いつだって心を掴んで離さない
藤泉都理
いつだって心を掴んで離さない
バレンタインのお返しに何がいいと尋ねたならば、ホワイトデーの特別バーゲンに付き合ってほしいと言われたので、お安い御用だ、と胸を叩いて言ったのが。
もう遥か昔に感じられる。
「ここの。ホワイトソードが欲しいんだ」
滅多に欲しい物を言わない相棒の為に、俺は猛者たちが創造するこの鉄壁の守りを突破しなければならない。
突破して。
「掴んだら絶対に離さないでね」
ホワイトソードを掴んでは、その胸に抱き、金を支払うまでは絶対に離してはいけない。死守するのだ。
「おじちゃん。弟が。このホワイトソードを欲しがっているんだ。僕。弟の。グズッ。弟の為に。ホワイトソードを持って。ぐすん。持って帰り、たい」
このような弟想いの愛らしい幼子の手を振り払ってでも。
ホワイトソードを離しては。
離しては。
はーなーしーてーはーいーけーねーえーんーだー。
ポメガバース。
ポメガは疲れがピークに達したり体調が悪かったりストレスが溜まるとポメラニアン化する。
ポメ化したポメガは周りがチヤホヤすると人間に戻る(戻らない時もある)。
周りの人がいくらチヤホヤしても人間に戻らない時は、パートナーがチヤホヤすると即戻る。
ポメガはパートナーの香りが大好きだから、たくさんパートナーの香りで包んであげるととてもリラックスして人間に戻る。
「オメガバース」の世界観を踏まえて作られた「バース系創作」のひとつである。
「すまない」
「………」
俺は謝った。
両腕で抱えるポメラニアン化してしまった相棒に。
心を鬼にして、血の涙を流して、幼子の手を振り払おうとしたのだが、一瞬の隙が生まれたのも事実。魔法使いだった幼子はその隙をついて、攻撃魔法を浴びせて俺を石化させたのだ。即座に石化は解いたが、もう、幼子も、ホワイトソードも姿を消していた。
「不甲斐なし。武人としてあるまじき不甲斐なさ。相棒としても。本当にすまない」
「………」
呆れて鳴き声すら発したくないのだろう。
あんなに欲しがっていたのだ。
それはそうだろう。
頼りにされたのに、不甲斐なし。
「いいよ。今日も僕の好きな伊達姿を見せてくれたし」
人間に戻ってくれた上に優しい言葉をかけてくれる相棒に、けれどすまないと謝罪の言葉しか出てこなかった。
「情けない姿だった」
「君が情けないって嘆く姿も。僕にとっては、伊達な姿。君はいつだって僕の心を掴んで離さないよ」
「………だが、ホワイトソードを欲していたのだろう。手に入れられず、ポメラニアン化するほどに」
「まあ。欲しかったけど。ちょっとショックでポメラニアン化しちゃったけど。また手に入る機会はあるだろうし。次はよろしくね」
「うむ。任せろ!」
「うん。よろしく。でさ。もう下ろしていいよ。人間に戻ったし」
「うむ。今日はこのまま帰るぞ」
「………まあ。偶には、いいかな」
「うむ!」
元気を取り戻した俺は、相棒を抱えたまま、家路についた。
ほんのりと耳が赤くなっていた相棒に胸を激しく鷲掴みにされつつ、どうか、俺の真っ赤になった耳は見えていませんようにと思いながら。
(2024.3.14)
いつだって心を掴んで離さない 藤泉都理 @fujitori
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