第19話 幼児大虐殺とエジプトへの避難
その晩ガブリエルがヨセフの夢に現れて告げた。。
「さあ出発でーす!幼な子とマリアを連れて、エジプトに逃げなさーい!
そして、あなたに知らせるまで、そこに留まっていなさーい。
ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしているのであーる!」
ヨセフは飛び上がって起床し、マリアとラミエルを叩き起こして、慌てて身支度をした。
ヨセフは首を傾げた。
「なんで?なんでヘロデ大王がこんな名もない親の子を殺そうとするの?」
マリアはガブリエルに告げられた言葉を思い出していた。
「イエスは大いなる者となり、いと高き者の子となるのでーす!
そして、神である主はイエスにその父ダビデの王位をお与えになりまーす!
イエスはとこしえにイスラエルを治め、その国は終わることがありません!」
「聖霊があなたに臨まれまーす。それゆえに生れ出る子は聖なる者であーり、神の子なのでーす。」
マリアはヘロデ大王に命を狙われていると知って、自分の産んだ子イエスが単なる自分の子ではないことを初めて自覚し、イエスのこれからの人生が普通の人生ではないことを覚悟した。
ラミエルもビビった。
(サタンがヘロデを使ってこの場所を突き止めようとしているってこと?ちょっとヤバいかも。)
ラミエルは自分だけベツレヘムに残る決断をした。
「ヨセフさんとマリアさんはイエス君を抱いて逃げてください!あとでエジプトで合流しましょう!」
「ラミエル!なんでそんなことをいうの??一緒に逃げましょう!」
「僕はここに残って情報を集めてからエジプトに行きます。そのほうが安全だから!」
ヨセフはラミエルがベツレヘムに残ることに納得しなかったが、マリアはラミエル がエノクを天使と呼んだり、ガブリエルの名前を叫んだりしていたことを思い出して言った。
「わかった。ラミエル。きっとエジプトで会いましょう。」
「はい、絶対エジプトで会いましょう!」
ヨセフには分からなかったが、マリアはラミエルが普通の人間ではないことに感づいていた。
こうして、ヨセフとマリアとイエスはラミエルを残してベツレヘムを去った。
このエジプトへの逃亡は預言者ホセアによって言われたことの成就だった。
「イスラエルが幼いころ,
わたしは彼を愛し,
わたしの子をエジプトから呼び出した。」
ヘロデは博士たちは何日待っても元に戻って来なかったので、騙されたと知って怒り狂った。
「ベツレヘムとその付近の二歳未満(注86)の男の子どもを全員殺せ!」
幼な子が生まれて一年以上二年以下なので二歳以下の子が抹殺されることになった。ヘロデの兵は嫌がったが、断ったら自分が殺されるので仕方がなくベツレヘムに赴き、一軒一軒回って二歳以下の男子の首をはねた。
土足で上がり込む兵士。
呆然とする両親や祖父母。
泣き喚く兄弟姉妹。
転がった男の子の首。
血だらけの床。
この世の終わりのような光景だった。
この幼児大虐殺は預言者エレミヤによって言われたことの成就だった。
「叫び泣く大いなる悲しみの声がラマで聞えた。
ラケルはその子らのために嘆いた。
子らがもはやいないので、
慰められることさえ願わなかった。」
ベルゼブルとレビアタンとベリアルは上空から血で真っ赤に染まったベツレヘムの町を見下ろしていた。
「死んだな。インマヌエル。」
「さすがヘロデ、仕事が迅速でかつ大胆で緻密だ。」
「ルシファー様に報告だ。」
すると近くの上空でラミエルがワンワン泣き喚いていることに気が付いた。
三人の堕天使はラミエルに近づいて言った。
「おまえ、ラミエルか?」
「おまえ、なんでここにいるんだ?」
「報告もしないでこの野郎!」
ラミエルは泣きながら答えた。
「ベルゼブル樣たちには関係ありません。」
ベリアルがブチギレた。
「てめえ、何やってんだ?この町にインマヌエルとやらがいたんだろ??ヘロデの命令で殺せたのか?」
「もうここにはいません。」
「はあ?」
ベルゼブルは怒りを爆発させないように落ち着いて尋問した。
「ラミエル、おまえは自分が何をしたのかわかっているのか?ルシファー様の天の御座の奪還が遠のいたのだぞ。重大な規律違反だ。」
ベリアルの怒りが頂点に達した。
「ここにインマヌエルが居たって知ってたのか?知ってて逃がしたのか?それじゃあミカエルの手先じゃねーか!裏切り者だ!この野郎、殺してやる!」
ベリアルはラミエルに向かって剣を抜いた。
そこに三大天使とエノクが近づいてきた。
「はーい、ラミエルがミカエルの手先で何か、問題ありますか?」
ベルゼブルも剣を抜いてベルゼブルとベリアルは構えの姿勢を取った。
三大天使とエノクも剣を抜き、天使と堕天使が対峙し、辺りに緊張が走った。
ベルゼブルとミカエルの問答が始まった。
「ローマ皇帝は人口調査を行った理由はミカ書か?」
「ああそうだ。預言の成就だな。」
「三人の博士たちを誘導したのは?」
「のちの時代に解き明かされれば分かることだ。」
「メシヤは今どこにいる。」
「言うわけないだろ。」
一触即発の場面で、何故かラミエルはミカエルに怒鳴った。
「ミカエル樣、ひ、ひどいじゃないですか、皆さん天使ならなんでヘロデをほっとくんですか!こんな悲劇、どうしてのんきに見てられるんですか!!」
ラミエルの意外な怒りの矛先にミカエルは焦った。
「ラ、ラミエル、落ち着け!のんきに見ていたわけじゃないぞ!そしてその言い方ではどっちの味方なのかわからないぞ!剣を抜いた状況でその立ち位置は危険すぎるぞ!」
