君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅴ】

双瀬桔梗

第五の世界線

 おおがみれいは怒っていた。多くの人間を犠牲にしてでも救いたい、幼なじみのあまろうに。


 第五の世界線でも黎は志郎と共に、ヘルトのスカウトを受けた。ただし今回、黎は開発部ではなく、戦闘員ヒーローに志願する。


 当然と言うべきか、最初はその申し出に難色を示された。けれども、開発部としての働きを見せた上で、戦闘員の訓練もしっかり受けた後に、で許可された。


 戦闘に参加するのは二の次で、他のメンバーを間近で観察し、データを集め、武器などの改善点を考える。それが、戦闘員になるための条件だ。


 志郎と同じチームになれるならと、黎はその条件をのみ、戦闘員ヒーローとなった。


 志郎と一緒に戦うようになって、黎には分かった事がある。それは志郎があまりにも猪突猛進で、想像していた以上に自分より他人を優先し過ぎている事だ。


 他の世界線でも映像で、戦闘時の志郎の様子は見た事はあった。しかし、全てを把握していた訳ではない。ドローンや戦闘員の仮面についている小型カメラの映像が必ずしも、全てを映しているとは限らないからだ。


 とは言え、他の世界線を振り返れば、志郎が人助けをするのは分かり切っている事である。そのため今更、驚きはしないと、黎は思っていた。が、実際に初めて志郎の戦闘員ヒーローとしての一連の動きを目の当たりにした黎は、唖然とした。


 怪人との戦闘の際は冷静で安定している。だが、逃げ遅れた一般市民を見つけると、戦闘そっちのけでその人を助けに行ってしまう。どれだけ危険な状況でも、時には武器を手放してまで、人助けを優先する。身勝手な理由であえて逃げなかった人間も平等に助ける。


 最初の世界線でも、それが原因で一度、命を落とした。第二の世界線ではヒーローにならなかったのにも関わらず、子どもを助けて亡くなった。


 第三の世界線以降はパワードスーツを強化した事で、志郎の身をそれなりに守っている。それでも、完璧ではない上に、最初と第二の世界線での事を考えると黙ってはおけない。


「志郎君……人助けをやめろとは言わない。ただ……武器を手放すのはやめてくれないか?」

 黎は感情的にはならないよう、湧き上がる怒りを抑えつつ、志郎にそう伝える。


「あー……黎クンが作ってくれた武器を放り投げてごめんね」

「いや、そこはどうでもいいんだが……僕は、戦闘中に武器を手放すのは危険だと言っているんだ」

「でもさ、武器を持ってたら二人以上は抱えられないし……もしもの時は怪人を蹴り飛ばせばいいかなと思って……」

 志郎の言葉に、黎は深いため息をつく。志郎は申し訳なさそうな顔で、黎をじっと見上げている。その表情に黎は少しばかり弱いため、“そもそも全員、助ける必要はあるのか”と、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「……変身アイテムに武器を簡単に出し入れできる機能を追加しよう。だから今後は、その辺に武器を放り捨てるのはやめてくれるかな?」

