第2話 蛍の照明

 久常サトリはカメラマン。今日も今日とて撮りに行く。


 プロプロプロ。

 目覚まし時計がなっている。ベッドの下に右手を伸ばして目覚まし時計のスイッチを切ったサトリは、ゆっくりと半身を起こした。寝起きが悪いので、こうしなければまた夢の世界へと行ってしまう。今日は夜勤なので、起床は朝のニュースの時間だ。ベッド横のチョウチンアンコウ人形の光る背鰭を消す。

 眠い…また寝てしまいそう…

 サトリは夜更かしをしないのに、どうにも朝が弱い。これは小さな時からなのできっと一生治らないのだと思う。もうやめたが、大学まではベッドの下にマットを敷き、起きるとそこに転がり落ちて目を覚ますという事をしていた。友達が家に来た時に大爆笑されたので、今はやめている。

 しかし、その時の癖で、寝覚めにベッドから下に落ちる事が年に数度あるのは秘密だ。

 何とかベッドから身体を出す事に成功したサトリは、何気なくアンコウの人形を撫でた。このチョウチンアンコウの光る部分はエスカと言い、そこに住んでいるバクテリアが光っているんだよと市場で海藻を売っていたホンアンコウが言っていた。

 何故バクテリアが光るのかは気になるが、今はバクテリアの研究よりも覚醒する事が喫緊の課題だ。ここで手を緩めてはいけないのは、過去の歴史を紐解いても明らかだ。

 ヤカンに水を入れ、キッチンで沸かす。

 ミルでコーヒー豆をガリガリ挽いていると、ペオーっと鳴るヤカンに呼ばれた。サトリの家のヤカンは、注ぎ口がゾウの鼻の形をしているので、普通のケトルよりも少し低い音がする。注ぎ口が長いものほど音が低くなるらしい。だからというわけではないが、ちょっと象の鳴き声に似ている。

 フィルタに挽いた豆を入れ、お湯をちょっとずつ注いでいく。フィルタが少しずつ湿っていくのが好きだし、徐々に香りが立っていく心地良さが好きだ。

 サトリは夏でも冬でもこうして熱コーヒーで覚醒すると決めている。朝の儀式みたいなものだ。

 コーヒーが冷める前にパンの用意だ。少し焼いたバンドミに前日に作っておいた具材を乗せリビングへと運ぶ。実は電光石火の早業でパンも焼いていたのだ。

 食卓にコーヒーとパンを並べ、テレビを入れる。

 見慣れた社屋をバックに顔見知りのお天気お姉さんが、今日は気温が高く、夏のような陽気ですとにこやかに話す。このお天気お姉さんは、雨林風花と言い、サトリはふーかちゃんと呼んでいる。ふーかちゃんは、たまにロケに出るロケ友でもある。仕事が終われば、食事を一緒することもある。

 ふーかちゃんの顔を見てほっこりとしながら食べる朝食は美味しい。

 アンチョビとアボカドのディップの塩加減も丁度良く、近くの市場で買ったレタスもシャキッとしていて美味しい。市場の端っこで遠慮がちに商売していたニホンノウサギの店で買ったものだが、これは良い。あのウサギがまた来ていたら買うことにしよう。隣の天露架県から来たと言っていたので、あそこにはニホンノウサギの集落があるのかもしれない。


 シャワーも浴びて、すっかり目を覚ましたサトリは家を出た。三十分ほど歩けば職場に着く。晴れている日はバスも電車も使わない。みんなには健康のためと言っているがそれは建前で、実際は途中にある『早起きネコのパン屋』に行きたいからだ。ネコのくせに規則正しく生きていて、いつも美味しいパンを提供してくれるパン屋だ。店長でペルシャネコのあおちゃんが、常連特権でその日焼けた中で一番自信のあるものを出してくれるのだ。日替わりパンを楽しんでいるとも言える。

 

