ジュイータ様、手をはなさないで!

一陽吉

軍用竜に乗って

「この子が軍用として育てられた蒼翼竜そうよくりゅうのディエンスちゃんね」


 軽装備の甲冑を着た十五歳の王女、ジュイータは、荷馬車一台分の大きさがある若い竜を前にして嬉しそうな表情をさせながら言った。


「はい、さようです」


 その言葉を受け、ジュイータを若い竜のところへ連れてきた護衛でもある竜騎士が静かに答えた。


 こちらもジュイータ同様、胴体と手甲だけの軽装備だが、三十歳の男性で、庶民的な顔立ちと無駄のない筋肉をもった体型のため、親しみやすい戦士といった雰囲気があった。


 ──ここは王国の兵士修練場であり、広い敷地内には千人規模で若手兵士の育成や訓練をしているため、その宿舎や関連施設がいくつも建てられていた。


 この国はとくに竜に乗って戦う竜騎士が主な戦力ということもあって、そのための施設や、竜を飼っておく竜舎りゅうしゃなども充実している。


 ゆえにここは軍の管轄で、本来、王女が訪れる場所ではないのだが、ジュイータは目的達成の第一歩として軍用竜に乗るためにここを訪れたのだ。


「それじゃ、早速、乗るわね」


「はい。ただし、今日は飛ばないでください。いままで乗ってきた姫翼竜きよくりゅうと違い、性格に攻撃性が含まれていますし、力が段違い。防護魔法があるとはいえ落竜すれば大変なことになりますぞ」


「分かってるわよ、グリペンダ。それにねえ、私が運動神経抜群なのは知ってるでしょう。危なくなったって、魔法が発動するまえに立て直しちゃうんだから」


「はいはい。それではお気をつけて」


 いつもことでなかば諦めたような顔をしながら、グリペンダは竜の手綱をジュイータに渡した。


 それをつかみ、低い姿勢になっている竜の首元にあるくらにジュイータが座ると、竜は乗り手の気持ちをくんで立ち上がった。


「いい子だね、ディエンス。そのいい子ちゃんついでに、ちょっと走ってみようか」


 そう声をかけると、ジュイータは手綱をはたいた。


 指示を受けて一気に駆け出す竜。


「お、お!?」


 ちょっとのつもりが、馬などでは比較にならない脚力からくる衝撃に、上半身を後ろへ引っ張られるジュイータ。


「ジュイータ様、手をはなさないで!」


 大声で言うグリペンダ。


 手に力を込めるものの、のけぞって体勢を崩したジュイータは、竜の首元左側から落ちた。


「お、とと、と!」


 だが、大地を蹴り、つかんだままの手綱を引き寄せ、魔力で空間を蹴って、ジュイータは鞍に戻った。


 そしてそのまま、一般兵が訓練する場所から離れている、球技場十個分はある広い草原を一周して、ジュイータと竜はグリペンダのところまで来て止まった。


「ふう。さっきはびっくりした」


「それはこっちも同じです」


「でも、こつはつかめたわ」


「そこはさすがですね。ですが、無茶になりそうなことはしないでください。貴女あなたのお身体からだは貴女だけのものではありませんし、わたしにとっても大切なのですから」


「うん、分かってる。さっきはたまたまよ。私が竜騎士になるのは、国のため自分のため恋のため。将来、グリペンダと二人で飛ぶためでもあるんだからね」


「ええ、楽しみにしてますよ」


 ──見つめあう二人。


 緑色をした王女の瞳と、青色をした騎士の瞳には、それぞれ愛を誓いあった者が映っていた。

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ジュイータ様、手をはなさないで! 一陽吉 @ninomae_youkich

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