれだからと神様に与えられたプレゼントタスクを淡々とこなす。

「6限って何?」

隣の席のサイゴに聞かれて、反射で答えた。自分も同じ疑問を浮かべて予定表を確認していたところだった。

「英会話」

会話しない、英会話。みんなはあの時間机に座って何と、何について会話しているのか私には分からない。

「移動教室か、めんどくせぇ」

大体のことを面倒くさいという言葉で片付ける彼は英会話の教科書を引き出しから出して何やら悩むそぶりをした。

「トイレ行きたいけど間に合うかな」

「えぇ、間に合うんじゃない」

「今何分?」

「遅れても大丈夫だよ、英会話だし」

腕時計を見せようとして袖を捲ったところで気がついた。壊れていることをすっかり忘れることができるのはファッション、見栄としてそれを身につけている故。教室の時計に目をやる私とは対照的にサイゴは私の壊れた腕時計を見つめていた。

「止まってる、」

「あぁ、そうなの...気づいたら壊れてた」

「これ気に入ってる時計だって言ってたよね」

確かにうっすらとそんなようなことを言った記憶がある。とにかくこの見栄の塊である時計の話題を変えないと自分のボロが出そうであまり興味のないフリをした。

「あと2分、早く行かないと間に合わないよ」

「俺直せるよ」

「何を?」

おかまいなしに自分のペースで話を続けるところも気に入らない。

「この時計」

「いや、いいよそんな...新しいの買えば良いだけだし」

「これ良い時計だし買うより直した方が安いから」

いやいや、とまた同じセリフを繰り返す私の方は一切気にしないままサイゴは「やっべ間に合わねえ」と言って英会話の教科書を引っ掴んだ。そのままドアまで走っていくと、勢いよく振り返った。

「任せて、マジで。絶対直せるから。」

妙に力強い言葉に拒否権など無いと感じる。

「放課後時間ある?一瞬俺の家寄ってよ」

じゃ、と短く言うとその姿は一瞬にして消え去った。放課後時間ある?と聞いただけでこちらの返事などは聞いてなくて、もう彼の短絡的な頭の中では私はOKしたことになっているんだろう。頼んでも無いことを一生懸命やってくれる時ってどういう顔をしたら正解なのか分からなくて、頬杖をついて誰とも喋らない静かな英会話に挑んだ。

 彼はトイレに行けたのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

端から終わりまで デイジーお味噌汁 @daisyomisosiru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