 サトリはトコトコと歩く。

 仕事柄、いつも靴は同じメーカーのスニーカーだ。でも音はトコトコという音がする。そういう音の鳴る何かがこの靴の中に入っているのかもしれない。

 太陽が沁みた風が頬を叩く。家の外は、ふーかちゃんの言う通り暖かかった。ここまでくれば寒の戻りはもう来なさそうだ。春の花や植物たちが所かしこに姿を現し、緑の色も濃い。

 穂多川県はもうすっかり春の陽気だ。道行く人々も半袖がチラホラと見られ、すでに夏コーデになりかかっている。サトリの部屋から見える海も、いつもより若干青く見える。冬の曇った日の海は黒に近い色なので、青く見えるだけで心が暖かくなる。


 カラン!とといういつものドアベルの音を聞きながら『早起きネコのパン屋』に入ると、店長でペルシャネコのあおちゃんが焼き上がったパンを並べていた。いつもながら立派な毛並みだ。

「おはようございます。あおちゃんさん」とサトリはいつもの挨拶をする。

「あ、サトリさんいらっしゃい。ちょっと待っていてくださいね」

 あおちゃんはトレイに乗ったパンをパン棚に器用に並べると、お店の奥へと入って行った。すぐに紙袋を持って出てくる。私はそれを受け取って会計するだけだ。今日は何が入っているのか楽しみだ。

「五百円です」

 いつもスペシャリティな具材を乗っけてくれているので、こんな金額で良いのだろうかと思う。

「この値段で大丈夫なのですか?」

「うん。大丈夫。たくさん作るとコストがーってなるけど一個しか作らないから」

「ありがとうございます」

 私は五百円札をあおちゃんに渡し、手を振りながらお店を出た。


 局の控え室でパンを食べながらコーヒーを飲む。

 今日のパンは、確かにスペシャリティだった。なんとパン・ド・ミにファラフェルが挟まれているのだ。ピタパンじゃないところがあおちゃんのこだわりなのだろう。シャキシャキの野菜とファラフェルの組み合わせは抜群で、焼きたてのパン・ド・ミも味が濃くて美味しい。たった一つしか作らないのが勿体無いくらいの味だが、たくさん作るのは難しいのだろう。

 パンを食べ終わって、今日の予定表を見ると、ドンガラ研究所の発表会とあった。どんな研究所で何の発表会なのか気になるが、それは後で調べよう。その前にカメラの準備だ。

 サトリは機材部屋へと向かう。

 待機部屋のすぐ横の部屋なので徒歩三十秒だ。いつでも出発できるように扉のないロッカーにENGカメラが並んでいる。それぞれのロッカーの下部にはフネが付けてあるので、地震が来てもカメラがロッカーから吹っ飛ぶ事はない。サトリはロッカーNo.10のカメラを取り出す。基本的にどのカメラを使ってもいい事になっているが、空いていればサトリはこのカメラを選ぶ事にしている。カメラは全て同じように見えるが、ファインダーやレンズにかなりの個性がある。シャープに見えるファインダーもあれば若干滲んだように見えるファインダーもある。こういう個性を気にしないカメラマンもいるが、どんなカメラでも同じパフォーマンスのできるカメラマンは割と少ない。

 調整台にカメラを乗せて、映像をモニターに出す。レンズのバックフォーカスを見る。これがくるっているとズームレンズを完全に引いてもフォーカスが合っていない映像になってしまう。ジーメンススターチャートにピントを合わせ、レンズを引く。フィルターを替えながらモニターを見る。ピントはキチンときている。テストでディスクを回す。色も映像も問題ない。

 ファインダーの付け根を六角で締め、カメラを肩に乗せる。カメラの動作も肩に乗せた感じも問題ない。

 調整も終わったので、サトリは控え室に戻り、今日の取材の資料を読んだ。


 ドンガラ研究所とは、動物たちの持つ技術と人間の持つ技術の融合で便利な生活用品を作る研究所らしい。資料冒頭に載っている白髪で白いドクター服を着ている人物が所長の七面倒博士のようだ。研究所は穂多川県北部の山ワサビ郡薄緑村にあるそうだ。これは行くだけで結構時間がかかる。そして、肝心の発表される発明物は、蛍の光を再現できる照明とのことだった。