「どっちの味方なんてどうでもいいです!死んだ子どもたちは救われるんですか??神はどこにいるんですか??どこに愛はあるんですか??」
混乱したベリアルもラミエルに声をかけた。
「お、おい、おまえ、どっちなんだ?なんで人間の死を悲しめるんだ?」
ラミエルが叫んだ。
「悲しいに決まってるじゃないですか!赤ちゃんが殺されるなんて悲しいに決まってます!」
ミカエルは言った。
「決まりだな。ラミエルは天使だ。」
ラファエルは言った。
「それ、決まってなかったのか?」
四人の天使は三人の堕天使に剣で襲いかかった。剣と剣がぶつかる音が激しく鳴り響き、三人の堕天使はしばらく応戦したが、形勢不利を読み取り、その場から素早く離れて、遠くへ逃げた。
逃走中ベルゼブルはつぶやいた。
「また一からメシヤを探さなくてはいけないとは・・・・」
ベリアルは同意した。
「世界は広いっすからね。」
こうして二人はルシファーの元に戻った。
四人の天使は剣を鞘に戻した。
ミカエルはラミエルに言った。
「ラミエル、神だって天使だって人間の自由意志の前には無力なんだよ。僕たちができるのはせいぜい夢に現れて助言するくらいのことだ。助言したって人間には自由意志があるから限界がある。この世はサタンに支配されているからね。だからメシヤが必要なんだよ。メシヤの名前で神に祈れば聞かれるようになるんだ。」
「メシヤってそういう意味なんですか?ていうかそもそもメシヤの意味をよく知らなかったです。僕、意味がわからないお方を、わからないまま守っていたんですね。」
「まあ、それは説明が長くなるので天で追々教えるよ。」
ラミエルは少し苛ついてミカエルを責めた。
「ミカエル様もガブリエル様もいつも大事なことを『後で追々』とか『忙しい』とか言って教えてくれません!」
「ごめんごめん、でも今の質問は本当に説明が長くなるんだ。」
「わかりました。でも一つだけ教えてください。メシヤを産んだのはなぜマリアさんなんですか?これだけは教えてください。」
「ああ、その答えは簡単だからすぐに答えるよ。マリアがイエスを産むことは天地創造前から決まっていたことさ!」
「そ、そうなんですか?ミカエル様たちがいろいろ調べて最適な女性を決めたんじゃないのですか?」
「いやいや、神はそのようなお方じゃないよ、全部最初から決まっているんだよ。」
「じゃあ、赤ちゃんは無事に育って三〇歳からメシヤになるんですね?」
「ん~、そこの説明は時間がかかるから追々ね。」
「またそれですか・・・・」
「それと君さあ、ヨセフたちにエジプトで合流しましょうとか言っていたけど、それ無理だから。」
「な、なんでですか??」
「ラミエルはもうちょっと勉強しないと人間界にいるの無理だと思う。」
「はい?」
「天界に戻って教育しなおすから。大人になるまでイエス様は俺たちが守るから。」
「えー!!!!!」
ラミエルは背中で両手を縛られ、四人の天使によってそのまま天界に連行された。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そののち程なくしてヘロデ大王は紀元前四年に崩御した。
ガブリエルがエジプトにいるヨセフの夢に現れた。
「さあ出発です!
幼な子とマリアを連れて、イスラエルの地にかえりなさーい!
幼な子の命を狙っていた人はもういないのであーる!」
こうしてヨセフ一家はエルサレムに戻った。
ヨセフにはマリアの妊娠期間問題があったのでナザレには帰らないほうがいいかな、という思いもあった。
ヘロデの死後イスラエルはローマ直轄領となりヘロデの息子たちの分割統治(注87) となった。
ユダヤの地はヘロデ=アルケラオスが統治することになったが、父親に性格が似ているということだったので、幼児虐殺の勅令が次世代に引き継がれている可能性もあり、ヨセフはどうしようかと思い悩んだ。
そしてまたヨセフの夢にガブリエルが現れて指示を出した。
「気性が激しいヘロデ=アルケラオスの地ではなく、比較的穏健なヘロデ=アンテパスが統治するガリラヤまで退避しなさーい。
君たちの故郷であるナザレに戻るなんてのはどうかな?
ヨセフが心配していることはナザレではまったくをもって問題にはならないよ〜」
こうして三人はナザレに戻った。
これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」 と言われたことが、成就するためであった(注88)。
(注86)二歳未満の子ども ゼロの概念がなかった時代のギリシャ語を素直に日本語に訳したものなので現在の算術では生まれてから二年以下の「一歳以下の子ども」になる。
(注87)分割統治 ヘロデ大王の死後、子どもたちであるヘロデ=アルケラオス(ユダヤ、サマリヤ)、ヘロデ=アンテパス(ガリラヤ、ペレヤ)、ヘロデ=フィリッポス(バタネア)にイスラエルは三分割されたが、ローマ皇帝は力量がヘロデ大王に劣る子どもたちに王位を認めず「領主」という地位に留めた。
(注88) 彼はナザレ人と呼ばれるであろう イザヤ書一一章一節「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。」の成就。
良い知らせは堕天使が告げる クリスマスストーリー timothy turner @tanazei4649
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