第19話 この世界にも

「君達は人間という生き物について、どれだけ知っている? ま、少なくとも多少は知っているに違いないけれど。でも、どうやら子供らしい子供には触れてこなかったし、大人というものもどうにもわからないようだから……。君達の知っている人間って、一体何歳で、どんな人なのか、興味深いよ。さて、それはさておき、大人と子供が上手くいかない理由を教えよう」

 そしてヴァレンはボク達に理由を教えてくれた。

 そのほとんどは、ボクやみーみ、もーもーが理解出来るものではなかったけれど、唯一ぺんぺんだけはわかったから、その意味をボク達にわかりやすく教えてくれたから助かった。ぺんぺんって、物知りなだけじゃなくて説明上手でもあるんだなぁ……。

「つまり大人の中身は子供のままだけれど、子供に子供であることを否定されて、大人としての生き方を教わらなかったためにどう生きたらいいかわからず、成長に失敗した大人もどきの人達が増えてしまったということですね。しかも子供の頃よりも自己中心的になり、疑心暗鬼になりやすいと……」

「そういうこと! 子供が子供に育てられてごらんよ。いつか訪れる思春期なんかに、対処法を教えられず、また痛みや苦しみを分かち合おうなんて、そんな綺麗な耳の腐りそうな言葉を本気で信じ切って、大人になったことに気づいてしまった子に騙されて、ね? 成長に失敗した大人がどんどん、増えていくのがわかるでしょ……?」

 そしてヴァレンは可笑しそうに笑った。

「成長に失敗した大人はね、大人になりきれない子供のまま、ずーっと生きていくのがほとんどなのさ。君達の知っている人もそういう、大人になれない子供の大人なんじゃないのかな? 心当たりがありそうだけど。それにね、ここにお金はない。だけど、物々交換はある。そうすると、どうなると思う? いつかは対価としてお金を使うようになるよ。お金を作って、働かなくてはならない環境がもうすぐ、出来上がるのさ。この世界は不安定だから、ひょっとしたらお金を巡って、戦争が起きるかもね! 皆、欲に忠実なのさ。欲しいもののためなら、何だってする。卑怯だろうが何だろうが、勝てばそれが正義なんだよ。こどもの森が、子供のままでいられるのもいつまでかな」

 クスクス笑うヴァレンが、ボクは恐ろしかった。

「良心というものがあるのでは? あなたにも、多少なりともあると思いますが」

 ぺんぺんがいつもの声のトーンで話している。でも、どこか言葉が刺々しい。

「性善説信じちゃってるの? それって、どれだけバカなのかわかる? もしそうなら、悪ガキなんていないし、悪人や罪人なんて言葉さえもないはずなんだけどなー! ね、この世界に神様がいるのかな? いたら、ぜひ聞いてみてよ。自分達は良い子ですかって」

 ついにはお腹を抱えて笑い出すヴァレン。

 そしてぴたりと笑い声が途絶える。

 ヴァレンは酷く冷めた目で、ボク達を見た。

「あー……、アホくさ……。なんで、この世界に来るのはこんなバカばかりなんだろう。神様ってやつも、きっと相当なバカなんだろうな。何せ、僕がいるんだから。……帰りたかったら、帰りなよ。でも、いつかわかるよ。人間の愚かさってやつと、大人と子供の関係。それも失敗した関係の構築をしちゃうこの世界の仕組みも、ね」

「一旦、ここから離れましょう。もうすぐ、飛行船も来ますから。それとヴァレンさん、でしたね。僕の兄弟を悪く言わないでください。気分が悪い」

「本当のことじゃない」

「あなたはまだこの子達のことを少ししか知らない。魅力も何も知らないくらい、無知に近い。そんなモノに、バカにされたくはない」

 ぺんぺんはそう言うと、僕達の手を引いて、飛行船乗り場まで真っ直ぐ行って、飛行船を待った。

 ずっと沈黙があって、気まずい。あのもーもーさえも、黙ったまま目に涙を浮かべてオロオロとしている。

 ボクはこの世界には、ああいう人がいないものだと勝手に思っていた。

 でもそれって、間違いだったんだ。

 どの世界にも、他人を貶したり、陥れようとしたり、嘘をつく人っていうのが、必ずいるんだね。

 ボクはちょっと悲しいような、切ないような、複雑な感情を知った。

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ぼくらの長い夢の旅 根本鈴子 @nemotosuzuko

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