 うん。これは欲しいかも。


 サトリは実物が良ければそのまま予約してこようかと思った。部屋の照明を落とした時、蛍の光があれば視覚的にも楽しいしあの温かみのある光は人間の作る照明では中々難しいからだ。

 今回一緒に行く記者は経済部の鹿島田多野丸記者だ。タカノマルというあだ名で呼ばれることが多い。本人は鹿よりも鷹の方が響きがいいのでタカノマルというあだ名が気に入っているようだ。

 早速タカノマルに電話をしてみる。

「はい。鹿島田です」

「お疲れ様です。本日一緒するサトリです」

「ああ、お疲れ様です」

「今日は会見と商品の物撮りですか?」

「そうですね。できれば光っているところでリポートも撮りたいです」

「分かりました。タカノマルさんの顔は最小限の薄い照明で、すぐに蛍の照明にいくので大丈夫ですか?」

「ああ、そうですね。僕はほとんど写ってなくていいですよ」

「リポートは記者が写っていてナンボですのでちゃんと撮りますよ。現場は一緒に行きますか?」

「違う仕事があっち方面であるので、それが終わったら現地で合流します」

「分かりました。よろしくお願いします」

「お願いします」

 このような取材の場合、こうして記者と打ち合わせはするが、基本的にカメラ側が照明やレンズをどうするのかを決めることが多い。今日もVEはおうむらパピ子(本名:鳥飼由紀)だ。きっと蛍大好き!!とかデスクに言ってこの取材に付けてもらったのだろう。

 カメラの光が漏れていい映像が撮れなくても困るので、カメラを包むための黒布と明かりをかなり薄く調整できるLED照明、一応モニターなども用意する。その他使いそうな小物を揃えていると、音声機材を台車に乗せたパピ子が元気よく機材部屋に入ってきた。

「おはようございまーす」

「おはよう」

「今日は、会見とリポートくらいですよね?」

 どうやらパピ子は先読みして機材を選んできたようだ。確かにそれ以上の事はないと思うので、「うん。そんな感じ」と言っておく。

「サトリさん、お昼食べました?」

「さっきパン食べちゃった」

「ええ〜!!それ早起きネコのパン屋のパンでしょ!!」

 パピ子のジトっとした目がこちらに向けられる。

 う…しまった。私、余計なこと言った。と反省しても時すでに遅し。何を隠そうパピ子はあのパン屋のパンが大好きなのだ。昨日のメンバー表を見た時からパンをもう一つ買うのを想定しなければならなかったのだ。サトリは反省して、次は絶対に買ってこようと決めた。

「今度買ってくるよ」

「本当ですか?」

「本当です」

 分かりやすく拗ねているパピ子を宥めながら、照明の話しに持っていく。

「他の発明品の物撮りもあるといけないから、LEDを2灯と小さなカポックも持っていくね」

「はーい」

 少し声色に棘を感じるががが、パピ子はテキパキと照明やモニターを台車にを乗せていく。台車には音声機材と照明が積まれ、最後に三脚も乗せてもらう。

「蛍の光なんて本当に再現できるのかな?」

「きっとできたんですよー。きっと綺麗ですよー」

 パピ子の機嫌はすでに治っているようだ。ここは蛍の光に感謝だ。


 時間になったので、機材を積んで薄緑村へと出発した。

 暫く走ったところで、「俺さあ、この仕事して結構長いけど薄緑村は初めていくよ」とベテランドライバーの豪徳寺さんが言う。

 もう二十年以上働いている豪徳寺さんが行ったことがないという事は、薄緑村はものすごく平和で何もない———牧歌的な場所なのだろう。サトリも薄緑村のニュースは見たことがない。

 高速道路を北進すること四十分。穂多川県と土風県(ひじかぜけん)の県境の『わさび』で降りる。スマートインターのような小さな降り口で、ぼーっとしていたら通り過ぎてしまいそうな出口だった。実際、豪徳寺さんも出口を見て「ん?あれか?」と疑問系の言葉を口にしていた。