 黎の提案に、志郎はコクコクと頷き、「ありがと」と微笑んだ。その顔に黎は絆され、“我ながら志郎君には甘すぎる”と思った。


「あとさ……黎クン、他にも何か怒ってるよね……?」

 武器の件は話がついたところで、志郎が黎にそんな事を聞いた。


「いや? 特にないが?」

 黎は心当たりがありつつも、あえて平然を装う。


「ホントに?」

「あぁ。僕は志郎君が無茶さえしなければ怒ったりしないよ?」

「うっ……それはホントごめん……」

「謝るくらいなら、少しは自分の事も大切にしてくれないかな?」

「うん。努力する」

 志郎の返事に、黎は思わず苦笑いを浮かべる。


「ねぇ、志郎君。だったら一つ約束して。志郎君が危険な目に遭っていたら、必ず僕が君の手を掴む。だから、絶対にその手を離さないで」

 黎は真剣な眼差しで志郎を見つめ、そう告げる。彼の言葉に志郎は一瞬、目を丸くするが、小さく頷き「分かった」と返事した。


 先程より弱い頷きに、黎は内心、不安に思いながらも「約束だよ」と言う。




 それから一人になったメンテナンス室で、黎は戦闘時の映像を見ていた。そこには怪人と戦う志郎と……ししどうシオンが映っている。


 志郎とシオンは絶妙なコンビネーションで、二体の怪人を圧倒し、戦闘直後にはハイタッチを交わした。そこで映像は終わり、黎は深いため息をつく。


 黎が戦闘員になった理由は、志郎の隣にいるシオンが気に食わなかったからだ。自分も戦闘員になって、シオンの代わりに志郎の隣に立つ。そう決めていたのに。


 黎が戦闘員になれたのは今の変身アイテムを完成させた後で、既にイレーズとの戦いは始まっていた。おまけに黎は条件通り、戦闘よりデータ収集を優先しなければならない。それゆえ結局、志郎の隣には他の世界線同様に、シオンが立っている。


 その事に黎は内心、苛立っていた。シオンだけでなく、志郎の隣に立てていない自分に対しても。だから志郎に、他に何か怒っていないか問われた時、ドキリとした。それと同時に、ある言葉を言いたくなったが、何とか飲み込む。


 ──彼……宍堂シオンとはあまり話さないで、なんて……情けない事、志郎君に言えるが訳ない。


 黎は、戦闘時以外でも一緒にいる志郎とシオンを見ると内心、穏やかではいられない。それでも本音を口にしないのは……彼にもプライドがあるからだ。




 それから、第四の世界線で黎が命を落とした前日まで、月日が流れた。


 黎は敵がヘルトの本拠地を襲撃する事を知っていながら、イレーズのアジトへ乗り込む作戦を中止すべきだと言わなかった。前の世界線を鑑みると、作戦を決行した方が志郎の生存率が上がると思えたからだ。


 ──そもそも、ヘルトがイレーズのアジトに乗り込む正確な日時を、なぜ敵が把握していた? まさか、ヘルト内に裏切り者がいるのか……?


 ふと、そんな疑問が黎の頭に浮かんだが、仮にヘルト内に裏切り者がいたとしても、すぐに見つけ出す事は困難だ。イレーズがヘルトの一部の人間を攫った理由も、考えたところで分からない。


 そのため黎は、に何ができるかを考え、事前に水面下で動いていた。


 人質としてヘルトの一部の人間を攫った可能性も考えて、本拠地を守るバリアを強化するなど、できる限りの事はした。流石の上層部もある程度お膳立てしておけば、怪人達を足止めしているうちに逃げるだろうと考えての行動だ。他にもできる限り、イレーズ襲撃に備え、準備をした。


 それなのにまた、黎の思うようにいかない。


 この世界線でも、ヘルトの一部の人間が攫われてしまう。その者達が人質にされる事はなかったが、それ以上に厄介な展開が待ち受けていた。


 明かされるヘルト上層部の悪事。イレーズの真の目的と正体。その事にショックを受けつつも、世界を守るため、志郎達は戦った。そして──




「志郎君!」


 変身が解けた志郎が、崖から落ちそうになる。そんな彼に、同じく変身が解けた黎が、手を伸ばす。志郎は目を丸くしつつも、触れた黎の手を反射的に掴む。


 そのまま二人で落下するかに思われたが、先程まで意識を失っていたはずのシオンが崖の上から黎の手を掴んだ。


 全員、激しい戦闘の末にボロボロで、シオンには二人を引き上げる力は残っていない。それどころか、このままでは全員落ちてしまう。


 黎に至っては意識が朦朧としており、志郎の手を掴んでいる腕にもあまり力が入っていない。それでも志郎を助ける方法を懸命に考え……怪人の力を使う事を決めた。志郎を助けるためなら、怪人になれる事がバレてしまっても構わないと。


 しかし、黎が行動するより先に、志郎が口を開く。


「黎クン、約束破ってごめん……」

 志郎はそれだけ言うと、黎の手を離した。


 けれども、黎はそれを許さなかった。彼は即座に怪人化した後に、シオンの手を振り払い、志郎を追うように落ちていく。


 志郎は落ちながら目を見開き、狼の怪人の姿の黎を見つめる。黎は志郎を抱きしめ、この状況から彼を救う方法を考えた。


 考えたが、怪人化したところで朦朧とする意識はどうにもならず、ただ二人で落ちていく。


「……黎クン、ごめんね。ありがと」


 意識を失う直前、志郎の涙声が黎の耳に届く。けれど、今の黎には何に対する、“ごめんね”と“ありがと”なのか分からないまま……二人は地面に叩きつけられた。


【第五の世界線 終】

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