リリース・トゥ・イエス・キャッチ

幼縁会

リリース・トゥ・イエス・キャッチ

「こちら空送部隊、地上に展開中の各部隊へ通達。チャーリーは掴んだ。繰り返す、チャーリーは掴んだ」


 上空四百メートル。

 全てを破壊して突き進むバッファローによって蹂躙された街を努めて無感動に見つめつつ、輸送機のパイロットは淡々とした口調でマイクを握る。

 ブリーフィングの時点で部隊内に於ける暗号の共有化はなされていた。故に生存者がいれば歓声や悲鳴、喜怒いずれにせよ少なからずの反応が返ってきて然るべき。

 にも関わらず。


「……」


 マイクが返すのはノイズ混じりの雑音ばかり。そこに人の声が入り込む余地はなく、詰まる所は全滅ないし内部機器が損傷するほどの激闘。

 知らず、マイクを握る手に力が籠る。

 ともすれば、握り潰してしまうのではないかと思うほどに。


「私語を慎んでいるだけの可能性がまだある。下手に口を開けば舌を噛みそうだしな」

「五郎さん……」


 不必要に力を込めていると察せられたのか、助手席に座する高齢の上司が肩を叩く。

 視線を向ければ、そこには白い歯を見せる場違いな笑顔。

 別に五郎は不謹慎な性格の持ち主ではない。必要以上に気負うことはないと、彼を気遣って敢えて笑みを浮かべているのだろう。

 何せ地上に展開中の部隊には五郎の教官時代に鍛え上げられた者も少なくないのだ。教え子の窮地に感情の一切を波立たせないなど、尋常ならざる精神力が欠かせない。

 五郎の心情を汲み、男はマイクを握る手を緩める。


「とはいえ、彼らの奮闘もこれで終わる」


 急ごしらえとはいえ、奥の手は完成した。

 後は適切な運用の上で全てを破壊して突き進むバッファローを撃破すればいい。

 本来なら群れを相手取って勝利するために調整していたのだ。単独ならばより楽に違いない。希望的観測に過ぎぬが、それでも縋る。


「こちら空送部隊、これより奥の手を投下する。潰されるなよ」


 男は祈りを込め、奥の手と輸送機を繋ぐワイヤーを取り外す手続きを踏んだ。

 どうか勝利を掴み、離さないでくれ、と。

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