 わさび出口を出ると、一面山の緑が広がっていた。建物は何もない。右か左かという二択のT字路があり、看板には左が山右が川と書かれている。

「まさか山とか川っていう住所なの?」と流石のパピ子も驚いている。

「単純にわさび山とわさび川の方向みたいだね」とナビを見ながら豪徳寺さんが言う。次いで「研究所は山の方にあるみたいだね。じゃ、わさび山の方に向かいまーす」と車を左方向へ曲げた。

 車は研究所に向かって快調に進んでいる。しかし、とにかく誰ともすれ違わない。まず、家がない。民家がないので人が歩いていないのだ。そして反対車線にも車が走っていない。何だかすごいところだ。道路がひたすら山へと向かっていて他には何もない。自然豊かで新緑と美味しい空気を楽しむところなのだろう。

 動物を轢かないようにかなりゆっくり運転している豪徳寺さんが「ナビだともうすぐで研究所だよ。ここ電気きてるのかなあ?」と周りを見ながら言う。

「確かに電線ありませんね」私も周りを見てそう思う。

 すると、先に白く塗られた看板が見えた。車が近づくと、そこには『ドンガラ研究所 この先200メートル』と書かれていた。看板には蔦が巻き付いているので、あと数年もしたら緑と同化してしまうのではないかと心配になる。

 いきなり風景が開けた。巨大な駐車場の奥に研究所と思われる建物が建っている。この村に来て初めて見る民家だ。建物はビルというか民家というか不思議な雰囲気で、コンクリート二階建ての直方体で、壁の色は全て真っ白だ。正方形の窓がいくつかついていて、全てが四角という造りになっている。大自然に囲まれた中に人工物はこれで中々画になる。

「結構遠かったですね。じゃあ、入り口のところに付けます」

 豪徳寺さんが入り口の目の前に車を停めてくれた。よっこいしょと機材を下ろしていると、白いセダン車が駐車場へと入ってきた。自局のロゴが車体にプリントされているので、鹿島田記者の車だ。車は今のところこの二台だけで、地元紙の穂多川日日新聞社やケーブルテレビが来なければ自分たちだけかもしれない。

 機材を下ろし切ったところで、白いセダン車からスーツ姿の鹿島田記者が降りてきた。パンパンに詰まった鞄を抱え、トレードマークの丸メガネを人差し指で持ち上げると、私たちの隣へとやって来る。ぱっと見は痩せぎすの学者のようだが、これで意外とちょこまか動く行動派だ。

「おはようございます」と私が言うと「お疲れ様です」と鹿島田は言った。続けて「今日はよろしくお願いします。基本的には蛍照明の映像と所長のインタビューです。他にも面白そうなものがあれば撮ってもらうかもしれません」と言った。

「照明以外にも面白そうなものがあるといいねー」

 パピ子は心底楽しそうに言うと、照明と音声機材を持った。サトリもカメラと三脚を持って「まあ、まずは中に入ろうよ」と皆に言ってからインターフォンを押した。

 暫く待つと「どうぞ。お入りください」とロボットボイスがした。もしかするとAIで建物を管理しているのかもしれない。

 玄関戸が開くとそこには可愛いナマケモノがいた。

「いらっしゃいませ。会場へ案内します」とさっきのロボット声がする。どうやらこのナマケモノはロボットらしい。本物にしか見えない精巧な作りだ。

 ナマケモノは歩きながら「あ、私は本物のナマケモノで、博士に通訳機を付けてもらっているのです」と言う。

 精巧な作りのロボットではなく本物だったのかとサトリは驚いた。そして、ナマケモノなのに私たちと同じ速度で歩くことにも驚く。この研究所は実はすごい研究所なのかもしれない。

 玄関からまっすぐ伸びた廊下を進んで行くと、ナマケモノはその突き当たりの部屋に入った。私たちもその部屋に入る。そこは天井が高くて三十畳くらいありそうな部屋だった。臙脂色の絨毯が敷かれ、そこに椅子が数個置かれ、その先にはプロジェクターがセットしてあった。どうやらここが会見場のようだ。

 研究所の所長の姿は見えない。この後に出てくるのだろう。

「ではそこにおかけください」とナマケモノが言う。

 記者の鹿島田は席に座って、早速ノートPCを立ち上げて原稿を書く準備を始めた。私とパピ子は会見を撮る準備をする。

 用意されている記者用の椅子の後ろに三脚を置き、記者の頭が被らない高さに三脚を上げる。カメラをセットしてバランスを取る。カメラのバランスは何を撮っても同じように見えるが、実はその都度微妙に違う。下にある物と上にある物を撮る時ではバランスが異なるのだ。ただ、結局のところバランスはもう一度取り直すことになる。それはパピコが音声のケーブルを繋ぐからだ。そんなに重くなさそうなケーブルでも意外とバランスが変わるのだ。そうなるのに何故バランスを取るかと言えば、ケーブルをつけても最小限の動きでバランスを取れるからだ。

 パピ子は演説台と見られる台に長細いマイクを付けたスタンドを置く。この長細いマイクは無指向性のマイクで、近くの音を取る事に特化しており会見や街でのインタビューでよく使う。

 無指向性のマイクをミキサーに繋ぐと、パピ子は続いて会場に置いてあるスピーカーにピンマイクを付け、それもミキサーに繋いだ。これは発表の時のマイクの音や映像の音を拾うためだ。なぜそうするかと言えば、パッと見て近くに音声用の分配器やミキサーが見当たらないからだ。そして、スピーカーの音が大きくて音が回った時の回避用でもある。マイクの準備が終わったので、パピ子はミキサーアウトのケーブルをカメラに繋いでくれた。レベルを合わせて会見の準備は終わった。

 それが終わったところで、通信社の記者が会見場に二人現れた。一人は連合通信社で一人は世間通信社だ。経費が半分になるので車をシェアしてきたのだろう。二人は鹿島田に挨拶して席に座った。この二人がPCを立ち上げた頃にようやく穂多川日日新聞の記者が会場に入ってきた。記者同士で挨拶をしている時に、高速で降り損ねたと頭を掻きながら言っているのが聞こえた。

 もうすぐで時間になる。

 奥から先ほどのナマケモノがやってきて、「皆様。わざわざお越しいただいてありがとうございます。会見は間も無く始まりますので、席に座ってお待ちください」と言って、部屋を出て行った。所長を呼びに行ったのかもしれない。

 サトリはカメラの電源を入れて、RECボタンに指を置き、所長が入って来るのを待つ。

 会場は静かで、記者がカタカタとキーボードを打つ音だけが聞こえる。すると、ナマケモノが入ってきて「所長が入ります」と言ってくれた。サトリはカメラを回した。

 資料の写真と同じ人物が入ってきた。白髪を撫で上げ、白衣を着ていて博士っぽい。

 会見台に着くとペコリと頭を下げた。フルサイズで撮っていたサイズをズームでバストサイズへと変える。

「この度はドンガラ研究所の発表会にお越しいただきありがとうございます。私がここの所長をしております七面倒八起と言います」

 すごい名前だなと思いつつ、三脚をロックする。

「まずはこの研究所のことについてお話ししたいと思います」

 七面倒所長は、この研究所の成り立ちと概要を話した。この村は自然保護区なので人間はほとんど住んでおらず、この研究所も国と自治体に研究の意義を認められて特別に造られたようだ。なんでも、動物の持つ技術を人間の解釈で再構築し、様々な製品へと変換し人間、動物双方に利益をもたらすことを目的としているようだ。その為、この研究所には優秀な科学者が二十人もいるそうだ。

「————蛍の光には人間の神経を落ち着かせる効果が認められています。我々はゲンジホタル、ヘイケホタル、ヒメホタルに協力していただき、その科学的にその光を生成することに成功しました。個々の種のルシフェリンとルシフェラーゼの相互関係、そして生成されるオキシルフェリンのメカニズムを、ホタルたちのご指導のもと、かなりの再現度を持って光を再現できるようになりました。これは人間だけでは成し遂げることができません。蛍の協力あってのことです」

 専門的な話しをされてもさっぱり分からない。要はホタルが人間に分かりやすいように光について説明してくれたおかげで照明が完成したということだろう。思ったよりもちゃんとした研究発表で驚く。

「つきましては、カーミグ国際大学のドクターでゲンジホタルのY.Minamoto氏、西和泉大学教授のヘイケホタルのM.Taira氏、コーラス大学ローベル校のドクターでヒメホタルのH.TAMAYORI女史に感謝申し上げます。では、ここまでの行程を映像にまとめましたのでどうぞご覧ください」

 七面倒博士は照明を落としてプロジェクターを起動させた。

 音楽と共にホタルと打ち合わせをする研究員の姿が映し出された。何やらよく分からない機械の前で研究員たちがあれこれ話、白板には見たこともない計算式が書かれていく。そうこうしていると、まん丸な機械が出てきて光を発した。しかし、それではきちんと再現できたとは言い難く、また研究の映像が流れる。こうして三年の月日が流れ、とうとうその日を迎えた。進化したあのまん丸な機械が発した光は確かにあの暖かい感じのする蛍の光に見えた。

 思わず解除から拍手が湧いた。記者がVTRを見て拍手をするなんて初めて見た。それだけこ研究の成果は感動的だったと言える。

 再び照明が点くと、七面倒博士があの丸い機械を持っていた。

「では、これを実際に皆様に触って見ていただきたいと思います」

 博士の目の前に座っていた鹿島田に丸い機械が渡された。

「赤いスイッチを押すと光が点滅します。青いボタンで光の強さ、その横のダイヤルで点灯の長さを変えられます」

 鹿島田は博士に言われた通りに、丸い機械を動かした。すると、赤いボタンを押すと丸い機械が半透明になり発光が始まった。間近で大きな蛍が光っているように感じる。

 重要なのは最初のリアクションだと直感し、サトリはカメラを手持ちにしてその様子を撮った。言葉を忘れて楽しむ鹿島田は本当に楽しそうだ。最後に「うわ。これすごい」という感想を言う。パピ子が気を利かせてその声をガンマイクで拾ってくれていた。下手なリポートよりもこういうリアクションの方がいい場合もある。


 他社の記者が機械をいじった後、早速物撮りだ。


 まずは機械自体を撮る。綺麗な光を発する機械なので、照明をわざと反射させ、白い布を写し込んで透明感を演出する。時間もないので部屋を暗くしてもらい光る機械の撮影に移る。

 暗い中で見る蛍の光はやはり幻想的だ。思わず「綺麗ー」と言ってしまう。パピ子も見入っている。

 最後に鹿島田の「本当に蛍が光っているようです!!」というリポートを撮り、本社に映像を送る。この研究所は重要研究機関として認められているので普通にIPを使った電送が可能だったので良かった。


 オンエアの評判は上々だった。

 蛍のように光る照明を購入したいと、局に問い合わせすら来たほどだ。

 オンエアは、ニューエイジ系の音楽と共に幻想的な照明が画面に映り、鹿島田が最初に触った時のリアクションが入る。物撮りの映像が流れた後、所長の会見が入り、協力したホタルたちの誇らしげな写真が映った。キャスターたちがあれ欲しいなどと言って締められた。

 にきっとこれからあの研究所に取材の依頼が殺到するだろう。それにしてもあんな場所にすごい研究所があったものだ。今後もきっと面白いものを作り出してくれるに違いない。


 もうすっかり暗くなった帰り道、サトリはポケットからキーホルダーを取り出した。実は取材に来てくれたお礼として七面倒博士にもらったのだ。これは蛍の光を再現するきっかけになったというチョウチンアンコウのバクテリアの光を再現した、チョウチンアンコウのキーホルダーだ。ウチの時計より光自体が綺麗なので今後重宝しそうだ。


 今日の晩御飯のメニューを考えながら、サトリは光に包まれながら家へと帰った。

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